第71話 見守る俺。くすぐったい程甘い二匹の恋路 (ホロ視点)


 足が黒い白猫、オヤブンさんが、リビングの窓を覗き込みミーちゃんを見た瞬間、びっくりした様に飛び上がった。


 お、俺はドキドキしながらオヤブンさんがどんな反応を取るか見守っていた。



 や、やはり失敗だったか?



 自分が大好きだった彼女、例えば雪が、自分が大好きな雪の顔が、口元が、少し歪んだ様に傷がついてしまっていたら、俺は、同様せずにいられるだろうか?




 俺は状況を当て嵌めてみた......。



 うーん、中々イメージが湧かない。



 だけどこう考えたらどうだ?



 もし、雪の顔に、そんな事、考えたくないけど、皮膚ガンが出来たとする。



 手術すれば元気になれる可能性が有る。

 手術しなければ死ぬ可能性が高かったとしたらどうだろう?


 俺は迷わず、手術を選ぶだろう。


 顔が変わってしまっても、そもそも居なくなってしまうよりは何倍もマシ。そう思うと思う。



 オヤブンさんは、まあちょっと例えは違うかもしれないけど、状況的には心情的にはそれに近いんじゃないだろうか?



 俺はオヤブンさんとミーを合わせたのは間違いじゃなかった。そう信じてオヤブンさんの発言を待った。


「ミー、ミー」


 オヤブンさんの声は優しかった。


 俺はこの声なら大丈夫。


 ミーが愛しくてたまらない。

 逢えた事が信じられない。

 逢えて心から嬉しくて堪らない。


 オヤブンさんの声は、気持ちが溢れているかの様だった。


 ミーと呼ぶ震えた優しい声から、今までどんだけ暗闇の中、一筋の希望を信じてミーをミーちゃんを探し求めていたか、やっと逢えた。逢えたんだ。


 『ミー』その一言から全てが読み取れそうな程、オヤブンさんが感極まっているのが伝わってきた。

 

 



 ミーちゃんは?


 ど、どうだろう?


 オヤブンさんに逢えて、どう思っているだろう?



 ミーちゃんは前足で自分の顔を隠して悲痛な声を上げた。


「み、見ないで。私のこんな汚い顔見ないで」


 本当に辛そうに言うミーちゃんの声。





 そ、そうだよな。


 女性だものな。

 

 まず、自分の顔に傷が入っている。

 しかも少し、口元が歪んでいる。


(まあ、客観的に見たら、結構傷口は周りの毛が伸びてきた事で分かりにくくはなってきているし、他人の俺からして見れば、あまり気にはならない)


 でも女性は気にするよな。


 夢の感じだとおばあさんに避けられているのも(実際は唯、避けているのでは無く事情がありそうにも思うけど)あるし、ミーちゃんは傷ついているよな。


 もし、ミーちゃんがオヤブンさんの事を好きだとしたら、好きな人に、少し歪んでしまった自分の顔を見せるなんて、怖いよな。



 俺もミーちゃんの立場だとしたら怖くて仕方がない。そう思うと思う。



 だけど、オヤブンさんの言った言葉はそんな余計な悩みを全て吹き飛ばす様な力強い言葉だった。



「な、何言っているんだ。ミーは綺麗だよ。

傷は痛々しいけど、痛くないか、心配だけど、その色っぽい目元、変わらず綺麗だよ。

何より、生きてて良かった。本当に良かった」



 オヤブンさんはそう叫んだ。


 叫んだと言っても、向こうの部屋のお嫁さんや雪、おばあさんには気にされない程度の大きさだけど。


 


 だけど、やはりオヤブンさんの言葉は相当、ミーちゃんの心には響いた様だ。


「う、嘘よ」


 そう呟いているミーちゃん。


 だけど、ミーちゃんの声。

 さっきと声の高さ、トーンが全然違う。


 もう、側から聞いたら、恥ずかしくなる様な、もう誰にも邪魔出来ない様な恋人同士の使う、甘さを含んだ艶っぽい声だった。

 

 ミーちゃんは戸惑っている様子で、信じられないとでも言うように、でも少し嬉しそうに、ゆっくりとオヤブンさんの近くまで歩く。



「避けていて、ごめんなさい。こんな姿になった私は、もうアナタに嫌われてしまうかと思っていたの。辛かった。


貴方に、オヤブンさんに逢いたかった」



 恥ずかしそうに呟いたミーちゃん。

 だけど、そこに居たのは、オヤブンさんの愛情を受けて、少しずつだけど自信を取り戻してきたミーちゃんだった。

 

 オヤブンさんに逢いたかった。そう思っていた気持ちもミーちゃんから伝わってきた。


「ミー、嫌いになんかなるものか。ミー、俺の可愛いミー。生きていてくれた。良かった。本当に良かった」



 窓ガラスのこちら側に居るミーちゃんに向かってオヤブンさんは右の前足を伸ばす。


 それに答える様にミーちゃんも、ゆっくり、少し戸惑いながら窓ガラス越しにオヤブンさんの右の前足に自分の左の前足を重ねた。




 うわー。

 俺、一応子猫だよ。


 まあ人間だった記憶もあるし、雪という可愛い恋人も居たし。


 でも他人の恋路をこんな目の前で堂々と覗き見出来るなんて、そうそうない経験だよな?



 だけど、俺は夢の中の事もあってミーちゃんに対する思い入れが、かなり強くなっている。



 もう、我が子の恋愛を覗き見している様なくすぐったい感覚だ。



 俺は嫌な感じかもしれないが、顔が緩んで緩んで仕方なくて、ニヤニヤが抑えれなかった。




 オヤブンさんは俺の視線に気がついたのか、気まずそうに恥ずかしそうに下を向いた。


 そして気を取り直したように、窓越しのミーちゃんを見つめた。


「ミー、まだ傷に触るから夜の散歩は無理だよな? 日中に、許してくれるなら、また逢いにきても良いか? そして傷が治ったら、また二人で一緒に夜の散歩に行きたい」


 オヤブンさんがそう告げると、恥ずかしそうにミーちゃんは頷いた。


「じゃー、またな」


 オヤブンさんは嬉しそうに、だけど気恥ずかしそうにそう告げて、帰って行った


 ミーちゃんは本当に嬉しそうだった。



 ミーちゃんの心は解れた。



 そう思った。

 

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