第67話 ある男の過ち 2

 私は騎士を辞めた。帝国闘技祭で美しき聖騎士ソフィアに破れてからというものの、どうにも任務にやる気が起きないからだ。

 また会いたい、手合わせしたい、その気持ちが日増しに強くなっていった。


 ──そして遂にその時が来た。


「止まれ! ダート、貴様が騎士在任中に民から金品を奪っていると通報があった。証拠も揃っている、大人しく投降すれば死刑だけは免れると約束しよう」


 こうなることはわかっていた。騎士団に配属されるとき、自身で上司は決められない。志高い騎士の元につけば民を守る理想の騎士になれたことだろう。だが私はそうではなかった……。


 きっと私が騎士を辞めたのを機に、不正を押し付ける魂胆なのだ。


 そして今、私は上手く南東の森に追い込まれてしまった。王国の国境の近く、森に入ればイグニア領に入る位置だ。我ながらよく逃げれたものだと感心する。


「残念ながら私は奴隷落ちはごめんなんでね。精一杯抵抗させてもらいますよ」


「ちっ! それならば仕方ない、全員攻撃開始!!」


 追っ手が弓、魔術で攻撃を仕掛けてくる。矢を剣で弾き、魔術はミスリルの盾で軌道を変える。火球ファイアボールが背後で爆発し、土煙が舞ってる間に前衛が突っ込んでくる。


 ガンッ! ガンッ!


 敵の指揮官は自身で決着をつけて手柄をあげたいのだろうか、前衛が1人しかいないのが救いだ。だけど、魔術を防いだ左腕が痺れて上手く剣を防げない。


「しぶといが、もうヘロヘロじゃないか。……ふむ、これだけ帝都から離れていれば、罪人が死んでも事故で片付けられるなぁ」


「よく言いますね。元から森で始末するつもりだったくせに……」


「ハッ! 貴様も騎士団に所属していたのならわかるだろう? ”これはよくあること”だと。さて、そろそろ終わらせましょう! ”サーペントエッジ”!!」


 蛇のような変則的攻撃は、体力が底を尽きかけている私には防ぐのもやっとであり、3度目の攻撃で剣を弾かれてしまった。


「とりあえず逃げれないようにしとくか」


 剣で両足を斬られて膝をつく。痺れた左腕で盾使って上半身を守っているが、恐らくあと1分も持たないかもしれない。


「ほらほら、もっと頑張らないと死んじまうぞ! 後衛! 今だ、撃てえぇっ!」


 火球ファイアボールがドンドン迫ってくる。もう次の攻撃を防ぎきる余力なんかない。不思議と後悔はなくなった。だって、あの麗しの乙女ソフィアがいるであろうイグニア領の近くで最期を迎えることができるのだから……。


 意を決して目を瞑るが、中々衝撃はやってこない。


「そこの人、生きてますわね?」


 目を開けると、銀髪の少女が白銀の槍を持って追っ手の指揮官を薙ぎ飛ばしていた。前に会った時よりも凛々しく成長している。


 私の目には彼女の背中には天使の翼があるように見えて、それまさに、


 ──運命だと思った。


「さぁ、もう安心なさい。暖かい毛布とスープをテントに用意していますわ。落ち着いたら、お話しを聞かせてくださいな」


 そう言ってソフィア様は敵を捕縛するために駆けていった。私はスタークのメンバーに肩を借りながら無事に保護された。


 体よく仲間に入れてもらった私は、スタークとして"ソフィア様"の役に立つために全力で仕事をした。

 やがて隊長に抜擢され、ソフィア様が18になろうとした年に私は聞いてしまった。


 ソフィア様は、男の為に国境を越えて一族ごと保護する計画を立てていた。もう何年も前から下準備をしていたようだ。


 新入りとはいえ隊長になるほどの私に、それが伝えられていなかったことがとても悲しかった。彼女に直接計画を聞かされたのは決行10日前……超個人的な大規模計画故に、新入りの私が反発することを懸念していたとのことだった。


 苦難を乗り越え、なんとか影の一族オンブラを保護することに成功したが、その日を境に私の心は闇に堕ちていった。


 黒髪に赤い瞳の男、周囲に女をはべらせて少し不機嫌そうな顔をしている。中でも気に入らなかったのが、それにソフィア様がいるということだ。


 胸を掻きむしりたくなるような気持ちだったが、なんとか抑えて任務に当たった。ガナールタ・キングストン……通称ガナルキン。


 かの領主がイグニア領に無断侵入を行っていると近隣の村から報告があった。そして様子見という名の討伐に向かったのだが、私は鉱山の調査を命ぜられてしまった。


 ロイという男は前線で、私はただの調査……。


 何故あの男なんだ!? そう叫びたいのをなんとか呑み込んで調査を行った。


 鉱山内部には拳程の大きさをした黒い結晶が一塊置かれていた。エイデン様が南に集中している間、どうやらこれを採掘していたようだ。


 私はそれを掴み、すぐに報告に向かおうとしたが……頭の中に声が聞こえてきた。


『力が欲しくないか? 欲すれば麗しの乙女の横に立てるぞ? 今のように、裏方に回されることもない……いや、もしかしたら手に入れることだってできるかもしれん──さぁ、どうする?』


 あの白き天使を私の手に……?


『そうだ! 白いドレス、その隙間から手を入れて悦ばせることだって出来る。手に入らなかったモノが手に入るんだぞ?』


 いや、だが……手に入らないからこそ、尊いんだ!


『そう思っているうちに、アレは汚されるかもしれんぞ? 奪われるくらいなら、奪ってしまえ!』


 そう、か……結局汚れるのなら、私が奪う方が良いんだ……。


 自覚した瞬間、言い様のない解放感に襲われて、それがとても心地よかった。

 その後、私はそれをポケットにしまって帰還した。


 ──"特に何も無し"エイデンにはそう報告した。


 ☆☆☆


 あれから変なことが立て続けに起き始めた。罪悪感を感じる度にソフィア様と交わる映像を見せられて、何度も意識を飛ばされる。


 気付いたら森の中にいたり、お墓にいたりもした。それが頻繁に起きるようになってからようやくあの石ダークマターが原因だと気付いた。


 何度か捨てに行ったが、気付けばベッドの横に置かれている。靴の裏に雪が残ってることから"自分で取りに行った"のだとわかった。


 行動の断片をかき集めた結果、私はあることを理解してそれに対する布石を打った。


 もしかしたら、この瞬間が私が私である最後かもしれない。故に彼女を想う。


「願わくば、ソフィア……さ……まに、もう一度……」


 エイデンが帝都に発つ前日、ダートの意識は静かに消滅した。

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