第143話 都市水循環型魔道具・アクアヴェール

 ビッグラットを殲滅したロイ達は、更に奥へと足を進めた。その道中、ビッグラットの死体が至るところに転がってるのを発見した。


 残骸のところでしゃがんで、痕跡を確認する。


「血の付いた足跡が2つ、そしてビッグラットには風魔術で斬られた痕跡がある。2人組みで、しかも片方の戦闘力はそれなりに高い……ダークエルフと運び屋で間違いないな」


 ロイの観察結果にルフィーナは感心した。


「私の判断が間違っていました。ロイ殿、あなたは確かにフレミー様が認める御仁に足る存在のようです」


「このくらい、斥候の技術書にいくらでも載っている。あんたも、そしてフレミーも、俺を買い被りすぎだ」


 謙遜するロイに対してルフィーナは首を振った。


「それを実際に正しく扱える者は少ないかと。エルフの里、ヘイムダルを出て理解したのです。我等は他者を認めないが故に歩みがとても遅いと……。なので優れてるところは認めていくべきなのです」


 頭のお堅い騎士様かと思っていただけに、他者を認める柔軟さを持つルフィーナに対し、ロイは認識を改めた。


 そして一行いっこうは下水道最新部に辿り着いた。


 魔石を用いて帝都内部のお湯や飲み水を浄化し、循環させる大型魔道具。大きさだけなら大地の怒りグランドバニッシュと同程度、向こうはいにしえの兵器だが、こちらは生活を豊にする安全な魔道具。


 だけど、その魔道具のコアによじ登る2人組がいた。


 片方は浅黒い肌に銀髪の男、フレミーを刺してテネブルを奪ったダークエルフだった。もう1人は背中に大きなリュックを背負った体格の良い男、こっちは情報通りなら【運び屋】というやつだろう。


「ロイさん、あの2人……魔道具から魔石を取り出すつもりです!」


「わかってる。あいつら、敢えて都市機能を麻痺させて時間を稼ぐつもりか!」


 こちらの存在に気付いたダークエルフは、運び屋に後のことを任せて魔道具から飛び下りた。


「先程から精霊がざわつくと思ったら、やはりお前か」


「覚えていてくれたのか? この間の駆けっこで負けてからイラッときてたんだ。多少は憂さ晴らしさせてくれよ」


 その言葉を聞いたユキノは、ため息混じりに呟いた。


「ロイさん、【影衣焔】で追い付けなかったのが悔しかったんですね……」


 女性陣は同意するかのように頷いた。


 銀髪のダークエルフは奪った吸魂剣テネブルを構えた。そしてそれを地面に突き立てると、石畳を割ってアンデッドが大量に現れた。


「死体を吸収するだけではなく、放出することも可能なのだよ」


 声にならない声で生者へ呪詛を垂れ流す生ける屍アンデッド。それらはゆったりとした足取りで包囲網を狭めてくる。


「みんな、すでにアンデッドとの交戦経験はあるだろうが、気を付けろよ。死んでるということは──」


「肉体的な限界が無い、ですよね?」


 ユキノが先を言ったことで機先を削がれた形にはなったが、ロイは静かに頷いた。


 前衛、中衛、後衛は先程と変わらない。ロイとソフィアとアンジュが最前線で敵を斬り裂き、それを抜けてきた敵をサリナとルフィーナが屠る。


「フェオ・リジェネレイト!」


「ユキノ殿、助かります」


 アンデッドの攻撃で傷を負ったルフィーナに継続回復魔術をかけるユキノ、冷静に戦況を俯瞰できる後衛だからこそ魔道具のコアである魔石が外されるのが見えた。


「ロイさん! 魔石が!」


「わかってる! だが、コイツらをどうにかしないと近付くこともできない!」


 事態は少しずつ悪くなっていった。魔石をリュックに入れて運び屋はゆっくりと降りてくる。


「くそ! 何でこんなに増えるんだ!」


 ロイの叫びにルフィーナが答えた。


「ここは帝都インペリウムでも【公園墓地】の真下、あの剣で吸い込んだ魂を死体に仮止めしていると私は思います」


「ちっ! ……なんて罰当たりな」


「それに、本来なら大型魔道具アクアヴェールに触れた瞬間に防衛機構が発動しているはずなのに、発動の気配がありません」


 テネブルの能力を最大限活用できる地の利、そして発動しないトラップ。ビッグラットに神剣を使用している為、魔力も足りない……いや、このアンデッドの数なら神剣であっても効果は薄かったかもしれない。


 こちらの様子を見て、ダークエルフの男は気分よく言った。


「くくく、疑問か? 防衛機構が発動しないことが。この帝都の防衛機構はな、世界の浄化機能を利用した天然のトラップだ。だが、この天然というのが私に有利過ぎたのだ。そこのエルフならこの意味がわかるのではないか?」


 急な指摘に少し思索し、思い当たったルフィーナは静かにそれを口にした。


「あなたは……精霊で無理矢理自然を押さえ付けているのですか!?」


「ご名答、これはただの魔術では再現できない芸当だよ」


 この場において自身は場を支配する上位者、あたかもそう言ってるかのような態度を見せてきた。


 しかし、ネタバラシをしたのは愚策だった。ロイの口元はニヤリと笑い、ルフィーナに頼み事をした。


「ルフィーナ、エルフが精霊を使うならあんたもそれと同じことが出来るんじゃないか?」


「具体的には?」


「アイツの精霊を押さえ込む。その一瞬の隙を突いて影衣焔で決める」


「……わかりました。ただ、同じやり方では力負けするので、儀式形式でやらせて下さい」


 ロイは頷き、ルフィーナは準備を始める。


 精霊術を行使する方法は2通りある。魔術で命令するやり方と、儀式で精霊に頼むやり方、ルフィーナの言う後者のやり方は太古から伝わる正式な手法であり、完成さえすれば上級魔術に匹敵すると言われている。


 両手を広げて歌い始める。その歌声は薄暗い下水道に響き渡り、汚れは粒子となって消え、その場にいる者の心さえも浄化するほどの綺麗な歌声だった。




Tips


都市水循環型魔道具・アクアヴェール

大国の首都の地下にはこれが配置されてあって、帝国のそれは更に温水を生み出す機能が追加されている。

各国それぞれ防衛機構が備わっているが、帝国のそれは触れた瞬間に自然由来の魔物が現れて、魔石を奪おうとする輩を拘束するトラップが配置されている。

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