第202話 スタンピード再び

 黒き衣を身に纏い、屋根の上に飛ぶ。


 人混みに紛れたと言っても風魔術を無意識に使っている。それならばどこかで騒動が起きていてもおかしくない。


 周囲を見渡すと、市場で賑わう大通りで人の流れが不自然な箇所があった。

 何かを避けるようにして人混みに空間ができている。


「よし、あれがトールだな」


 影衣焔かげいほむらを瞬かせながら高速で移動する。近付くにつれて「な、なんだ!」とか「きゃあ!」等の悲鳴が聞こえてくる。


 トール、がむしゃらに突っ切ってるな。魔力が尽きて倒れる前に確保しないと危ないな。


 そう判断し、トールの頭上から飛び掛かろうとした時────黒い物体がロイの眼前を横切った。


 急停止してその正体を確かめると、それはクリミナルだった。


「クリミナルが何でこんなところに!」


 驚きつつも、クリミナルの来た方向を見るとインペリウムの東門が黒い何かに覆われていた。


 すぐにそれがクリミナルであることに気が付いたロイは、トールの位置を確認した。


「うわぁぁぁぁぁぁっ!」


 トールは先程のクリミナルに襲われていた。一刻の猶予もない、屋根から飛び降りて一直線にクリミナルへと斬りかかる。


 ────ザンッ!


 真っ二つになったクリミナルは黒い塵となって消える。


「トール、大丈夫か?」


「……う、あ……」


 トールは声にならない細い声で口をアワアワさせている。無理もない、あれを前にしたら大人だって背筋が凍るような感覚に襲われる。


 子供なら完全にトラウマになっていてもおかしくないレベルだ。


「いいか、トール。怪我は無いんだな?」


 再度の問い掛けにトールはコクコクと頷いた。どうやら掠り傷も負っていないようだ。


 ホッと安堵の吐息を吐いたあと、トールの手を取って立ち上がらせた。


 ───カンカンカンッ!


 攻撃を受けているという合図か、それにしても遅いな。すでにこんな所まで侵入されてるというのに。


「トール、俺の顔を見ろ。お前は確かに剣士になれなかったかもしれん。俺だってお前みたいに剣士になれたらなって何度も思ったさ。だけど一度決まったジョブは覆らない。だがな……それでも剣士になりたいのなら、俺を見てろ!」


 ロイを取り囲むようにしてクリミナルが現れた。


 トールを守るようにして剣を構える。周囲は悲鳴と怒号で溢れ返り、黒いクリミナルがドンドン増えている。


「これがお前に見せる俺の剣士だ!」


 近場のクリミナルから両断していく。脳内に描いた通りに剣を滑らせていく。クリミナルの体当たり反撃も折り込み済み。


 軌道を理解して最高効率で身体を動かす。地を蹴り、壁を蹴り、短剣を投げる。

 一先ひとまず壁に縫い付けて背後のクリミナルを斬り裂く、そして縫い付けたクリミナルをそのまま斬り裂いた。


 一方的な攻撃が展開され、周囲のクリミナルを一掃したロイはトールの元に戻った。

 ロイを見上げるその顔は、少しだけ輝きを取り戻していた。


「どうだ? やりようによっては剣士よりも強いかもしれんぞ?」


 トールの願いとは母親を守ること。剣士になるのはその手段に過ぎない。本当は風属性を使えるルフィーナに師事してもらうのが1番良いんだが、憧れはそう簡単には捨てられない。


「ロイ様……凄い! 僕もそんな風になれるのですか!?」


「ああ、なれるとも。人並み以上の鍛錬、そして創意工夫があればな」


 トールはパァっと明るい笑顔を浮かべて力強く頷いた。トールなら俺と同じ戦闘スタイルで戦える、ちゃんとその根拠もある。


 風魔術師であることを自覚したトールは、不意を突いたとはいえ俺達の前から逃げることに成功した。


 風魔術を使った機動力、これには目を張るものがある。将来、神剣を持った俺と対等に戦えるかもしれない。そんな可能性を秘めた、とても有望な希望の光だ。


「取り敢えず、聖堂に戻ろう。あそこには結界を張る魔法陣があるはずだ」


 そう言ってトールを背負おうとするが、中々トールが乗ってこない。


「どうした? 早く乗れよ」


「ロイ様……その、逃げたりしてごめんなさい」


「トール、俺達は気にしてない。ただ、謝るのなら司教に謝るべきだ。儀式、メチャクチャにしちゃっただろ?」


「……はいっ!」


 ちゃんと謝ることのできる良い子だ。俺が5歳くらいの時はいつもブスッとした顔をしていたな。


 それに比べたら実に聡い子だと思う。


 再び屋根に上がり、影衣焔で疾走する。道中に見かけたクリミナルは騎士団が相手をしていた。

 ソルジャーくらいなら大人がいれば勝てるレベルだけど、クリミナルの放つ寒気のするオーラのせいで騎士団は本来の力を発揮出来ていないようだ。


 早く聖堂にトールを預けて殲滅に向かわないと、被害は更に増えそうだな。


 そう考えたロイは、一層力を込めて加速した。


「ロイくーん!」


 遠くから声が聞こえてくる。声の主は屋根の上を疾走するロイに並走するべく、近付いてきた。


「アンジュか」


「トール君見つかったんだね! 良かった良かった。てかさ、トール君を探してたらクリミナルが現れたんだけど!」


「ああ、俺もさっき交戦した。どうやら東門で群衆攻撃スタンピードが起きてるらしい」


「んへぇ〜、それは面倒だねぇ。じゃあ、手分けして殲滅する?」


「いや、俺達が手分けして帝都内を殲滅するより、門の前でこれ以上増えないようにした方が良いだろう」


「わかった! じゃあユキノ達への伝達は任せて!」


「ああ、頼んだ。俺はトールを預けたらすぐにでも東門に行くから」


「はーい!」


 アンジュは合流のために離脱し、ロイはトールを聖堂に預けるためにひたすら疾走した。


 背負われたトールはロイの背中の大きさに頼もしさを感じ、その心の内は剣士になるという夢から、ロイのような剣士になるという夢へと変化しつつあった。

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