第68話 ダートの嫌疑とギルドの調査員

 ロイは、地下に安置されたトマホークの様子を見に行くことにした。

 ダートの肩に触れた時、浄化現象に似た感覚が起きたからだ。


 中々エイデンが帰ってこない事といい、何かが起きてるような気がしてならない。


 言い様のない不安に対して焦燥感を感じたロイ。彼は下準備を徹底するタイプ故に不測の事態への対処が苦手だった。

 今までは不測の事態が起きることを想定して準備をしていただけだ。それもパーティ単位だったので、ある程度予測を越えても十分に挽回可能だった。


 でも今回は目に見えない何かが這いずり回ってる気がする。勿論考え過ぎなら単なる徒労で終わるからいい……とは言え、今から地下に行けば全てがわかることだ。


 障壁を解除する鍵はエイデンから預かってる。"誓約魔術ゲッシュ"を使う時に用いた、あの貴族の証しとも言える"イグニアの短剣"だ。


「執務室にある右の本棚、その上から2段目の赤い本……これか」


 指定の本を手前に傾けると、左の本棚が音を立てながら壁の奥にズレていく。


 念のため、入り口に"シャドーシールド"を設置して細長い階段を下りていく。シャドーシールドは強めの攻撃で簡単に壊すことが出来るが、こんな音の響きやすいところでそれ程の攻撃を行えば、少なくとも背後からの奇襲には対処できる。


「ここに短剣を刺せばいいんだろうが、その必要は無さそうだな」


 障壁解除の祭壇から、半透明の魔術障壁越しに奥にあるトマホークが見えた。見た限りでは異常はない、そう考えてロイは来た道を引き返す。


「それでもダートは怪しい、後で話しをしないとな」


 仕掛けを戻して部屋を出るとソフィアが立っていた。


「何をしていたのかしら?」


「トマホークがちゃんと安置されてるか心配になっただけだ」


「ふ~ん、確認終わったのなら一緒に行きますわよ」


 実害もない、確証もない、それ故にロイはダートについて言うべきか迷っている。もっと情報を得るために、歩きついでにそれとなく彼について聞いてみることにした。


「ダートってさ、最近おかしくないか?」


「ダート? うーん、そうですわね。この間から様子がおかしいですわね。特にガナルキンと戦った日かしら、言われたことはきちんと成し遂げる性格なのに鉱山内部にはなにも無かったって……彼の性格ならそれはおかしい。彼なら何も無くても何か見つけようとするもの……で、ダートに何かあるのかしら?」


「いや、ちょっとな……」


 いざソフィアを前にすると言いづらい、まだ実害も発生してない内から身内を疑ってるなんて。


「ロ~イ! 何かあったんでしょ?」


 ソフィアがロイの前に出て、頬を両手で包んだ。


「いや、その……杞憂だったら良いんだが、ダートがさ──」


 肩に触れたときに浄化現象が起きたこと、ダートの様子が最近おかしいこと、ロイはソフィアに疑念の全てを伝えた。


「ダートがあなたに思うところがあるのは知っていたわ。あなたは変則的な戦い方、ダートは正道を地で歩く戦い方……そういった考え方の違いからきたものと思っていたの。そうね、言われてみると最近は目に余るかもしれないわね。それで──遺物武器はちゃんと安置されていたのよね?」


「ああ、漂ってくる独自のオーラから、地下に安置されているのは偽物ではないと断言できる。なのにあれと同種のモノをダートから感じるのはおかしいと思わないか?」


「わかったわ、あなたとギルド職員に会いに行くつもりだったけど、わたくしはダートを当たることにするわ」


「わかった、絶対に気を付けろよ?」


「わかってるわ、終わったらわたくしの部屋に来てくれると嬉しいわ」


 こうしてロイはソフィアと別行動を取ることにした。


 さっさとギルドへの報告を済ませるか。遺物武器は面倒事をよく起こすからな。


 ☆☆☆


 応接室に入ると二人の魔術師が紅茶を飲んでいた。二人ともフードを目深に被っていて顔を見ることはできない。

 ロイは軽くお辞儀をして二人の反対側に座った。


「お初にお目にかかります。ギルド調査員のリディア・キングストンです。こちらは私の補佐でフレドです」


 リディアの隣に座るフレドは遅れて一礼した。


「俺はロイだ。領主が不在なので今日は俺が代行で応対することになった。よろしく」


「私はてっきりイグニアの槍、ソフィア様が来ると思っていました」


「言われてみるとそうだったな。気が付かなくてすまん、呼びに行った方がいいか?」


「いえいえ、報告を受けることができれば構いませんので、お気遣いありがとうございます。ではこちらの書類に当時の状況とそれによって起きた損害を記載してください」


 ロイが黒いスノーウルフと戦った時の状況を書いていると、リディアが世間話を始めた。ロイは書類を書きながら無難に答えることにした。


「私の名前を聞いてもなんの反応もありませんでしたね」


「名前?」


 リディアは紙に書かれた自身の名前を指でトントンと叩いた。名前と言っても、苗字である”キングストン”の部分だ。


 ん? キングストン? ……あ、確かダートがさっきそんな名前を出していたな。リディアはロイの反応を見て少し微笑んでいた。


「あら、ようやく反応しましたわね。自身の名前を略して称号へ変えようと考えた男、ガナールタ・キングストン、いや……ガナルキンは私の父上ですわ。結局、1ヶ月程度で忘れられる程の男だったわけですわね」


「いや、知らなかったんだ。俺もこっちに来たばかりだったしな。……それで、俺に復讐しに来たのか?」


「違いますよ。そんな仲の良い親子だったわけでもないですから。今回は本当にお仕事で来ただけですわ。そんなに警戒しないで下さいませ、殺気が凄まじくてフレドも怯えてるじゃないですか」


 ロイはリディアが少しでもおかしな動きをしようものなら、テーブルの下にある影から攻撃仕掛ける準備をしていた。それを微かにだが悟られていたのかもしれない。


「連れには悪いが、我慢してくれ。捕縛した男の親族ならいかにギルド員であろうとも、私情に走るかもしれないからな」


 なぜギルドで働いているのか疑問だが、恐らく正妻の子ではないからそこまで恩恵を受けることも無かったのだろう。かといって認知されずに放逐されるほどの扱いも受けていない……考察するに、かなり微妙な立ち位置なのかもしれない。


「冗談ですわよ。ここに来る前にあなたのことはある程度調べております。王国支部のギルド員が、あなたが受けたクエスト情報を偽造したと聞いております。信頼を失ったのだから仕方ありません」


「てかなんでギルドで働いてるんだ? ガナルキンからある程度の援助は受けてるだろ?」


「あら、調査に来たのに私が調査されるなんて、私に気があるのかしら?」


「別に、言いたくないなら言わなくても良い。想像くらいはできるからな」


 目的はギルドとのパイプ作りだろうけど、ギルドはそうそう甘いところではない。例え帝都の宰相であっても権力で捩じ伏せることはできない程、ギルドは強い力を持っているからだ。故にたかが地方貴族に乗っ取られるはずはない。



 リディアはロイの態度に対し、鼻で笑ったあと席を立って窓から外を眺め始めた。恐らくこれ以上の会話は不毛だと判断したのだろう。これ以降はフレドとちょっとした世間話をしながら30分かけて書類を記載した。


 ☆☆☆


「ふむふむ、記載漏れはなさそうですね。では被害の一部をこちらで保証しますで10日ほどお待ちください。フレド、帰りますわよ」


「あ、はい! ではロイ様、証明書をお受け取りください」


 そう言ってフレドから書類を受けとると、書類の裏で何か紙のような物を渡された。


「お、おい! これは……」


『しっ! できる限り平静でお願いします。僕は普通に仕事したいだけなんで、あなたに託すしかないんです』


「フレド! 何してるの? 早く行きましょう?」


「では、また!」


 ギルド調査員が帰ったのを確認してロイは紙切れを裏返す。そこに書かれていたのは”リディアとダートは繋がっている”ただ一言、そう書かれていたのだった……。

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