第20話 アグニの塔 回帰

 下はマグマの海、足場は岩でできており場所によっては広かったり狭かったりする。マナブは囲まれないように巣穴付近を陣取り、次々と出てくる火蜥蜴サラマンダーをゴーレムで蹴散らしている。


 火蜥蜴サラマンダーの火球をマナブの魔術である"ストーンウォール"で防ぎ、絶対的質量を持つゴーレムで叩き潰す。攻防隙の無い戦い方……これにはロイも舌を巻くしかなかった。先日の闇夜に乗じた戦術を除けば正面切って戦うのは厳しいものと考えた。


 そして現在、ロイ達はマナブの背後を取る形で岩影に隠れている。マナブの前方を2体のゴーレムが、背後を1体のゴーレムが配置されている。


 影魔術を使用した"スローイングダガー"も下から空洞全域を照らすマグマにより目立つため、効果は期待できない。

 煮詰まったロイはダメ元でゴーレムの弱点をユキノに聞いてみた。


「額に文字がないタイプでしたら、体のどこかに弱点があるかもしれませんね」


「まるで、ユキノの世界にゴーレムがあるような言いようだな。魔術や魔物が無い世界じゃなかったのか?」


「も、もちろん無い世界ですよ?でもでも、創作の中ではあるんですよ!」


 イマイチ要領を得ない返答だが、当たっているかもしれない。ゴーレムがしゃがむ動作をする時に、ぎこちない瞬間があった。


 人間で言う『関節』部分から錆びた扉を無理矢理開いた様な音が聞こえる。確証は無いが、こちらに火力特化の魔術師がいないのならそこを攻める他無い。

 ロイは最後のピースを埋めるために作戦を詰めていく。


「ユキノ、1つ確認したい。マナブの禁書・グリモワールの特性は『召喚コスト極低減』で合ってるな?それ以外に何か言ってなかったか?」


「召喚コストは減るけど……壊れた後にクールタイムが発生するのが厄介って言ってた気がします」


 なるほど、術発動後からクールタイムが発生するのではなく、召喚物が壊れてから発生するのか。

 マナブは本来『土魔術師』、禁書『グリモワール』の力を借りて『召喚師』のジョブも獲得している。

 借り物のジョブなら召喚物に改良を加える事は出来ないだろう。


 つまり、弱点はそのままの可能性が高いと言うことだ。


「ロイさん、何か思い付いたんですか?」


「ああ、前方の2体は火蜥蜴サラマンダー達に相手をしてもらって、俺達は後方の1体を素早く倒す。マナブは再召喚に時間が掛かるからその間に直接マナブを討つ、単純だろ?」


「はい、それならいけそうですね!じゃあ、攻めでは役に立てないので、支援に徹しますね」


 互いに頷き、突撃の準備をする。タイミングは新たな火蜥蜴サラマンダーが現れた時……。それまでロイは絶好の機会を待つ。


 マナブを見ると、頬には少なくない掠り傷ができている。守りに使っている"ストーンウォール"が火球によって壊された時に破片によって出来た傷だ。装備している魔術師の服も所々破けている。そして最後の1体を倒そうとした時、新たな増援が現れた。このチャンスにロイは行動を起こす。


 よし、今だ!!


 岩影から飛び出し、地を蹴り疾走する。こちらに気付いたゴーレムが腕を振り下ろしてくるが、それはロイに当たること無く、鉄を打つ様な音を立てて逸れた。ユキノが放った"祝福盾ブレスシールド" が傘の役割を果たしてロイを守ったのだ。


 2人の連携は打ち合わせをした訳ではない。ユキノが支援すると言った……故に信じ、背を預けて突き進んだ。


「な!何だよ!?誰なんだお前は!!」


 さすがにゴーレムと繋がっているマナブに存在を知られる事になったが、すでに"シャドーウィップ"の射程に入ってるので関係無かった。


 ゴーレムの脚に"シャドーウィップ"を巻き付け、急速に縮めて膝裏に取り付き、渾身の魔力を用いた"シャドーエッジ"を関節に叩き込んだ。


 黒い影の刃が剣のシルエットを巨大化させ、膝関節の中程まで刃が到達した。すると、亀裂の入った関節が自重を支えられず、膝が砕けてゴーレムの機能が停止した。


「ゴーレムッ!?お前ぇぇぇぇぇ!!"ロックスパイク"!」


 前方は火蜥蜴サラマンダー10体をゴーレム2体で戦線を維持している為、1体たりともゴーレムを下げる事は出来ない。

 仕方なく、空いた穴を埋めるためにマナブがロイに向けて魔術を放つ。


 ゴーレムを倒した後、崩壊から逃れたロイは隙だらけであり、そこへ先程マナブが放った"ロックスパイク"が豪雨のように岩が降り注いだ。雪崩のような音が止み、風が吹き、土煙が周囲を包み込んだ。


「ロイさん!?」


 衝撃波による風圧がロイに駆け寄るユキノのフードを薙いだ。数瞬の後、砂煙が晴れ、服の汚れをはたくロイが見えるとユキノは胸を押さえながら安堵した。


 あの時、ロイはマナブの"ロックスパイク"を確認後、"シャドーシールド"を展開して防いでいた。ロイ自身はダメージを軽減できれば良いと思っていたが、強化値の向上により礫レベルの岩ロックスパイクでは突破できなかったのだ。


「お前マジで何なんだよ!誰なんだよ!?」


影一族の村オンブラのロイだ。覚えてないだろうけどな」


 マナブは覚えてないのか首をかしげる。そこへユキノが合流した。


「ロイさん、大丈夫ですか?」


 駆け寄るユキノは先程の衝撃波によってフードが捲れており、彼女の顔がマナブの目に映り込む。その甲斐甲斐かいがいしく身を寄せるユキノの姿にマナブは動揺した。


「お、おい。ユキノ……だよな?良かった、生きてて……あれからお前の事を捜し回っても見つからなかったから心配してたんだぞ?」


 のっけから嘘を吐くマナブにユキノは落胆した。もしかするとマナブだけは出会った頃の優しい心が残っていると思っていた。オンブラはそれほど広くはなく、最奥の遺跡もピラミッドより遥かに小さい。真面目に捜せば見つかる広さなのに叫び声すら聞こえなかった為、嘘は明白だった。


「そうですか、ありがとうございます。でも、その前にロイに謝って下さい」


 子供の喧嘩じゃあるまいし何を甘い事を、ロイはそう言いかけて止めた。自身への捜索が無かった事よりもロイへの謝罪を優先するユキノ、その表情は真剣そのものでありつつも、目尻から少しだけ涙が溢れていた。


「え?何を?俺コイツになんかした?」


「オーパーツを譲ってもらう時に村に行きましたよね?ロイはその時の生き残りです」


「いやいや、あれはハルトがやった事だ。俺が謝る必要は無いだろ?」


「あります!仲間なら止めて当然です!止めなかったのなら私達も同罪です!謝って……それから王国を離れて治療しましょう?」


 闇の神器は穢れを直接人体に取り込ませる作用があること、戦争が起きるかもしれないこと、それらも含めて説明するがマナブは聞く耳を持たなかった。


「村人を殺したのも、、全部ハルトがやった事だから謝らねえ!だが、国を離れるのは賛成だ。治療だっけか?実は俺、ハルトのパーティ抜けたんだ。だから俺と組もうぜ?そしたら治療受けてやるよ。かぁ~~ッ!冒険者しながらユキノと田舎で治療……それはそれで──」


 バシュッ!


 途中から自分の世界に入り始めたマナブにロイが手近な礫を投げ、それが頬を掠めた。マナブの耳朶からは血が滴り落ち、ロイへと怒りの表情を浮かべている。


「ユキノ、コイツ知ってて裏切りを止めなかったらしいな。本当はユキノが言う気になるまで聞くつもりはなかったが、コイツの言う裏切りは『浮気』の事か?」


 ユキノが静かに頷くと、ロイは剣を構えて言った。


「コイツはもう無理だ」


 その言葉と共に戦闘が再開した。今度はシールドを突破できるように"ストーンランス"で攻撃するマナブ。対してロイは"シャドーシールド"の大きさを小さくして密度を上げ、ランスの軌道を逸らしながら距離を詰めていく。


「ユキノはお前のような人間も助けたいと思ってるんだ。その気持ちを踏みにじるな!」


「だから──何だッ!」


 距離を詰められたマナブはクールタイムにも関わらず無理矢理ゴーレムを召喚した。

 中空から手だけのゴーレムが出現し、ロイを遥か後方まで吹き飛ばした。


「──グぁッ!!」


「ロイさん!掴まって下さい!"祝福盾ブレスシールド"」


 ユキノの横を通過する寸前、ロイはシールドに"シャドーウィップ"を巻き付けて落下を免れた。

 一方、マナブのゴーレムは不完全な召喚故に崩れ去り、クールタイムは更に長くなった。


「ロイさん、ごめんなさい。私覚悟を決めておいて──」


 恐らく、治療の話しを持ち出した事を言ってるのだろう。


「身近な人間の死に慣れるなって言っただろ?俺に任せろ、行ってくる」


 ユキノの肩に手を置いた後、再度疾走する。戦闘経験はロイが上だが、マナブは先程から絶え間なく増える火蜥蜴サラマンダーを狩り続けてる為に少しレベルが上がっており、次々と放たれる"ストーンランス"の威力も少しずつ向上し始める。近付いては離れ、それを繰り返しているため中々距離を詰めきれない状況が続いた。


 一回、たった一回分だけ無効化できれば一気に距離を詰めれるのに……。


 ロイも次第に焦り始める。っとその時、背後からユキノが近付いてきた。


「私はロイさんの選択を信じます。どんな選択であっても受け入れます。光の加護を"フェオ・リジェネレイト"、"祝福盾ブレスシールド"!」


 傷が徐々に癒えていく。継続系の治癒魔術か、しかも『フェオ』は熟練者の証で同じ魔術でもワンランク上の効果を意味する。


 ユキノはある意味においてはマナブを倒す手伝いをしている。その上でロイの出した選択を信じたいといった。ロイはユキノの事を理解している。だからこそ、本当に彼女の望む結果がどういうものかロイにわかってしまう。


 聖剣を構え、走る。心の中で引っ掛かっていたものが大きくなっていくのを感じる。



『ロイ、身近な女の子が泣かない選択をしなさい』



 不意に今は亡き母の言葉が脳裏をよぎる。


 そして一回分の"ストーンランス"をユキノのスキルが防ぎ、ロイは一気に距離を詰めていく。"シャドーポケット"から自爆用に買っておいた爆破の巻物スクロールを投げナイフに巻き付けて投げた。


 短剣はマナブの横を通過し、前線のゴーレムの膝裏に刺さった。


 ジジジ……ドゴォンッ!!


 短剣に付属された"爆破の巻物スクロール"が起爆、ゴーレムが崩壊し、隣のゴーレムを巻き込みつつ、火蜥蜴サラマンダーの出現する穴ごと潰した。


 そして、背後に気を取られたマナブは全身に感じた圧迫感に膝を付く。視線を向けると影のようなものが体を縛っていることに気付いた。


「武器を捨てろ」


 首に白銀の長剣が突き付けられ、観念したマナブが禁書・グリモワールを手放すと、ユキノが話し掛けた。


「マナブ……」


「……どうせその男に喰われてるんだろ?あ~あ、もう良いよ。中古なんかいらねえよ!──グハァッ!」


 減らず口を垂れ流す顔面を強打し、続けて後頭部を殴打することで意識を刈り取った。本当は背後に気を取られたマナブの首を落とすつもりだった。だが、直前で母の言葉とユキノの顔が浮かんで武装解除に踏み止まってしまったのだ。


「ロイさん、どうします?」


「治療の方法も考えてないのに提案してたのか?……わかった、泣くな。そうだな、取り敢えずこれならどうだ?」


 いつもユキノにしているように左胸に触れてみる。すると、いつもより遥かに巨大な黒い靄が『浄化の指輪』で白い光に変わり、ロイとユキノに流れ込んだ。


 グラム+54

 総合力5100

『聖剣特性強化』New


 テュルソス+54

 総合力4860

『スキル向上』New


 ロイの聖剣は手の届く範囲なら任意の空間に聖剣を喚ぶ事ができるというもの。果たしてこれの強化とは……。


 色々試した結果、ロイは聖剣を射出する事が可能になった。以前までは影の中に潜り込ませて射出してた為、影を伸ばす手間が必要だった。それを考えると手軽に中距離攻撃ができるのはありがたい。


 そしてユキノは盾の強度向上と枚数が2枚にまで増えていた。一通り確認を終えると、マナブが目を覚ました。


「ン……うぅ……あれ?シラサトさん?僕は一体……」


だぁ?何だそのキャラは!それに、シラサトって誰だよ!!」


「ひぃ!この乱暴な方は一体!?」


「ま、待って下さい!ロイさん、私です!私が『シラサト・ユキノ』です。ちょっとだけ2人で話させて下さい。お願いします!」


 ロイは少し距離を取り、手持ち無沙汰になった為マナブの禁書を手に取った。背表紙が黒から白に変わり、禍々しさが一切無くなっている。


 もしかして、完全に浄化されてるのか?村長の話しじゃ『浄化の指輪』で浄化できるのは表層部分だけのはず、それに闇武器本体も浄化されてるような……どういう事だ?


 ロイはユキノと白マナブの会話が終わるまで近くの岩場に腰を掛けて待つことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る