第182話 ソフィアの対抗心
振り返ると、ソフィアが立っていた。
白い無地のTシャツに短パン、つまりはユキノと同じ格好なわけで、しかも濡れているところまで同じだ。
1つだけ、どうしても聞いておきたいことがあった。
「なぁ、それ……汗じゃないだろ」
ソフィアはビクッと一瞬背筋を強張らせたあと、銀髪を指で弄りながら答えた。
「ち、違いますわ! 汗に決まってるじゃない……」
「いや、だがな……ソフィアに割り当てた仕事は付箋の解析とまとめだったろ? 赤の節になったばかり、動かなければ汗はかかないって」
「わ、私は! そうっ! 汗っかきだから!! 年中雪の降るところに住んでいたから、ここは暑くて敵わないわ」
白々しく手で首もとを扇ぐソフィア。
今の言い訳は秀逸だったけど、ソフィアは忘れている。
熱風吹き荒れるアグニの塔にソフィアが現れた時、彼女は微塵も汗をかいてはいなかったことを────。
「それで、その……どうかしら?」
話を逸らすようにして、身体をフリフリと揺らし始めた。
水気を帯びて肌に張り付いたシャツはユキノの時と同じく透けており、その下にある水色のブラが見えていた。
まるで見せつけるようにして左右に小さく揺れるから、ブラに包まれた胸も少し遅れて弾んでいる。
ソフィアは胸こそユキノに一歩及ばずと言った感じだが、腰回りの
委員長タイプのソフィアが何故こういうことをするのか、皆目検討もつかないが……一先ずは身体を拭かないといけない。
「ソフィア、とにかく身体を拭こう。このままじゃ風邪を引くだろ……」
「えっ、あの、ちょっと────」
ロイは少し強引にソフィアの手首を掴んだ。
一瞬だけ「あぅ」という声が聞こえたけど、気にせず突き進んだ。
更衣室の入口に清掃中という札をかけて中に入る。そして手近にあったタオルを手に取ると、ソフィアの綺麗な銀髪に被せてクシャクシャと拭き始めた。
工房からここまで、ソフィアは一言も発することなく俯いている。耳まで真っ赤になっているから、怒っているのだろうか?
拭きながら様子を窺っていると、ソフィアが顔を上げた。
「ロイ……懐かしいわね」
「懐かしい?」
「忘れちゃったのかしら? 私が亡命してきて、あなたの村に預けられた時……私、イジメられてたでしょ?」
言われて思い出す。ソフィアの両親は帝都でナイト貴族の罠に嵌まり、命からがらレグゼリア王国へ亡命してきた。
だけど王国についてすぐに両親は亡くなり、ソフィアは天涯孤独の身となった。
王国はその扱いに大変困ったあと、
初等部として王都にある学校へ通う時も、突き飛ばされたり小枝で叩かれたりと散々な目に遭っていた。
窮屈な村から唯一出られるのが勉強をするために王都へ登校する時。ロイにとってはその時間が何よりも幸福な一時だった。それなのに、目の前で繰り広げられるのは無邪気さからくる醜悪さ、それに対して大いに憤りを感じたロイはソフィアをイジメから守るように動いた。
そんな日々の中に、今みたいにソフィアの頭を拭いた記憶がある。
「前にもこうやってお前の頭を拭いたことがあったな」
「ふふ、思い出してくれたのね。あの時、教室に入ったら水が落ちてきて驚いたわ」
「あの時は影の一族だけじゃなくて、普通の生徒も一緒になってイジメてたよな。今思い出すとムカついてきた」
「ロイ、私はイジメられて良かったと思ってるわ。だって、あなたとこうして一緒に居られるのも、イジメがあったからこそだと思うから」
そう言えば、ソフィアを女として意識したのはその時だった気がする。発育の良かったソフィアは13歳になる頃には村の女子よりも胸が大きかったし、今みたいに水に濡れた時に胸が浮かび上がっていて、ドキッとしたのを覚えている。
頭を拭き終えると、ソフィアが急によそよそしい態度に変わった。
「その……着替えるから……出ていってくれると助かるわ」
そうだった。ソフィアの身体を心配してここに連れてきたのに、いつの間にか見惚れていた。
いや、言われなければそのまま身体を拭いていたかもしれない。
「す、すまん! 入口で待ってるから」
ロイはそう言って逃げるように更衣室を出た。
そしてソフィアが更衣室から出てくると、話があると畏まった態度で向き合ってきた。
「テスティードの改良案があるって申し出ている人がいてね。今からその人のところに一緒に行って欲しいの」
「俺達のテスティードに改良案? 怪しいな……まぁ、ソフィアが言うなら会ってみても良いけど」
「良かったわ、王城で待ってるから早速向かいましょう」
少しだけ怪しさを感じつつも、ソフィアと共に王城へ向かうこととなった。
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