第175話 黒き閃光アンリ

 ロイの陣形により、敵の主力部隊は両翼に退路を断たれてしまった。


 事前にこの陣形を聞いてて良かった。エデンにいるマナブに感謝しなくては。


 最早袋のネズミ……グランツ騎士団の誰もがそう思っていたが、当のネズミは予想外に凶暴で、ネズミというよりは狼と評した方が的を射ている。


 鳥の腹を食い破らんと必死に暴れている。何故数の上で有利なのにも関わらず、包囲殲滅が上手くいかないのか。


 その理由は国にあった。グランツ騎士団は練兵こそ行ってはいるものの、基本的には結界の中で安穏と修練をするだけ。対して、レグゼリア王国は領土が広く魔物の討伐や武闘大会を頻繁に開いているため、実戦経験が豊富でグランツ騎士団とは地力に差が出るのは仕方のないことだった。


 前方に孤軍奮闘する敵部隊が見えた。


 ロイ達はテスティードでそのまま敵部隊に突っ込む。ミスリルの装甲にガンガンッと敵が跳ね飛ばされる音が響く。


 御者のパルコが言った。


「御者を務めて十年以上なるが、人をこんなに轢いたのは初めてですぜ……」


 ロイの位置からは後ろ姿しか見えない。だけどその声色には少しだけ悲しさが混ざってるように感じた。


「すまんな、こんなところに連れてきちまって」


「いえいえ! 戦争なんで仕方ないってもんですぜ。それに、戦いで役に立てないからこそ、こういうところで役に立てるのが嬉しいんです」


 パルコは後ろ手に親指を立てた。それを見たロイは少し笑みを溢す。


 ある程度突っ込んだあと、テスティードは停車して後部ハッチを開いた。


「パルコ、俺達が出たら一旦他の部隊に合流しろよ」


「了解、ボス。ではご武運を」


 ロイ一行を降ろしたあと、ブルルンッ! と音を立ててテスティードが去って行った。


 30メートルほど先に敵指揮官らしき存在が立っている。茶髪に青い瞳、顔立ちも体の線も細い、そして何より目を引くのは手に持った武器だ。

 刃は細く針のような刀身、柄を覆う金属板……聞いたことがある、これは細剣という名前だった気がする。


 敵指揮官はニタニタと笑いながら歩いてくる。戦場のど真ん中で笑顔を浮かべて戦うなんて、明らかに常軌を逸している。


「僕は黒兜の第3部隊を任されている部隊長アンリだ。君は……ラルフ・サンクションではないよね?」


「生憎と、ラルフは別件で忙しいんだ。代わりに俺が相手してやる」


 アンリは挑発に動じることなく笑顔を浮かべたまま細剣の切っ先を向けてくる。


「まぁいいけど。にしても驚いたよ、突撃したら綺麗に囲まれちゃうんだもの。これは死ぬなぁって思ったけど、僕らを囲むこいつらは大して強くなかった……肩透かしだよ」


 肩を竦めて残念そうに語るアンリ。強者を求めてるかのような発言に実力が追い付てるからなおのこと質が悪い。


「君は、さ。──簡単には死なないでね?」


 ──キンッ!


 いきなりだった。気付いたら目の前にいて、顔目掛けて刺突を繰り出していた。ギリギリで弾いたから良いものの、あと数舜でも遅れていたらと思うと、冷や汗が滲み出る。


「僕はタイマンをしたいからさ、女の子たちを相手してよ」


 アンリがそう言うと、周囲の騎士はユキノ達と交戦を始めた。


「ねえ、黙ってないで何か言ってよっ!」


 細身の剣から繰り出される連続突き、開幕から虚を突かれてそれを捌くのでロイは精一杯だった。

 剣を弾いてカウンターを繰り出しても簡単に避けられる。頬に、肩にと少しずつ小さな傷を負ってしまう。


「ほらほらほらほらほらほらあっ! すごい、すごいよ君! ラルフが来るって聞いてカイロ様にお願いしてきたんだけど、まさかこんな嬉しいハプニングがあるなんて……これだから戦争って良いんだよなぁ!」


 イカれた人間のイカれた発言も、これ以上は聞いてられない。唯一見付けたコイツの隙に対して、カウンターじゃなくてバックステップで距離を取った。


 ここからが反撃の時だ。地面に手を付き影を伸ばしていく。


 ──【シャドーウィップ】!


「影か! く、このっ!」


 アンリは無数に伸びる影を凄まじい剣速で捌いていく。


 隙だらけな今が好機、影衣焔で一気に決める! 黒い影を纏って加速、そして奴の正中線に対して剣を振り下ろした。


「──くっ!」


 アンリは身体に巻き付く影を無視して強引に半歩下がった。それが功を奏してか、振り下ろした際の感覚に手応えをほとんど感じられなかった。


 追撃を警戒したアンリは影を素早く切り裂いたあと、すぐに距離を取った。


 パサッとアンリの服が斬れる。ロイの一撃によって薄皮1枚ほど切っ先が届いていたようだ。


 アンリの肌が露出したことでロイは目を見開いた。


 服の前面は縦に切り裂かれて前開きになっており、包帯のような物さらしがパラパラと地面に落ちてしまい、その結果……筋肉というにはあり得ない半球体がまろびでてしまった。


 それに気付いたアンリは、両腕で自らの身体を搔き抱くように隠した。


「お前……女だったのか!?」


「~~~~~ッ!?」


 ロイの呟きに羞恥心と怒りを露わにするアンリ。その表情は、出会った当初と比べ余裕が失われていた。


Tips


剣士・ジョブ

正確には剣術師だが、一般的には剣士で名が通っている。同じジョブでも様々なバリエーションがあり、片手剣、細剣、大剣、蛇腹剣など使い手によって覚えるスキルも大きく異なる。


ソフィア・聖騎士【槍】

ラルフ ・聖騎士【剣&盾】

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