第188話 聖王国グランツ出立
伝承保管機関お抱えの採掘師、バンズのお陰で新しいテスティードが完成した。
全体的に青銀色をしているが、オリハルコンを使用しているから所々色が金色に変わっている。
「バンズ、ありがとな」
「やりがいのある仕事をさせてもらったしな、良いってことよ!」
バンズは工房が震えるほどに大きな声で笑った。
"がははははは!"というドワーフ特有の笑い方、1週間くらいしか一緒にいなかったけど、いつの間にか慣れていていた。
それどころか、少しだけ別れが名残惜しく感じてしまう。
「明日までここにいることは出来ないのか?」
「……わかってるんだろ、ロイ。お前さんは明日、聖女様から同じ台詞を言われるはずだ。そしてワシと同じ台詞を言わないといけない」
「それは……そうだが」
伝承保管機関で働くということは多忙を極めるということ。アウリスもあれっきり姿を見せないし、バンズもすでに次の仕事が決まっていることだろう。
引き留めるだけ野暮というものだ。
「少しの間だったけど、楽しかったぜ。いつもは暑苦しい仕事ばかりで、今回みたいな華のある仕事は初めてだったしな!」
バンズはそう言って女性陣を見渡す。視線に気付いたみんなは、身体を守って舌を出していた。
勿論、嫌っているわけではないが道中かなりセクハラ紛いの発言が多かったから、それに対する対応としてこうなっている。
「はは、嫌われちまったかな?」
「自業自得だ。本当に嫌ってるわけじゃないから、安心しろ」
「へっ、ハーレムとかマジで羨ましいぜ。……じゃ、ワシはもう行くからな」
そう言ってバンズは去っていった。残されたロイ達の心には、少しだけ寂しさを感じていた。
☆☆☆
出立の日、俺達は聖都の入口でテスティードに食糧を積み込んでいた。
まだ日が昇っておらず、聖都の人通りも
「……ロイ様」
声のした方を見ると、亜麻色の髪を弄りつつ、目尻に涙を溜める少女が立っていた。
フォルトゥナ教の象徴であり、世界の精神的支柱でもある────聖女フィリアだった。
「見送りはいいって言ったと思うんだけどな」
「存じてます。ですが、この国を救ってくださった恩人に見送りが1人もいないというのは……この国にとって、恥知らずではありませんか」
「照れてるとか、そう言うつもりじゃなかったんだがな。言われてみると……ああ、確かにそうだ」
昨日、俺達はフィリアの側に立っていた。少しの間とは言え、共に旅をしたからこそ見送りたい、そんな気持ちを抱いていた。
「これが新しいテスティードなんですね」
「ああ、しかもバンズのやつ……予備のテスティードまで改良してくれたんだ」
「ふふ、天国のパルコさんが乗ってみたい~って、悔しがるほどに綺麗ですね」
「綺麗なのは今だけだ。走り始めたらものの数分で汚れちまうよ」
「そうなんですか? では定期的に手入れしないといけませんね」
フィリアと笑い合う。そしていきなり抱き締められた。
「ロイ様! 本当は行って欲しくない、ずっとここにいて欲しい! これからもずっと私を守って欲しい! ……あなた様のことを、慕っているんです」
「……フィリア」
なんとなく、フィリアの気持ちには気付いていた。俺を見る時の視線が他の人を見るときと比べて、少しばかり熱いものがあったからだ。
フィリアは旅についてこれないし、俺がここに留まることもできない。彼女には彼女の役割があって、それは聖女として人々を癒し支えることだ。
決して俺についてくることじゃない。
「初めてなんです。聖女のお仕事以外に興味を持ったのは……」
フィリアの頭を自身の胸に押し付ける。
「ロイ様ッ!?」
「フィリア、恋人になることは……できないんだ」
「────ッ!! そう、ですよね。そう言う答えが返ってくるって、わかってました」
少し身体を離すと、フィリアは涙を流しながら見上げている。少しの間、沈黙が流れたあとフィリアが何者かに突き飛ばされた。
転倒しないようにフィリアの身体をそっと支える。
「んもぅ~、焦れったいなぁ。そうポンポン増やされても困るけどさぁ、フィリアさんなら別に構わないって思ってるよ」
フィリアの後ろから現れたのは、積み込み作業をしているはずのアンジュだった。
「何を言ってるんだ、アンジュ」
「だ・か・ら! ハーレムに加えちゃいなよって話。ほら、手はこっち、顔をもっと近づけて!」
アンジュはそう言って俺の手を握り、フィリアの左胸を触らせた。
「ロイ様……良いんですか?」
目はうっとりしていて、頬は紅潮している。ドキドキしないといえば嘘になるが……。
「お前らはそれでいいのかよ」
「……私は別にいいわ。そうなるに至る理由も充分だし」と、ソフィアが俺の背後から現れて言った。
「フィリアさんなら、私も良いと思います!」
今度はユキノが賛成する。こうなると流れは決まってるようなもので、サリナも「あんたの好きにすれば? あたしは気にしないし」と賛成意見を口にした。
「その子、お見合いの話がきているらしいの。好きな人と一緒になれないのって、辛いと思わない?」
そうアンジュが言った。好きに結婚できない元王族だからこその、重みのある言葉だ。
「いきなりで俺もよくわかってない。気持ちが追い付いてないんだ。取り敢えずその……お互いのことをよく知ってからでも────ンンッ!?」
ロイの言葉を切るようにしてフィリアがキスをした。首に腕を回し、逃げられないようにして。
「……ロイ様。私の唇の感触、そして胸の感触まであなたは知っています。これだけ知っていてまだダメなんですか?」
リンクこそしなかったが、身体の芯が焼き付くような気持ち良さだった。聖女としてではなく、1人の女としての好意。
彼女の過去も苦悩も知っていて、胸と唇の感触も知っている。これで拒否をするのは男としてどうなのかとさえ思えてきた。
だからこそ、今度は正式に俺の方からキスをした。
「最低でも1年に1回は会いに来るよ。これからよろしくな」
「はい、ありがとうございますっ! いってらっしゃいませ! ロイ様!」
こうして別れの言葉を交わしたあと、ロイ一行は聖王国グランツを旅立った。
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