第34話 ハイゴブリン戦

 改めて目の前の化け物を観察する。


 頭部から胸にかけて斜めに傷があるハイゴブリン。ゴブリンとは違って体色は灰色で身長はロイと同じくらい。でっぷりとした腹は無く、腹筋が割れて見事なシックスパックが出来ている。


 この化け物に数の不利は関係なく、近場の物を最大限利用して多人数に対応する適応能力がある。加えて、暴走ルーキーズが逃げた扉を土魔術で塞いで、ロイ達との戦いの場を整える豪胆さと自信も持ち合わせている。


 ジャリっとロイが中庭の土を踏みしめる音がする。ロイは作戦を脳内で立案後、後方のユキノの場所まで影を伸ばし、そして小声で指示する。


「ユキノ、影に予備の投げナイフを入れろ。奴の腕を潰す秘策がある」


「わ、わかりました。無理はしないで下さいね?」


 ユキノはアイテムボックスからロイのシャドーポケットに投げナイフを移しかえる。


 ハイゴブリンは左右の足を順に踏み鳴らして短剣を腰だめに構える。ロイ達に何かしらの策があると考えた上での戦闘準備である。


 緊張で聖剣を持つ手が震えそうになる。


 先に動いたのはハイゴブリンだった。なんの捻りもない短剣による刺突、ロイが剣で弾くがハイゴブリンは崩れた態勢のまま回し蹴りへとコンボを決めてきた。


 ドゴォ!


 中庭にある棚に背中から突っ込んだロイ。ユキノが駆け寄ろうとするのをソフィアが止めた。


「ユキノ!奴から目をそらさないで!」


「でも、ロイさんが!」


「ヒビが入ったかもしれないけどまだ戦える、そうでしょ?ロイ」


 ガラガラと音を立ててロイは立ち上がる。そしてすぐさま疾走してユキノの元へ駆けつけたあと、剣を一閃。


 カキンッ!


 注意力が散漫になったユキノへの短剣による投擲だった。投げたハイゴブリンはニヤリと笑っている。


「ユキノ、回復するならせめて"祝福盾ブレスシールド追従フロート状態で来てくれ。隙を見せたら今みたいに狙ってくるから」


「ご、ごめんなさい……」


「気にするな、元々戦いのない世界から来たんだ。いきなりは無理だ」


「ロイさん……」


 ロイさん、始めは厳しかったのになんで最近優しいんだろう……。


 ユキノはそう思いながらも火照った顔に渇を入れて前へと向き直る。


 ロイはソフィアとサリナに支援を要請することにした。


「ソフィア、手が治ってないところ悪いが右から攻めてくれ」


「ワタクシ、こう見えても左で槍を振れるように特訓してるの、右ほどではないけれど結果を出してあげますわ」


 ロイは頷き、そしてサリナにも指示を出す。


「悔しいが、タイマンじゃ奴に勝てない。サリナの協力もいる」


「アンタが困った顔するのいい気味だけど、このままじゃアタシもヤバいから手伝う。左から攻めればいんでしょ?」


「助かる、さすがはサリナだ」


「気安く呼ばないで……ホントにもう……」


「よし、じゃあ行くぞ!」


 奴は恐らく見た目でサリナの槍を掴もうとするはず、ソフィアの槍は聖槍ロンギヌス、突く時に光の魔力が渦巻くから俺でも触りたくない。多分、触れば手が酷いことになる。


 だが奴は知らない、サリナの武器は浄化前の性質がある程度残ってることを。


 左右からの同時攻撃、予想通りハイゴブリンはサリナの武器を掴んでソフィアの方へ投げようとする。


 だが───。



 バチィっ!


 ハイゴブリンはサリナの槍を掴んだ途端、硬直した。答えは簡単だ、サリナの槍は紫電の特性を有するため持ち主の意思でいつでも帯電し始める。もちろん、浄化前の魔槍ケラウノス程ではないが。


 そしてソフィアの槍がハイゴブリンの左腕を貫通してそのまま心臓にまで達した。脱力し、膝をつくハイゴブリン、このまま倒れてくれれば御の字だが……。


「ぐあああああああ!!」


「やっぱり立つかよ!」


 ハイゴブリンはソフィアを掴んで投げ飛ばす、だがその先でマナブが土魔術で泥壁を作って待機していた。


 ドシャ!


 上手くクッションになってソフィアは激突を免れる。ソフィアが離れすぎたことで串刺しだった聖槍は"帰還リターン"してハイゴブリンの左腕は自由になる。


 サリナはすぐに離脱し、ハイゴブリンは最期の命の灯火をかけて剛拳を何度もロイへと繰り出す。


 マナブが土魔術で援護をしようとするとロイが手で制止した。すでに決着は着いており、残りの命くらいはとタイマンを受けて立った。


 1発目はシャドーシールドで防いで反撃効果によりトゲが突き出てハイゴブリンの左腕は壊れた。


 2発目はロイが先程試そうとした策で対抗する。シャドープリズンで繰り出された右腕を縛り付け、そしてユキノが入れてくれた複数の投げナイフをした。


「ぐぅっ!!」


 ハイゴブリンは痛みをそれほど感じていないようだ。最早呻く程度しか口からは漏れなかった。


 ロイがシャドープリズンを解放すると、ハイゴブリンの右腕は無数の投げナイフが突き刺さっており、アイアン・メイデンのような状態になっていた。


「今の技……実に嫌らしい技だ。アイアン・メイデンならぬ、シャドーメイデンと言うところか……見事だった。我の完敗だ」


 ハイゴブリンはそう言って膝立ちになり、中庭に射す太陽の光を仰ぎ見た。


「我らゴブリンは常に人に嫉妬してるのだ。……我らと同じ儚い存在にも関わらず、高潔にして情熱を有している」


「クズの方が多いけどな」


「夢を奪ってくれるな」


「夢?」


「願望だ。次は……人間として、生まれたいもの……だ……」


 ハイゴブリンは膝立ちのまま光の粒子となって最後に灰色の魔石を遺して逝った。


「……きっとなれるさ」


 ロイは手に取った灰色の魔石にそう語りかけたのだった。




補足


既に過去に出てますがスキル紹介。


シャドーシールド・ユキノの祝福盾の60%ほどしか強度はありません。しかし、防御が成功すると盾の表面からトゲが出てきて攻撃者にダメージを与えます。


シャドープリズン・シャドーウィップの強化発展型のスキルです。地面から影の帯が大量に出現して対象をミイラのように巻き付けて拘束します。

ハイゴブリンは格上だったので腕に限定して効果を上げました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る