影魔術師と勇者の彼女 ~置き去りにされた勇者の彼女と旅に出ることになったんだが~

サクヤ

オーパーツ奪還編

第1話 負けイベント

 劣化した神殿の天井からは夜空が覗き、激しい雨が天井の亀裂から”神の間”に降り注いでいる。


「僕達は王様の命令でここのオーパーツを取りに来たんだ。邪魔をするなら……わかるね?」


 そう言ってロイに剣を向ける男の名前は”ハルト”この世界に召喚された異世界人。髪は黒だが少し茶色い感じで体の線は細い。体に反してその強さは凄まじく、戦闘訓練を受けた影の一族をたった一人で壊滅させるほどだ。


「ハルト、やっぱりここは話し合った方が……」


 おどおどした声で主張するのは、真っ直ぐな黒髪を腰まで伸ばした女だった。そいつはハルトの袖を握りながら意見を言っている。雰囲気から察するに、恋人関係なのかもしれない。杖を持っているので治癒術師か魔術師だろう。ハルト以外は戦ってないので職業ジョブはわからない。


「魔王を倒すの為に必要なことじゃない。この際、手段なんか選んでられないわよ何言ってんの?」


 背中に槍を携えた気の強そうな女が機嫌悪そうにそう言った。金髪に登頂部は黒という少し変わった髪の色だった。


「まぁまぁ、彼女のような意見も必要だと思うんだよね。でも、ここまで来ると話し合いは無理だよ。ロイ君だっけ? 君だってそれはわかるよね?」


 メガネをかけた線の細い男は仲裁しつつ勇者パーティに対峙する男、ロイに語りかけた。


 周囲には息の無い同胞達、そしてこの場でハルトと対峙しているのがロイだった。世界を封印する4つの塔を解放できる聖遺物オーパーツを守るために、影の一族として立ちはだかっていた。


 ☆☆☆


 王国に管理されたこの森の奥地は古の盟約により、王の許可がない限り入ることは許されない。そんな中、久方ぶりに王から勇者来訪の報せが入った。


 そして村に着いた勇者はいきなり『オーパーツ』を要求してきた。当然その要求は王の指示と言えど飲めるわけもなく、まずは話し合いをすることにした。


 最初は穏やかに自己紹介をしていた。大人しそうな黒髪の少女は『ユキノ』、登頂部が黒の金髪女は『サリナ』、メガネをかけたインテリ系が『マナブ』、そして『勇者ハルト』……こちらに譲る意思がないとわかった勇者は影の一族と戦い始めた。


 勇者の力と黒い剣の力の前に、影の一族は次々に殺されていく。


 惨劇を遠くから見ていたロイは、村長の制止を振り切って遺跡に向かうハルトを追った。


 ☆☆☆


 オーパーツの祭壇には行かせない、そんな思いとは裏腹に剣を構える手は少し震えていた。両親の命を易々と奪ったハルトの剣が、怖かった。


──”このままではいけない”そう考えたロイは震える心を押さえ込むように奮起して、全力で斬りかかった。


「くらえっ! ”シャドーエッジ”!!」


 剣に影をまとわせた渾身の一撃、それは漆黒の剣で難なく防がれ、間髪入れずに放たれた拳打によって吹き飛んだ。


 ぐっ! ……ただ殴っただけなのに、なんて威力だ。


「これはもらっていくよ?」


 ハルトは地に伏したロイを一瞥いちべつし、その横を通り抜けて聖遺物オーパーツの方へ向かった。


 みんなはもっと痛かったはずだ!なのに、俺だけこんな様でどうする!! 動け動け動けっ! 自身に渇を入れて立ち上がり、渾身の力を振り絞って疾走する。


「まだ俺は負けてな──」


 ──「"神聖魔術ホーリーランス”」


 ハルトはこちらを向くことなく後ろ手に魔術を放った。


 ドスッと言う音と共に、ロイは壁にはりつけにされた。腹からは血が止めどなく流れ、強烈な激痛により意識が朦朧とする。


 ハルトはロイの生死を確認することもなく、オーパーツを手に取った。


 ──カチッ!


 オーパーツを持ち上げた時に鳴った音、誰も気にも留めなかったが、それを聞いたロイはくらい笑みを浮かべた。


 ハルト──生き埋めになれッ!!


 ロイの心の中の呪詛と共に遺跡全体が振動し始めた。


「な、なんだ!?」


 勇者一行いっこうは何事かと慌てている。そんな様を見て、ロイは笑っていた。


「へ……へへ。オーパーツを……取ったら、神殿が崩れる仕組み……なのさ。最後の……最後で……油断したな、ハルト……」


 ロイの言葉を聞いたハルトは、盾を上に向けて指示を出した。


「みんな!”スキル・マイティガード”を使うから集まってくれ!」


 ハルトの作った魔力の結界にパーティメンバーが集まり始めた。


 オーパーツを守りきれなかった……畜生っ! だけど、せめて、1人だけでも道連れにしてやるっ!!!


 ロイは最後の力を振り絞り、手掌しゅしょうから紐状の影を作り出す。


「スキル──"シャドーウィップ"」


「え!? きゃあああっ!」


 伸ばされた影は黒髪の女の腰に巻き付き、ロイの元へと引き寄せられていく。


「ユキノッ!? 待ってくれ、ユキノが!ユキノォォォォォォォォォ……」


 ハルトはユキノに向けて手を伸ばすが距離はドンドン開いていき、やがてユキノは瓦礫の中に消えていった。



  ☆  ☆  ☆



 ……ン? ここは……ハッ!?


 痛ッ! 起き上がろうとするが腹部に激痛が走ってもう一度仰向けに倒れた。

 辺りを見回すと、遺跡の瓦礫が上手く重なって洞窟のような形状になっていた。


 ん?腹に包帯が巻かれている?何故?


 そんな疑問のすぐあと、ロイの耳に誰かが啜り泣くような声が聞こえてきた。


 ……グスン……ひっく……


 ロイが顔だけを横に向けると、そこにいたのは勇者パーティーの一人である”ユキノ”と言う少女が空洞の端で泣いていた。


「ハルト……どこにいるの? うぅ……ハルト……」


 両親を死に追いやったパーティーの仲間、一瞬だけ言い様の無い怒りが湧いたが彼女が自身を手当てしたのが彼女だと気づき、冷静に問うことにした。


「なぁ、これはあんたがしてくれたのか?」


「……はぃ……」


 背を向けていたユキノはロイの顔を見ずに答えた。


「その……ありがとな」


 それは純粋な感謝ではない……”残念だったな”そんな嫌みを込めた感謝だった。きっと優しい女なのだろう離れ離れにされ、その原因である男を治療しないといけないなんて、普通なら絶対に見捨ててもおかしくない。


 助けることができた喜びと、離れ離れにした原因が生きてることへの悲しみ、相反する2つの感情にユキノはより激しく泣き始めた。それはロイ自身も同じで、助けてくれた感謝と仇を討てなかった悔しさで胸が張り裂けそうになっていた。


 それから1時間後、落ち着きを取り戻したユキノは唐突に謝ってきた。


「あ、あのっ!……オーパーツのこと、ごめんなさい」


 意外だった……勇者ハルトは冷たい笑みを浮かべて一族を斬り殺していた。そしてハルトの仲間もそれを見て笑っていた。もしかしたらこの女はそんな顔していなかったかもしれないが、今の真摯な態度は決して嘘のようには見えなかった。


 ロイは大人の態度で接することにした。


「奪われたのなら奪い返せばいい、少しでも謝罪の気持ちがあるのなら……俺に王から受けた依頼内容を教えてくれないか?」


 パチパチと互いの間にある焚き火が音をたてる。彼女の表情は言うべきか迷ってるようだった。ここで喋ればある意味ハルトの動向をバラしてしまうようなものだ。それはきっと彼女にとって裏切りに値する行為なのだろう。

 そして決心がついたのかユキノが顔をパッと上げた。


「わかりました。実は───」


  ☆  ☆  ☆


 なんとか崩落をスキルで防ぎきったハルト一行は、森の中でキャンプをしていた。


「ユキノ……」


「こっちに来る前、あんたとユキノ付き合い始めたんだって?」


「ああ、向こうでは1週間しか付き合ってなかったけどね。こっちに来てからは忙しくて恋人らしいことをしてやれなかった!こんなことになるならッ!」


 後悔に苦しむハルトをそっとサリナが抱き締めた。そして耳元で語り始める。


「ねえ、ユキノとはキスはした?」


「い、いや。まだ手しか繋いでないけど……」


「じゃあ私とキス、しない?」


 サリナはハルトに跨がって顔を近づけた。ハルトは理性が崩壊しそうになったが寸前で正気に戻り、サリナの肩を掴んで引き離す。


「駄目だ。僕にはユキノがいる。だから──」


「ユキノ、あの崩落で行方不明なのに?もしかしたら死んでるかも……」


「サリナッ!」


 ハルトがサリナを睨み付けるが、彼女は代わりに今は使えないスマホの画面を見せつけた。


「それに、これを見たら気が変わるかも」


 スマホの画面にはユキノを後ろから撮った画像が写っていた。ユキノの正面には男がいて、ユキノの顔に手を添えて顔を近付けている写真だった。


 どう見てもキスをしている写真だ……ユキノ、僕を裏切ったのか?何でっ!?何でだよぉ……。


 ハルトはどうでもよくなったのか放心状態になり、されるがままになっていた。ズボンは脱がされサリナも下着姿に変わり、首に腕を回し、サリナは妖艶な表情を浮かべた。


「……アタシのハルト」


「…………」


 2人の距離は徐々に近付き、やがてリップ音が鳴り響く。


「──ン……チュッ……ア……プハァ……マナブはアタシ達とは別にテント張ってるから、気にしなくて良いわよ。それよりも──今はアタシに溺れてよ」


「…………」


 その後、近付いた距離は0になり、そしてマイナスになった瞬間にハルトは「うっ!」と声をあげ、サリナは悲痛な表情を浮かべたものの、すぐにテントを激しく揺らし始めた。


 この行動により、勇者ハルトは正しい運命から大きく外れることになった。




Tips


オーパーツ・道具

形状は銀色の球体で大きさは拳より一回り小さい。

魔素の発生地点である封印されし属性塔を解放するのに必要な鍵。

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