第77話 ソレイユ砦

 現キングストン領に入ってロイ達はウォーレンを倒し、それによって得た情報から北東にあるソレイユ砦に向かっていた。


 北に向かえば向かう程、粉雪から普通の雪へ変わっていく。

 車窓から覗き見る景色は本で見る雪国そのものだった……。


 徐々にソレイユ砦が見えてきた。石造りのごく普通の砦、ロイは黒衣の外套をなびかせながら誰よりも先陣を切る。


 堡砦ほうさいの壁の周辺を数人の歩哨ほしょうが歩いている。


「剣士1、槍術2か……手早く落とすから隠れてろ」


 ロイのパーティメンバーは一様に頷く。ちなみに影の一族オンブラとユニオンナイトは量産型テスティードで待機している。ロイ達のパーティが門を開けると同時に突入して、一気に畳み掛ける作戦だからだ。


 石を投擲とうてきして注意を引く。


 ──バシッ!


「ん、なんの音だ? ──グウッ!」


 ロイは手刀で剣士の意識を落として武器を"シャドーポケット"に放り込む。そして人差し指でサリナとソフィアに奇襲の指示を出す。


「──ぐはぁっ!」「──かはぁ!?」


 それぞれ槍の石突きの部分で槍術師の2人を落とした。なるべくその武器の使い手にやらせた方が予期せぬ事態を予防できる、故に彼女らに指示したのだ。


「ユキノ、盾を横向きにして俺とアンジュを上まで上げてくれ」


「わかりました。──"祝福盾・浮遊ブレスシールド・フロート"」


 ユキノの力を借りて堡砦の上に2人で上がると、ロイとアンジュは左右別々に別れた。音を立てずに走っていくと敵が見えてくる。


 ──弓術師が4人、やる気なさそうに巡回している。


 だが弓使いを侮ってはいけない、特に"ホークアイ"を所有する弓術師は厄介でこの雪の中、1度捕捉されると1キロくらい離れなければ延々と追撃を喰らうことになる。


 可能な限り音がしないように忍び寄り、そして背後から首に腕をかけて巴投げに転ずる。


「──ッ!?」


 敵は呻き声1つ上げずに気絶した。それを後3回、難なくこなしてユキノ達の元へ戻る。


「あらロイ、遅かったわね~」


「そっちの数が少なかっただけだろ?」


「こっちは本業じゃないことやってんだから、調度いいハンデよ」


 アンジュの軽口にハイハイと手をヒラヒラさせて対応する。そして、下にいるユキノとマナブに上に上がるように指示を出す。


 飛び移るユキノがけたりしないように、手を握り、腰に手を添えて補助をする。


「ロイさん、ありがとうです」


「ここで転倒したら大きな音がするからな、その可能性を排除しただけだ」


「ボス、僕もお願いします! 高いところ怖くて──ギャアッ!」


 ロイは"シャドーウィップ"をマナブに巻き付けた後、強引に自身の元へ引き寄せた。


「シラサトさんと僕の扱いが違い過ぎる……」


「ユキノは俺にとって必要な存在強化値成長の面でだからな、当然だろ?」


「はぅッ! 私、そんなに必要とされてたんですか? ロイさんがそこまで言うなら、私の全てを──」


 ユキノは言葉の途中で周囲にアンジュしかいないことに気付く。


「ユキノ、何してんの? 早く行くよ」


「もぅ~、ロイさんいつもそうなんだから! 今日の夜、イタズラするから!」


 ユキノはそう言いながらトテテっと遅れて到着する。場所は門を開けるための部屋、ロイはマナブに土魔術でそれを破壊するように指示する。


「ここに"ストーンランス"を撃ち込め、そうすれば途中で門を閉められることは無くなる筈だ」


「わかりました、少しだけお待ちを」


 マナブは手を掲げて橙色の魔方陣に魔力を流し込む。


「門が開いたら最初に入ってくるのはソフィアとサリナだ。合流したらすぐに地下室へ向かうぞ」


 ユキノ、マナブ、アンジュは頷き、そしてストーンランスの準備が完了する。


「じゃあ行きます! "ストーンランス"」


 ガヒンッ! ガラガラガラ…………。


 決して小さくない音を立てて門が開く。それに対応するかのように砦の内側では灯りが付き始める。

 そして門の入り口から矢のような俊敏さでソフィアとサリナが合流した。


 続いて、火と風の魔石を使ったテスティードがブルルルン、と独特な音を立てながら数台入ってくる。


 ロイ達は混乱に乗じて地下へ向かった。


 地下牢にはウォーレンの情報通り、豪華な服に身を包んだ貴族達が入れられていた。


「もしかしてロイ君? おお~、ロイ君じゃないか!」


「エイデン、生きていたか!」


「当たり前だよ、まだまだやること多いからね。しかし君にイグニアの短剣を預けておいて正解だったな……」


「無事で良かったとは思うが、アンタに伝えないと行けないことがある。実は──」


「ダートが裏切ったんだろ?」


「会ったのか!?」


「いや、まだ会ってない。僕はリディアやダートに反対して直談判しに来たわけじゃないからね。捕縛されて仲間になるように言われたけど断ったよ」


「そうか、アンタが無事ってことはここに囚われてる事をダート達は知らないんだな」


 エイデンは頷き、そして外から聞こえてくる剣激の音や爆発音を聞いてロイに疑問を口にした。


「それはそうと、外は戦闘中なのか?」


「ああ、アンタらをテスティードに送り届けたあと、敵の指揮官を落とす予定だ」


「じゃあ、僕に武器を分けてくれないか? 貴族達の護衛は僕がする。君達はこのまま指揮官を倒してくれ」


「……大丈夫なのか?」


「僕の短剣術の腕前、知ってるだろ?」


「わかった。じゃあ、アンタに相応しい武器がある」


 ロイはそう言って"イグニアの短剣"をエイデンに渡した。


「俺みたいな平民よりアンタの方が似合うだろ?」


「……わかった。君達は安心して倒しに行くといい」


 こうしてロイとエイデンは別行動を取った。


 帝国の指揮官室は基本的に砦の最上階にある。より遠くを見渡し、的確な指示を出す為だ。階段を上る途中、窓から砦を見渡すと、降伏した敵が中庭に集められてるところが見えた。


 テスティードによる突貫後、車体背面部から陣形を組んで突撃し、早期制圧する戦術。ユキノ達の世界にある"特殊奇襲部隊"の戦い方を、こちらの世界で解釈した新たな戦闘様式。


 小規模拠点を早期に制圧するには最適だと言える。これを考案したのがマナブであり、その実践訓練を担ったのがアンジュだ。


 エイデンを待つ間、みんなそれぞれのやり方で自身を鍛えていたというわけだ。



 最上階の扉を蹴破り、指揮官と対面する。そこにいたのは薄紫色の肌をした騎士だった。

 口からは『あぁ~』やら『うぅ~』等の言葉しか発していない。


「ロイさん……この方、ゾンビに見えるんですが!! 回復魔術で倒せたりしませんか!?」


 初めてアンデッドを見たのか、ユキノはややパニック状態でロイの後ろに隠れている。マナブも隕石の魔道書を敵に向けつつ震えている。

 どうやら異世界にはゾンビと言った類いの存在はいないようだ。


「ロイ、さっさとアンデッド共を蹴散らすよ!」


 何故かサリナだけは物怖じしていない様子だ。


「心臓を潰しても動くし、腱を切っても動く。唯一の弱点は頭だが、それでも種類によっては動く……生き物ではなく"物"として対処しろ!」


 ──こうして、ソレイユ砦最終戦を幕を開けた。

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