第112話 幸太君の目線の先 (比奈視点)

  朝峰さんと幸太君がキッチンの方に向かって歩いて行った。


 朝峰さんの人柄を知るまではこうして二人の後ろ姿を見るのも心配だったかもしれない。


 後姿の二人を見たら、やはりお似合いの二人だ。

 朝峰さんの年齢は知らないけど、私と幸太君程は離れていないと思う。


 幸太君も朝峰さんとは自然に会話しているようにも見えるし。



 朝峰さんは料理を作りたい。

 そう言っていたけど、その料理がホロちゃん、デン君、プディの為だと私は知っていた。


 プディが苦手な物はないか? と朝峰さんから聞いていたからだ。



 朝峰さんから幸太君はそういう対象では無いと何回も聞いていたけど、幸太君と朝峰さんがキッチンへ消えてからも、やはり私は気になってデンちゃんを触りながらもソワソワと落ち着かなかった。

 



 だけど思い返してみると、朝峰さんの発言の後、幸太君は慌てる様に私の方を見ていた。




 それに、幸太君はキッチンに行ったままではなくて何かしら理由をつけてはリビングに戻ってくる。



 その度に、私の様子を気にしているように見えた。



 もしかして幸太君、私の事、ちょっとは意識してくれているのかな?






 私は鈍感ではなかった。



 人よりも少し華やかな容姿というのもあって、男性から熱のこもった視線を向けられることもよくあった。




 だから余計に幸太君からは全然、意識されていないことも自覚していた。


 だけどこの時の幸太君の視線は今までの私を見ていた幸太君とちょっと違う気がしていた。






 デンちゃんを撫でながら視線を合わさずに幸太君の様子を観察した。

 幸太君は朝峰さんではなく、私の方ばかりを気にしてくれている様な気がする。


 そんな風に考えていると私の心臓の音がどんどん、どんどん早くなっていった。


 

 幸太君、もしかして私の事、女として見てくれているの?

 それともコレは私の勝手な妄想?











 その時、デンちゃんがペロリと私の頬を舐めた。

 くすぐったくて思わず「んっ」って声が出ちゃった。





 まあ幸太君も朝峰さんもキッチンだからココには動物三匹しかいないから大丈夫なんだけどね。


 変な声が出て恥ずかしかった私はポリポリと自分の頬をかいた。



 朝峰さんが、ホロちゃん達のご飯を持ってきてホロちゃん、デンちゃんプディにそれぞれ渡している。



 その後ろから幸太君も遅れてついてきた。



 ちょっとだけ下を向いていて顔の表情は見えない。


 美味しそうな食事を目の前にしてホロちゃんもデンちゃんも目がキラキラしている様に見えた。


 可愛らしくて思わず声に出して笑ってしまった。


 だけどプディはすぐ動かない。

 なんだかちょっと警戒しているかな?


 プディは用心深いからな。

 大丈夫だよ。朝峰さんから、あらかじめどんな物を入れるか聞いていたから。

 ニャンコが食べてはいけない様な変なモノは入ってないはずだよ。


 私は皆が美味しそうに食べるのを見ていた。

 幸太君の目線を意識しながら。


 朝峰さんも優しい目でホロちゃん達を見ている。




 そう思っていたのだけど、その時、なんだか違和感がちょっとだけあった。





 なんだろう?


 本当にちょっとした違和感。

 空気が変わった。

 と言ったら表現的にはおかしいのかもしれない。


 それに朝峰さんの目元が急に赤くなっている様な気がした。

 なんだかびっくりして私は朝峰さんを二度見した。



 えっ?


 さっきまで普通だったのに朝峰さん大丈夫?



「朝峰さん?」


 私は遠慮がちに声をかけた。



 私に声をかけられて朝峰さんが慌てる様に笑顔を作り自分の頬に手を当てた。


「ん? えっと私、ちょっと風邪気味かも、もう帰りますね。井川さん。

私もたまにココにホロちゃん達を触りに来て良いですか? 出来れば比奈ちゃんも居る時に」


 そう言って朝峰さんが立ち上がった。



 朝峰さんが立ち上がったと同時にホロちゃんが朝峰さんに向かって勢いよく走り出したと思ったら、朝峰さんに届く前にコロンとお腹を見せて横になりペロペロと自分の身体を舐めている。



 自分自身を念入りに舐めながらもチラチラと朝峰さんを見ているけど、可愛らしい子猫の動作は何をしても可愛らしい。


 そんなホロちゃんの動作を見て、朝峰さんが優しくホロちゃんのお腹を撫でた。




 朝峰さん、そう言えば息が荒いという訳ではないけどちょっと様子がおかしいかな?



 大丈夫かな?

 でもなんか、今、すごく嬉しい事、朝峰さん言った?




「えっ? もちろん。比奈ちゃんが良いならだけど......」


 そう言いながら幸太君は私を見た後、顔を赤くして下を向いた。


「えっと、私もまたお邪魔しても良いの?」


 久し振りの幸太君との直接の会話に私の声は緊張して掠れてしまっていた。


「もちろん。最近、来れなかったのは、忙しかったんじゃないのか? ほら、友達とか、彼氏とか」


 幸太君の声が最後の方の言葉になるにつれて小さくなって聞こえ難かった。

 だけど今、か、彼氏って言った?


 誤解されている?



 でも今までそういう事、気にされたこともなかったのに。


 これは本当にチャンスかもしれない。

 はっきり言わないと誤解されたままだとまずい。


「彼氏なんかいないよ。

じゃー、これからも来るよ? 

朝峰さんが来る予定じゃない日も。


い、良いの?」


 私は下を向き目線をそらす幸太君の視線の中に無理やり入り込み、恐る恐る尋ねた。




 身体をびくつかせ驚いたように視線をそらした幸太君は

「勝手に来れば良いだろう? 今までだって勝手に来てたんだし」

 そうぶっきらぼうに答える。


 だけど、その返事に私は舞い上がって顔も身体も何もかもが熱くなってきた気がした。


「うん。分かった。行く。今日は朝峰さんが心配だから私も帰る」


 恥ずかしくなった私は朝峰さんの体調が心配というのもあって今日はそのまま帰ることにした。


 だけど、明日からまた幸太君に会える。


 私は「残って良かったのに」と言う朝峰さんとの帰り道、にやける顔が抑えられなかった。



 朝峰さんの声に答える様に、私が持っていたカゴバッグに入ったプディがニャーと鳴いた。



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