第99話 アタッチメント

 新天地・エデンでの生活基盤を整えるために各自行動に移っていた。


 エデンを見回っていると、サリナが敷地の端でクワを振っているのが見えた。いや、サリナだけでなく、他の村人も何人か集まっていた。


 何をしてるか気になったロイは、塀の外からサリナに話し掛けてみた。


「サリナ、何してるんだ?」


「土地だけあっても食糧がないと生きていけないでしょ」


 そう言ってサリナは地面を耕し始めた。確かに、ここは国の法が及ばないからこそ流通からも外れている。


 買い出しで何度も近くの村に行くのもかなり手間だ、それを考えると自給自足は堅実な一手かもしれん。だが、しかし!


「その種……冬トマトじゃないか?」


「え、まぁ……そうだけど、良くわかったね」


「ああ、その独特な臭いはエイデンが改良した他の土地でも栽培できるやつだよな?」


 ロイはあからさまに肩を落とした。それを見たサリナはハッと思い出す。


「あ、ごめん! ロイの嫌いな食べ物だったよね」


「いや、良いんだ……ソフィアからも直すように言われてるしな。それにまだ買い出しも行ってないんだろ?」


「う、うん……だから手持ちにある種はこれしかなくてさ。もし料理として出す時も、可能な限り工夫するからさ……我慢してね」


「……出来れば出す時は事前に教えてくれ、覚悟はしときたいから」


 サリナは苦笑いでそれを承諾してくれた。準備を怠らなければ対策なんて簡単だ。


 その日だけソフィアから見えにくい席に座って、ユキノにこっそり渡せば良いだけだしな!

 勿論、一応は食べるさ……でもどうしても無理な時は最後の手段くらいは用意しとかないと。


 次にロイが向かったのは、ソフィアがいる修練場だった。


 こじんまりとした広場の中央で、5人を相手に槍を振っていた。白銀の槍とヒラヒラ揺れる銀髪が目立つ、しかも1人だけ白いドレス姿だから知らない人が見たら襲われてるように見えたことだろう。


「よ、ソフィア」


「あら、ロイ! あと1合打ち合ったら終わるので待っていてくださる?」


「わかった。向こうで待ってる」


 それから少しして、訓練を終えたソフィアが歩いてきた。少し汗ばんだ銀髪を後ろでまとめている。白い肌に張り付いた髪、それが少しだけ色っぽいと感じてしまった。


「わたくしの首に何か付いてます?」


「い、いや! 結構長い時間やってたんだな~って思っただけだ」


 ロイは照れを誤魔化すようにして、掛けてあったタオルをソフィアに手渡す。


「それはそうと、守備隊を募ったのか?」


「どちらかと言えば、自警団かしら。わたくしやロイがいつもいるとは限らない、そんな時に守りが必要だと思いましたの」


「なるほど、そうだよな。人間は所詮、目の届く範囲しか守れないしな。ソフィア、ありがとう……助かるよ」


「~~~~~ッ!!」


 ロイの台詞にソフィアは頬を赤くして後ろを向いた。


「だ、だって……ここのみんなはあなたの家族みたいなものですわ。自衛の術を覚えておく必要がありますわよ……」


 両親を失って以降、どれだけ大切な存在だったかを思い知らされた。辛い思いをなるべくさせないように、そんなソフィアの配慮がロイの胸を打った。


 ほとんど衝動的な行動だったかもしれない。気付いたらソフィアを後ろから抱き締めていた。


「ソフィア……マジでありがとう」


「もう、汗かいてますのに……今日は特別ですわよ?」


 改めて正面から抱擁し直した。その後、休憩が終わるまでロイは頭をそっと撫でてもらっていた。


 ☆☆☆


 その後も色々と見て回った。


 ユキノは診療所で回復魔術を習っていた。治癒術師のユキノはリジェネレイトだけではこの先やっていけないと確信していた。


 同じ名前の魔術でもフェオ、ウル、ソーンと何度も魔術を行使することによってランクが上がっていく。だが、初級魔術がソーンに到達したところで初級は所詮、初級に過ぎない。


 ユキノ自身、限界を感じていたのかもしれない。練習用のダミー相手に何度も何度も術を行使しているのが遠くから見えた。


 忙しそうだし、また後で来るか……。


 元近衛騎士ロイヤルガードから教わる姿を見て、ロイは邪魔をしないようにそっと診療所を出た。


 次にロイが向かったのはエデンの村長に就任したシュテンの家だった。


「で、浄化の指輪について判明した新しいことってなんだ?」


「うむ、お前に聖剣を渡してからというもの、暇をみつけては古文書の解読をしていた。浄化の指輪の本当の名前は"旅神の指輪"ということがわかったのだ」


「旅神の指輪?」


「そうじゃ、遥か大昔に悪神を倒した勇者が所有していた指輪なんだと。汚染蔓延る救世の旅に浄化の光あらんことを……そう言って女神が勇者に渡したようだ。当然ながらお前が今行っている浄化はその基本機能なんじゃが……どうやら他にも機能があるらしいのじゃ」


「で、その機能とは?」


「わからん、最後の5行だけ完全にすり潰されて解読は不可能だ。ただ、その指輪の窪みに強い神性を有する魔石をはめることでそれは発揮することがわかった」


 シュテンはビーズに鉄の縁がついた何かを手渡してきた。


「これは?」


大地の怒りグランドバニッシュの神核の破片を丸く加工してミスリルの縁をつけたものじゃ。それなら同じ時代の物だし、十分な神性を有しているだろう」


 ロイは渡された神核を浄化の指輪にある窪みにセットした。


 が、特に何も起きなかった。微塵も光りはしなかったし、ましてやステータスが変わることもなかった。


「どうやら失敗したみたいだな」


「昨日徹夜で作ったのに!? ふーむ、何が悪かったんじゃろ……まぁ害がないならそのままつけといてくれんか?」


「そうだな、戦ってみたらなんか変わるかもしれん。一時預かっておくよ、てかあんたは寝た方が良い。隈が凄いぞ……」


 手も服も煤だらけ、僅かにある髪はボサボサ、おまけに目の下には大きな隈ができている。ロイとしてはシュテンに無理をしてほしくはなかった。


「老い先短いこの身を案じてくれるとは……良い若者に育ったのぉ。あ、そう言えばフレミーがもうすぐここに来ると言っていた。お前さんに頼みがあるらしい、それまでゆっくりしておくとええ」


 その言葉に甘え、ロイはフレミーが来訪するまでの間、シュテンの家で寛ぐことにした。

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