第97話 新天地・エデン

 イグニア領で現地民である元スタークを残し、新たにリーベという名の組織となったロイ達は王国との国境沿いにある廃坑にやってきた。


 いかにもゴブリンが巣くってそうな廃坑、その中を案内人であるフレミーが進んでいく。


「なぁ、エデンっていちいち廃坑から入らないといけないのか?」


「はい、エデンを中心にそれぞれの国の廃れた廃坑に繋がってますので、必然的に廃坑から入り、廃坑から出る形になりますね」


 それぞれの国? それはおかしい。この世界は悪神との大戦で地割れが起きて、国と国は巨大な石橋を通らないと絶対に辿り着けない。


 つまり地続きではないのだ。その地割れは後に"死の谷デスバレーと言われて、世界を大きく隔てる谷と化している。


 廃坑は緩やかな傾斜で、先に進むほど下に向かってるような感じだ。


「ヴォルガ王が何故この先の地をエデンと称したのかはわかりませんが、定住の地を持たないあなた達にとってはエデンと言えるかもしれませんね」


「この先って……一向に曲がる気配は無いけど、このままだと死の谷デスバレーに出ないか?」


「ええ、出ますよ? この廃坑は一本道になるように他の道は塞いでますし、曲がったりはしません」


 それが何か? みたいな感覚でフレミーは語る。そんな彼に対して、ロイは疑念を抱き始めた。


「ロイさん、私達がグレンツェから帝国に来る時に渡った橋がありましたよね。もしかして、あの橋から見えた底の見えない谷のことですか?」


「ああ、そうだ。死の谷デスバレーを見たとき空気が少しだけ紫だったろ? あれは障気と言って人間に対して悪影響を及ぼす存在なんだ。今の深さから考えると、すでに上から視認できる深さじゃない、本当に大丈夫なのか心配だ」


「ふぇぇぇぇ!? ロイさん、怖いこと言わないで下さいよぉ~」


 そうこう話してる間に通路の突き当たりに辿り着いた。なんの変哲もない、ただの壁。フレミーはそれに向かって手をかざしている。


 そして少し経つと、地震のような音がして岩で出来た壁が少しずつ開いた。


「ロイ殿に渡しておきます。これは聖石と言ってエデンに入るための鍵です。出入りの際はそれを壁にかざすことで開閉することができます」


 フレミーから渡された光輝く石、手に持ちやすいようにカットされていて少し手を加えればペンダントにもできそうだ。


「後から必要に応じて追加していきますので、今日はそれだけとなります」


 ロイ達は開いた穴の先へ足を踏み入れた。


 そこに待ち受けていたのはクリスタルで出来た道。それが反対側の壁に繋がってたり、広場のように重なりあったりしている。


 しかも驚くことに障気が一切流れ込んでいないのだ。


「箱みたいに囲ってないのに障気が流れてない……どういったカラクリなんだよ」


「この道のような物は"聖樹石"と言って、エルフの住まう森に生息する特殊な木です。破壊されるまで壊れることもなく、1度成長すればそれ以上成長はしない。足場としては申し分ないでしょう」


「聖樹石……確か、障気を餌として生きる木だったよな? だけどよ、聖樹石って隣の国に繋がるほど大きくはならないって聞いたんだが……」


 フレミーは溜め息を吐いてメガネをクイっと上げた。


「イグニア殿が色々な研究を行ってることは知っていますね?」


「ああ、今は魔斧トマホークの研究をしてもらってる」


「聖樹石を使って集落を守れないか、そういうコンセプトでイグニア殿にヴォルガ王が品種改良の依頼をしたのです。ですが、ご覧の通り村1つ分の土地に匹敵する成長を遂げてしまい、大失敗……国営ダンジョン1つを犠牲にしてしまったのです」


 全員がフレミーの言葉に沈黙した。もしかして、エイデンはそっち系の魔科学者なのだろうか? フレミーを除く誰もがそう考えた。


「なぁ、もしかして……途中の廃坑ってダンジョンだった名残、なのか?」


 フレミーは重く、残念そうに肯定した。


「ロイ、トマホークを返してもらった方が良い気がするわ……」


「ああ、今度イグニアに行ったらちょっと様子を見た方がいいかもな……」


 ロイとソフィアは互いに頷き、強く約束した。



 聖樹石の道を進んでいくと、帝国風の建築物がいくつも建っていた。その中でも1番大きな建物に案内された。


「ここがロイ殿の居住施設となります。どうですか? これからの拠点としては最適かと思いますが」


 入口は大きなホールとなっており、そこから各自の部屋に繋がるドアがあった。トイレ、風呂も完備しており、イグニア邸を一回り小さくした感じの居住スペースだった。


「最後に1つだけ説明が残っていますので、広場に向かいましょうか」


 最後に説明があるらしく、フレミーと共に広場へと向かう。


 ──ガヤガヤ。


 広場に着くと、リーベのみんなが集まっていた。誰がどの建物を使うか話し合いをしているようだ。

 ロイ達メインパーティ以外の建物はほとんど造りは変わらない、だけど端が良かったり、広場近くが良かったりとみんな子供のように主張している。


「ロイ殿、止めなくてよろしいのですか?」


「アンタにはわからないかもしれないが、ずっと逃亡してたり、新しい土地に来たら新参者で肩身が狭かったりと、俺達は心の底から安心することはできなかったんだ。今ぐらい別にいいだろ」


 そうですか。と、フレミーも少しだけ微笑みつつ、広場の中央へと向かった。


 巨大なクリスタルが広場の中心に鎮座していた。


「これはライトブリング……聖樹石で吸いきれなかった障気を吸ったり、上から見えないように幻で覆ったり、攻撃を防いだりするエデンの要です。あと、太陽の代わりにもなるのでこの地で農作も可能となります」


 説明を聞きながらも、ロイ達はライトブリングに目を奪われていた。


「綺麗だな、これは聖石か?」


「いえ、聖石の上位にあたる存在ですね。未だこれについて解明はされていませんが、これが発する光を長い年月受け続けた石が聖石へと変わる、そう言われております」


 なるほど、これを以てエデンと呼称したのか。その名に相応しい存在感だ。


「ここが俺達の土地、俺達の家、俺達の居場所……」


「ロイさん、ここから出発ですね!」ユキノは変わらない明るさで言った。


「わたくしの槍はロイと共にありますわ!」ソフィアは変わらない強さで言った。


「生活基盤をどうにかしないとね。農作もありだし、トラップも必要ね……」サリナは変わらない堅実さで言った。


「私は少しゆっくりしたいな~、お風呂とか入りたいし」アンジュは変わらない素直さで言った。


「じゃあ僕は揉めてる人の仲裁をするよ」マナブは変わらない真面目さで言った。


 それぞれ色々な想いを胸に束の間の休息へと身を委ねるのだった。

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