第201話 洗礼

 帝国に着いたロイ一行は部品の注文をした。


「お客さん、これ……なんの部品ですかい?」


 鍛冶屋の親父は図面を見て不思議そうに首を傾げている。これはテスティードの部品だからな、理解できないのも無理はない。


 テスティードに近い物があるとすれば、騎兵の扱う【戦車チャリオット】くらいなものだろう。


 取り敢えず、新型の戦車チャリオットを開発してるというていで話を進める。


「そうですか、新型の戦車チャリオットですか……この雪国で戦車チャリオットに関する注文を受けることは少ないですからねぇ。腕がなりますぜ!」


「金は……10万Gくらいでいいか?」


「うーん、特注だしなぁ。本来なら30くらいは欲しいが……。そうだな……よし、わかった! じゃあ、この手の部品は今後うちに優先で依頼すると約束してくれたら10万で引き受けますぜ」


 エデンにある施設では精密部品の製造は難しい。仮にもこの親父は帝都インペリウムで店を構えるほどの腕前は持っているはず。


 メリットは信頼できる技術、デメリットは帝都からエデンまで少し距離があること。


 それらを踏まえて天秤にかけた結果────。


「わかった。今後はアンタのところで部品の受注をするよ。ただ、そうそう何度も壊れる物じゃないから、武器とかも頼む事になる」


「それで構いません。お客さんからは金の匂いがしますからね。うちとしても上客は捕まえときたいんですよ」


「それでいい、俺達は他に少しだけ用事があるから、部品が出来たら外に停めてある馬車に積み込んでおいてくれ」


 そうして、テスティードの部品を注文したロイ一行は、そのままインペリウムにある大聖堂へと向かった。


 未だ【赤の節】だというのに、帝国の最奥にあるこの首都では吐く息が白くなってしまう。俺達にとっては見慣れた光景だが、ハルモニア出身のトールにとって雪は物珍しかった。


 鍛冶屋で交渉をしている時も、外でユキノと雪だるまを作って遊んでいたし、大聖堂に至る道中でも雪を手に持ったりして遊んでいる。


 普段から敬語を使っているから少し子供らしくないけど、こういったところを見る分には十分子供らしいと思う。


 大聖堂に着くと、早速司祭に【洗礼】が出来ないか尋ねてみた。


「ちょっといいか」


「はい、何か御用でも?」


「悪いが、この子の洗礼を頼みたいんだが」


「この子の?」


 ロイが背中を押して司祭の前に押し出すと、トールは少したたらを踏んあと丁寧なお辞儀をした。

 司祭はトールを見て少し考え込んだ後、ニコリと笑ってトールの視線の高さまでしゃがんだ。


「坊や、お名前は?」


「トール、です。洗礼を……おねがいします」


「ふーむ、口調はハッキリしているし、きちんと立っている。歳は5歳くらいですか?」


「確かそうだったと思う。やっぱ赤ん坊じゃないとダメか?」


「いえいえ、こういう事例はよくあることです。洗礼をするにあたって、聞いておきたかったのです。では、準備がありますのでそちらの長椅子にてお待ちください」


 司祭の言う通り、ロイ一行は長椅子に座って儀式の準備が行われるのを眺めていた。


「ロイ様、僕……緊張します」


「聖典やら花やら、仰々しいもんな。まさかこんなにきちんとした洗礼になるとは思わなかった。でもまぁ安心しろ、痛くはないだろうから」


「……は、はい」


 儀式の準備を滞りなく進んでいく。祭壇が組み上げられ、銀色の桶がそこに置かれる。その桶に透明な水を流し込み、生後間もない赤ん坊をその桶に浸し、奥にあるフォルトゥナ像に変化によってジョブがわかる仕組みだ。


 準備が完全に整うと、聖堂内は一気に荘厳然とした空気に包まれる。


「トール君、前へ」


「はい!」


 恥ずかしがることなく毅然とした態度で前へと歩いていく。そして司祭の前に立ったトールは、長い祝詞を聞かされたあと銀色の桶に手を入れるように言われた。


「大丈夫、痛くありませんから。少しヒヤッとするだけですよ」


 司祭に小声で言われ、トールは安心して手を銀色の桶に突っ込んだ。


 反応はすぐに起きた。奥にある女神像が緑色に発光し、聖堂内に暖かな風が巻き起こった。


「トール君、あなたはどうやら風魔術師の才があるようです」


「……え?」


 司祭の結果報告にトールは唖然とした表情を浮かべた。自らが最も望んだジョブの名前ではなく、ハルモニアによくある風魔術師というジョブ。

 望んだ結果ではないが故に、トールは放心状態に陥った。


「いいですか? 風魔術師というのはですね────」


「こんなの、違うッ!」


 司祭がジョブについて説明を始めると、トールは激昂し、出口に向かって駆け出した。


「あっ! トール君!?」


「司祭、悪いがあとはこっちに任せてくれ。ああ見えて、それなりに夢を抱いていたんだ……」


「左様でございますか。ではお任せ致します」


「儀式、台無しにしてすまんな」


「いえ、そんなことはいいのです。それよりも────」


「わかってる。ユキノ達も捜すのを手伝ってくれ!」


「はいっ!」とユキノ達は返事をして聖堂を飛び出した。ロイもトールを追って外に出る。風魔術師であることを自覚したトールの速度は思ったよりも速く、しかも身長が低いこともあってすぐに人混みに紛れてしまった。


 フラッシュバックのようにロイは思い出す。


 剣士に憧れた風魔術師か……まるで昔の自分を見ているかのような、そんな感じだ。だからこそ、先輩である俺が教えないといけないよな。

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