第28話 パレード

 外に出たロイは"シャドーウィップ"で屋根へと上がり周囲を見渡す。


 黒い髪の女……黒い髪の女……あれかっ!少し遠いが、あの距離なら大通りに出る前に追い付けるはずだ。


 元々暗殺者になるために鍛えられたロイは常人よりも素早く追撃することができる。パレードの警備をしている弓兵を当て身で気絶させ、念のため弓を"シャドーポケット"へと格納していく。


 そして遂にロイはサリナに追い付いた。


「っ!?何よ、笑いに来たの?」


 サリナのこちらを見ていない、視線は大通りの一点へと向けられている。サリナの足元は雨が降ったかのように濡れていた。


 ロイも同じように大通りを見ると、馬に乗ったハルトとその後ろに座るアルカンジュの姿を確認した。ハルトは勇者らしい白と金の装飾が施された衣装、アルカンジュはその黄金の髪に合わせた純白のドレスに身を包んでいる。


「サリナ、ハルトが抗議しても手配は撤回されずに『生け捕り』がやっとだ。あいつはもう、そう言う立場に──」


「わかってるわよ!……そんな事わかってる」


 何の建物の上かは知らない、恐らくギルド会館の屋上なのだろう。かなり広い屋上でロイとサリナはパレードを眺めている。


「アンタのせいよ……アンタがお節介しなければ……」


「結果は変わらないと思うが?アグニの塔で俺を倒せても、ハルトは無理矢理婚約をさせられたはずだ。古の盟約を簡単に破って俺の村の壊滅を企んだ王だからな」


 ハルトはすでに見えない位置まで進んでおり、サリナは地面を見つめたまま動かない。


「今会いに行ってもアイツの立場が悪くなるだけだ。いや、今だけじゃない……今のままじゃ、だ」


「…………」


「俺は多分、またハルトと対峙することになる。その時にお前が居れば救える可能性もあるはずだ」


「あの王、ハルトが婚約を拒否したら誰も知らない森で殺されている可能性だってある。だから次会ったらお前が救え、サリナ」


「……気安く名前を呼ばないで」


「わかった、サリナ戻るぞ」


「だから気安く……キャッ!」


 ロイはサリナをお姫様抱っこの状態で運んだ。もちろん、"シャドーウィップ"でぐるぐる巻きにして。


「ねぇ、注目されてるんだけど、アタシ達手配されてるはずよね?」


「子供の落書きみたいな手配書で捕まると思うか?ちなみにユキノには優しくしたが、お前には厳しくしようと思ってる。……このまま羞恥心で悶え死ね」


 それっきり二人の間に会話は無く、サリナを宿の前で降ろして無事に帰還した。


「あら、ロイ。どこに行ってのかしら?」


 開幕冷たい視線で射抜かれるロイ、他のみんなは目線を合わせようとしない。


「サリナが『パレード見に行きたい!』ってごねるから連れて行ってあげてたんだ。悪かったな、ソフィア」


「子供扱いしないで!それと気安く呼ばないで!!」


 ロイの冗談に真っ赤な顔で抗議するサリナ、そんな微笑ましい空気を壊すかのように笑い始めたのはソフィアだった。


「ふふ、ふふふふふふ……待てと言ったのにどこかに行くの、これで2回目よ?犬でも躾をすれば『待て』が出来るのに、あなたは出来ないのかしら?」


 ………………。


「───ごめんなさい」


 ソフィアはロイの手を握って正面から見据える。


「わかればよろしい。事情も検討つくし、許してあげるわ。さて、明日から暫く馬車生活だから準備なさい」


 全員がその場で解散し、各々準備をすることになった。ロイは正規兵から拝借した弓を1つ残して売り払い、宿の屋上で夜空を見上げていた。


 カツカツカツ 、ギィーーー


 誰かが近づく音が聞こえ、そして扉が開かれる。現れたのはソフィアだった。聖騎士のジョブとは思えない白いドレス、白の帽子、白のブーツ、深窓の礼譲と言う言葉が似合う出で立ちだった。


「さっきはごめんなさい。夫に意見するつもりは無かったのだけれど、あの女と仲良くしてるのを見たら嫉妬しちゃって……」


「いやいや、仲悪いから……それに、夫になったつもりも無いから……」


「ふふ、待ってなさい。必ず言わせて差し上げますわ」


 そう言うと、ソフィアもロイの横に座り、同じように夜空を見上げる。


「ねぇ、ロイ。普通ならあの子達を殺してるわよ?なのに何で生かすだけじゃなく、救おうとするのかしら?」


「ああ~それな。ユキノの側にいると、なんつうか……毒気を抜かれるんだよ。あの小動物のようなポワワーンとした感じがな。柄じゃねえが、復讐するより親の言葉を胸にアイツを笑顔にした方が何倍も良いって気付いたんだよ」


「何よそれ、プッ……ふふ」


「ハハ、アイツには言えねえけどな」


 ソフィアが笑い、そしてロイも笑う。屋上に繋がる扉の反対側で、静かに涙する少女がいるとはロイも思わなかった。

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