第112話 遠慮

 あれから約1週間、ロイ達は新拠点【エデン】の基盤を充実させ、それと同時にエデンの守護組織である【リーベ】の強化に奔走していた。


 ソフィアとアンジュはリーベのメンバーを指導、マナブはギルドの受付を、ユキノとサリナは農作業に注力した。


「ボス、廃坑付近のゴブリン20体の討伐を完了しました」


 ロイの元に黒の外套を羽織った男がひざまずく。それはリーベのメンバーだった。


 スターク、影の一族、元近衛騎士が混在するため、影の一族の外套をそのまま着せるわけにはいかない。そのため、黒の外套に金の刺繍を施してリーベのメンバーに着させていた。


「お疲れさん、そろそろ夜も更ける。夜の見張りと交代してお前らはもう休め」


「ハッ!」


 リーベスタ、メンバーのことはそう呼ぶことに決まった。


 ロイの労いに、リーベスタは敬礼して去っていった。


 さて、夕食の時間か。と、呟いてロイは自宅へ向かった。6人がいつも一緒に食べるテーブルにドカッと座って料理を待つ。


「ロイさん、今日も一緒に寝てもいいんですよね?」


 隣に座ったユキノが恐る恐るといった感じに聞いてきた。


「断っても入ってくるだろ。なんでわざわざ聞くんだよ」


「だって……いつも旅が終わる度に1人で寝ろって言ってたのに、最近は嫌がらないから……」


「別に……気にしても仕方ないって思っただけだ」


 それを聞いたユキノは嬉しそうにしながら席を立ち、配膳をするサリナの手伝いに向かった。


「やっぱ普段と違う態度取れば不審に思われるよな」


 ロイの対面に座ったソフィアはその呟きが耳に入っていたらしく、ロイにその真意を聞いた。


「なんの話をしているのかしら?」


「ただの独り言だ」


「そう、また失踪の算段でもしてるのかと思ったわ。あなたはいつもわたくしを待たないから、心配で心配で仕方ないの」


「もうしないから、あんま俺を苛めんなよ」


「苛めてないわ、構ってるだけ」そう言ってソフィアは食事を始めた。


 さあ、俺も食うぞって思った時、サリナの様子がおかしいことに気が付いた。キョロキョロとどこに座ろうか悩んでいる。


 丁度隣が空いてるから呼んでみる。


「サリナ、ここが空いてるぞ」


 一瞬こちらを向いたが、サリナはわざわざ遠いマナブの隣に座った。本当はサリナに嫌われてるんじゃないか、そう考えたロイはモヤモヤしながら夕食を食べ始めた。


 その後、夕食を食べ終えたあとに風呂に入った。


 明日からの仕事を考えていると、誰かが浴室に入ってきた。ロイが音のする方に顔を向けると、そこにいたのはサリナだった。


 タオルで胸を隠しながら驚きの表情で固まっている。サリナは「ごめん」と言って踵を返す。


 夕食での態度が気掛かりだったロイは、サリナを誘ってみた。


「待て、こっちに来ないか? 変なことはしない、話し合いたいんだ」


「時間間違えたあたしが悪いんだし、もう出る」


 このままだと拗れかねない、そう考えたロイは影を伸ばして足を拘束した。


「──キャッ! ちょ、ちょっとロイ、何するの!?」


「わだかまりは残したくないんだ。だからさ、話し合わないか?」


「わ、わかったから! けたら色々見えちゃうから、外して!」


 大人しくなったサリナの拘束を解いて共に浴槽に浸かる。


 ──カポン。


「夕食の時、俺を避けてたよな? やっぱ黙って行ったこと、怒ってるのか?」


「違う。ただ……」


 サリナはそっぽを向いて続けた。


「あなたはあたしになんか構ってないで、他の娘と仲良くすればいいの」


「他の娘って……俺達は仲間だろ? 仲良くするのに序列なんか作りたくない」


「良いから……あたしには構わないで、あたしは優しくされる資格なんか──ッ!」


 ──ザバッ!


 サリナは尻が見えるのも構わずに、風呂から走り去って行った。


「一体なんだって言うんだ……」


 サリナはその後もロイを避け続けた。配膳の時に手伝おうと近付いても「ごめん、今忙しいから」と言って避けられる。


 さすがに他の面子も様子がおかしいと思い始めた。


「燃えてきた」


「あなた……もしかしたら、引かれると追いかけたくなるタイプなの? ……その方法があるとは思わなかったわ……」


 サリナがクワで耕してると、ロイが暇を見て現れる。挨拶もするし、仕事で必要な会話もきちんとする。


 だけど1歩引いた位置からロイを見ている。故にロイは更にやる気になった。


 サリナが休憩に入ったのを見計らって、ロイは隣に座る。


「……何?」


「お前はもう充分に苦しんだ。俺はそう思うけどな、それでもまだ足りないって思うのか?」


「決まってる、手を下して無いとは言っても、あたしが殺したも同然よ。優しくされたら甘えそうになる、だから止めて、お願い」


「なぁ、俺達は死を乗り越えるために生きてる。頼むからお前も前向いて進んでくれよ」


 ロイの言葉を受けてもなお、サリナは頑なに自身を責めている。その目には涙が溜まっていて、それを見られたくなくてサリナは走り出す。


「おい、そっちは柵が──!」


「……えっ!?」


 谷底と地上との中間地点に存在する【エデン】は下が障気の谷となっており、柵がないところは危険地帯として子供達に言い聞かせていた。


 サリナは涙でよく地面を見ておらず、谷底へと走り出してしまった。


「──サリナッ!!!」


 落下中のサリナを抱き締めたロイは、無我夢中でシャドーウィップを伸ばした。


「しっかり捕まってろよ!」


「……あ、うん」


 なんとか大きな枝にシャドーウィップを巻き付けて近くの横穴に滑り込むことに成功した。

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