第159話 予期せぬスタンピード

 ラルフ・サンクションは聖女のいる王宮へ攻撃を仕掛けていた。


 何も知らない民からしたら単なる謀反に見えるかもしれない。だが、それは虚実に過ぎない。真なる賊は獅子身中の虫であるマグナート・ヘルブリスただ1人。


「負ければ賊、勝てば正義。いつの世も、その理から逃れることは出来ないものだな」


 ラルフの独り言だったが、馬で随行する副官がそれに応えた。


「サンクション様、我らに負けなどありえませぬ! 義がある限り、創生神フォルトゥナが微笑むのは我らだけなのです。報告によれば、ロイ殿が聖女様のご両親を確保したとのこと。しかも、ヘルブリス卿の私兵の一部は貴族特区へと向かった、我らの軍勢と対するには、最低でも全戦力持って対抗しなければ、時間稼ぎにもなりません!」


「うむ、そうだな。我らグランツ騎士団、聖女様の敵を城から一掃するぞ!」


「おおおおおおおおおッ!」と背後にいる騎士団が雄たけびを挙げる。


 だが、意気揚々と前線に追い付いたラルフ一行が見たものは──先鋒として攻撃を加えた騎士の死体の山だった。


「な、何が起きているのだ!」


 想像を越えた光景に頭が追い付かない。そんなラルフの元に褐色の肌をした敵が迫っていた。


「サンクション様、危ない!」


 馬の上にいるサンクションを突き飛ばす副官、その衝撃でラルフは我に返るが時すでに遅し、副官の上半身は下半身と切り離されていた。

 血飛沫が舞い、落馬したラルフにそれが降りかかる。驚いた馬は土を乱暴に蹴り上げながらどこかへ走り去ってしまった。


「サンクション様、お気を確かに! ここは戦場ですぞ!」


「わ、わかっている! 総員、抜剣! 敵を蹂躙せよ!」


 即座に騎士団は武器を抜いて先ほど攻撃してきた何者かに備える。近くの雑木林からの奇襲、それはわかる。だが、副官を切り裂いたそれが次にどこへ行ったのか、そこまでは見えなかった。


「うぎゃあああ!」


「何、後ろからだと!?」


 隊列の後方から断末魔が聞こえてきた。その結果、隊列は乱れ、指揮系統が混乱し始める。

 ラルフは騎士団に後退を命じて隊列を整える。雑木林から離れてしまえば奇襲の方角が大体絞れる。


 その予想通り、褐色の襲撃者は前方から堂々と歩いてきた。


 月明りがその者の正体を照らし出した。


「闇の子供かッ!」


 考えればわかることだった。週に1度、生まれるとされた闇の子供……それは一体どこに連れていかれたのか? 答えは明白、ヘルブリス卿の元で私兵を越える兵士として調教されていたのだ。


「……ご主人様の命により、あなた方を排除します」


 物静かな印象通り、疾走の初動も非常に静かなものであった。


 ラルフが先頭に立ってその黒き凶刃を剣で受ける。黒い爪自体に重さはないのに、剣にかかる衝撃は凄まじい。一度受けるたびに踏ん張る足が少しずつ下がっていく。


「ぐっ!?」


 右脚に強烈な痛みが走った。チラリと視線を向けると黒い矢が刺さっている。方角からして雑木林の中か。だが、こんな黒い矢は初めて見たぞ。


 目の前の敵の攻撃を防ぎながら、時折隙を狙って飛んでくる矢に対処する。自分だけならなんとか防げるが、背後から聞こえてくる悲鳴から察するに更に別の敵が潜んでるかもしれない。


「ぐぬぬぬっ! 聖女様と似た顔をするとは、なんたる不届きもの! 【シールドバッシュ】!」


 聖騎士のスキル、シールドバッシュで敵を吹き飛ばし、続けて攻撃スキルで追撃を行う。


「終わりだ! 【ナイトブレード】!」


 会心の振り下ろしが闇の子供を切り裂いた。鮮血を撒き散らしながらその者は黒い塵となって消えた。攻勢に出るチャンスと考えたラルフは部下に攻撃の指示を出す。


「魔道騎士隊、雑木林に向かってファイアボールを放て!」


 後方で待機していた魔道騎士による魔術砲撃が、雑木林を焦土に変えた。合計5か所から黒い塵が舞っている。


 新たに副官と任命された部下の報告によれば、こちらの損害は1割ほど。優秀な指揮官なら3割を越えた段階で撤退指示を出すが、こちらは背水の陣。負ければ賊認定される状況故に、最後の1人になろうとも死力を尽くして挑むほかなかった。


 雑木林を燃やし尽くし、再び城の前へと向かうと闇の子供たちが門を守るようにして展開されていた。


 屈強なるグランツ騎士団の先鋒は、間違いなくこの敵によって全滅させられた。よく見ると、死体の中にヘルブリス卿の私兵も混ざっている。戦闘の始まりはこちらが優勢だったことがわかる。


「皆の者、ここを死地と心得よ」


「ハッ!」全員口を揃えて呼応した。この戦いで生き残れるのは1割にも満たないだろう。たとえここを突破したとしても、城の中にいる予備の戦力に押されて全滅する。


 ここに闇の子供たちが展開している時点で、こちらは詰んでいたのだ。


「行くぞ、グランツ騎士団の意地を見せろ!」


 ラルフが先陣を切って突撃しようとすると、どこからともなく声が聞こえた。


「ラルフ、そこで止まれ──【絶対零度アブソリュート・ゼロ】!」


 バキバキと音を立てて長大な氷の壁が出現した。丁度、グランツ騎士団と声の主ロイとソフィアとを分け隔てるように。


「ロイ殿か!?」


「ああ、どうやら間に合ったみたいだな。アンタらがチンタラしてるせいで追い付いてしまったじゃねえか」


 氷の壁の上にいるロイとソフィアが「あとは任せろ」と言って向こう側に飛び下りる。彼らになら任せてもいいと、そう思えるほど頼もしい後ろ姿だった。


Tips


グランツ騎士団・組織


敬虔なるフォルトゥナ教徒によって構成された騎士団。様々なジョブを有した人間がいるため、非常にバランスの良い騎士団となっている。



ヘルブリス卿の私兵・組織


名称はなく、何処からか呼び寄せられたマグナート・ヘルブリスの私兵。

構成員のほとんどが斥候なため、大して強くはないがヘルブリスの命とあらば聖女を殺すのすら躊躇わない。現状、グランツ騎士団の先鋒と戦闘して過半数が死亡している。

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