第174話 崩壊

 ~レグゼリア陣営~


 状況は宜しくない方向に向かっている。


 あわよくば落とせるんじゃないか? そう思ったが、やはりテネブル無しで攻めるのは無理があったみたいだ。


 何せ、こちらの攻撃は結界に阻まれて、敵の戦略級魔術は普通に通過する。攻め難く守りやすい、難攻不落とは良く言ったものだ。


 仕方ない、俺様が出張るしかないか。


 木で出来た椅子から立ち上がり、黒い剣を手に取った。


「カイロ様、御武運を」


 従者が頭を下げてくる。運のねえ俺様に願ったって、意味ねえんだよ。こう言うのは、運の介在する余地もないほどの暴力で成せば良いんだ。


 カイロは軍営を出ると、結界に向かって真っ直ぐに馬を走らせた。


「おらおら、退け退け! 俺様がお前らの進む道を作ってやるぜ!」


 兵は左右に割れ、カイロの為に出来た道を疾走する。鋼の如く鍛え上げられた身体を捻り上げ、剣を振りかぶる。


 接近を阻止するために矢と魔術が飛んでくるが、その全てを空いた手で叩き落とした。


「ハハハハ、無駄だ! 絶対的防御力を誇る【カヴァーチャ】を抜けるわけないだろ!」


 そしてカイロは辿り着いた。眼前のアークバスティオンを見据えて剣を振り下ろす。


 ──ガンッ!


 鉄の盾を斬りつけるような感触の後、結界を維持しているであろう半透明の魔力が、身体に流れ込んでくる。


 それと同時に、アークバスティオンの根源である聖女の思念が脳裏を過った。


「女の絶望は俺様には味わえない。この苦しみ、実に甘美だ!」


 テネブルから流れ込む思念、それを飴玉を舐める様にして味わっていると……カイロに違和感が走った。


「……ん? 苦しみの先に幸福、だと!?」


 長く果てしない苦しみの先に、暖かな光が見えた。手が届かないと知りながらも、その光を浴びてより良き未来を祈る。


 太陽の如き光の根源が、その存在が──浮かび上がった。


 黒髪に赤い瞳、大した能力もない聖剣を携えたソイツは、取るに足らない存在としてハルトの引き立て役にしか思っていなかった。


「お前だったのか、ロイッ! 俺様の計画を不完全にしたのは!」


 俺様は希望というものが大嫌いだ。期待を持たせておいて、直前で手の平を返してくる。だから期待してはいけない、手を伸ばしてもいけない。


 だというのに、この女は報われぬと知りながら想い続けている。


「反吐が出るわ! はぁはぁ……まぁ良い。今からお前らを絶望させれば俺様の気は晴れる。待ってろよ、聖女。……待ってろよ、ロイッ!!」


 突き刺した剣をそのまま横に一閃──。


 パキパキと音を立てて結界にヒビが入った。1度出来たヒビは瞬く間に広がっていき、遂に結界は大きな音を立てて崩壊した。


 馬上でカイロは雄叫びをあげた。


 それに呼応して黒兜の軍旗が進軍を始める。川の水が岩を避けて流れるようにして、カイロを避けながら騎士達は国橋へ向けて疾走する。


 そんな中、カイロは1人……くらい笑みを浮かべていた。


「希望なんてのはな……存在しないんだよ」


 そうだろ? ────アリシア。


 ☆☆☆


 ~グランツ陣営~


 結界が崩壊した。カイロが1人突貫して来て、テネブルを突き刺した。矢と魔術が殺到しても奴はびくともしなかった。


「なんて、防御力だ。クソッ!」


 ロイは歯噛みしつつ、突撃の指示を出した。


 奴はあれ以上進むことは出来ない。出来ることと言えば、後方から兵を指揮をするくらいだろう。


 奴の用兵術はそこまで卓越したものじゃない。むしろ凡庸の領域だ、堅実に兵力を削いでいけば撤退に持ち込むことが出来るはず。


 そう思って指揮を取っていると、伝令が血相変えて馬を走らせてきた。


「伝令! ロイ殿の言う通りの陣形にしましたが、カイロ将軍に代わって出撃して来た指揮官の猛攻が凄まじく……このままでは中央突破されるかと!」


「わかった。下がれ」


「ハッ!」


 伝令が去っていく。


 マナブから防御の陣形として有利なものを教えてもらった。【カクヨクの陣】というやつで、鳥が翼を広げた様子を象った陣形だ。


 すで両翼が包み込んでいるはずだが、それでも伝令を送らざる得ないほどに突進力が高いということか。


「ロイの旦那、準備は出来てますぜ!」


 ブルルルンッ! っと音を立てて、テスティードが軍営に入ってきた。俺の様子を見て即座にテスティードを用意するとは、やるなパルコ。


「私も行きますから!」と、前からユキノがしがみついてくる。


「ロイ、あなた1人で行かせるわけないでしょう?」と、ソフィアが背後から抱き付いてきた。


「あ、あたしも……一応恋人、だし……」サリナは自信無さげに左腕を取った。


「じゃあ、私は右もーらいっ!」アンジュも便乗して右腕を胸に掻き抱いてくる。


「ロイ殿、あなたは戦時中になんてことを! ハ、ハレンチ極まりない!」ルフィーナは何故か狼狽していた。


 どこもかしこも柔らかくて、男であれば天国も同然だけど、今は欲情してる場合ではない。てか、物凄く歩きづらい!


「だああああっ! 置いていくわけねえから! 取り敢えずお前ら、テスティードに乗り込め!!」


 ロイ一行は、中央突破を図る謎の部隊へ急襲を仕掛けるべく、テスティードに乗って進軍を始めた。



Tips


ロイの柔らか天国・事象

可愛い系黒髪ロングは前から、綺麗系銀髪セミロングが後ろから、ちょっとツンツン系黒髪ポニーテールは左から、可愛いと綺麗を高水準で兼ね備えた金髪ロングが右から。


いずれも巨の領域に達しており、女達の放つ甘い香りも相まって、本来なら気絶してもおかしくないのだが……旅の序盤からユキノと添い寝を繰り返したロイは【鋼の精神】を獲得し、見事耐えきっている。

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