第69話 たった一人で開戦
会議の翌日、僕はガストンさんにだけ今後の僕の動きを伝え、帝都を飛び出した。
クルルやマリアーナさん、セイラさんに伝えちゃうと、絶対に止めるか、付いて行くって言いかねないからね。
そんな僕は帝都を出て人気が無くなったとわかった瞬間に、全速力で魔物が集まっていると言われている方角に走り出した。
今僕は帝都から見て北西の方角に向かって走っている。
確かコッチの方角にはなだらかな草原と、更に先には鉱山があった筈。もしかして、竜たちは鉱山付近に集まってるのかもしれないな。
そんな事を考えながら僕は走り抜けた。
普通の馬車とかだと4日掛かる道筋を、僕は4時間で走り切った。
今僕の目の前には鉱山が見えている。その山の上空には大量の竜の様な魔物やワイバーンが飛んでいる。報告にあった黒竜、黄竜、灰竜も確認できた。
更に目を凝らすと、山間には大きなトカゲや、恐らくリザードマンといわれる魔物も沢山いた。
「これってあれかな? 王国が攻め落とせなかったから、代わりに帝国を攻め落とそうとか、そういうやつだよね?」
確か王国に攻め込んだ魔物は海や水棲系の魔物ばかりだったと聞く。
そしてこっちはドラゴン系の魔物が殆どだ。
もしかして――
「魔物の派閥争いとか? 海の魔物達が王国を滅ぼせなかったから、竜の派閥の魔物が帝国を滅ぼすってやつ」
よく魔物の幹部がそれそれ派閥を作って、上に気に入られようとするやつ。
やっぱりどこの世界でも、どんな種族でもそんな事があるんだね。僕はしみじみそう思ってしまった。
「おい、坊主。こんなところに1人か? もしかして置いて行かれたのか?」
僕が山の状況を確認していると、後ろから冒険者の集団が現れた。
察するに、鉱山の視察が目的だと思ったので、僕は今わかっている情報を共有することにした。
「僕は最初から一人ですよ。お兄さん達は山に?」
「ああ、ギルドからの依頼でな。お前は知っているか? 鉱山付近の魔物の分布が変わったみたいでな。その調査だ」
そういえば、大量に魔物が集まってるっていう情報は、昨日もたらされた情報だった。
という事は、この人達は今の状況をまだ知らされていない可能性が高いのか。
「お兄さん達。僕が持っている情報を教えますから、山の方には行かないでください。絶対に死にますよ?」
「――は? おい、どういう事だ?」
僕は今わかっている事を伝えた。
黒竜と黄竜、そして灰竜と赤竜が追加で確認出来た事。
大量のワイバーンが飛んでおり、山間部にはリザードマンや大きなトカゲ型の魔物の大量にいる事を伝えた。
「おい、その話は本当か?」
「はい、今もほら? 上の方を飛んでますよ?」
「――リーダー、彼の話は本当だ。俺の目にも確かに視える。あれは赤竜だ」
どうやら視力がいい弓使いの人がいるらしく、彼にも見えたみたいだ。
その彼が確認した事で、僕の話の信憑性が増したようだ。
「マジか……これはすぐにギルドに知らせねーとな……ありがとうな坊主。お前のおかげで命拾いした」
「僕はもう少しだけここで様子を見ます。もしかしたらあの群れが動き出すかもしれませんしね?」
僕がそう言うと、彼らは口々にお礼を言って元来た道に戻っていった。
しかも、お礼として情報量料分のお金と、少しの保存食まで頂いた。
――この世界の冒険者は本当に良い人ばかりだ。僕がここに残る事を伝えたら凄く心配してくれた人もいたし……
「さて、もう少し近くで見ないとね? 情報に無かった赤竜の存在も確認出来たし」
僕は彼らが完全に視界から消えた後、もう少し山に近づくために走り出した。
***
僕は慎重に山の中を進んでいる。本当は山に入らずに、遠くから状況を確認するだけだったのに、もうちょっとだけ、もうちょっとだけと欲を出したら、気が付けば中まで入っていた。
「いや、わかるよ? よく僕もアニメを見ていた時に後1話だけ、もう1話だけと気が付けば全話見ていたパターン……今その欲が出なくてもいいじゃない……」
そう自分に言い聞かせているが、向こうにいた時からの癖だから、多分またするんだろうと思った。
向こうにいた時はみなもが良く止めてくれたな――物理的に……よく頭を笑った顔して怒りながら殴られてたな……
そんなちょっと前の事に浸っていたが、僕が今隠れている岩肌の傍にリザードマンが近づいてきた。
リザードマンは岩の近くに止まり、そのまま待機しだした。
困った。こいつがずっとここにいられると、僕は身動きがとりにくくなる。
バレずに移動しようと思えばできると思うけど、気配に敏感の魔物もいるかもしれない。だから迂闊に動く事が難しい。
そう思っていると――
――ギシャァァァーー――
上空から雄叫びが聞こえた。その声に反応し、傍に立っていたリザードマンは急に山奥に駆け足で消えて行った。
しばらくすると、僕の周りには魔物が一切いない状態となった。
「……ふむ。どうやら全員山奥に行ったみたいだね……さて、魔物の全容がわかるいい機会となったから、少し視てみるか」
僕は再び欲を出し、リザードマン達が消えて行った方へ慎重に向かって行った。
***
その光景は地獄のような光景だった。
僕は腰に付けている剣に手を伸ばそうと無意識にしてしまったが、何とか残っている理性でそれを抑える。
そして、軽く静かに深呼吸をして、再び目の前の光景を見る。
その場にはリザードマンの他に、僕も倒したことがあるアーマーリザードやポイズンリザード、他にも見た事ないトカゲの魔物やあの黒竜や灰竜もいる。
彼らは食事をしていた。魔物だって生き物だ。食事は絶対に必要な行為である。
主に食べていたのはこの山にいただろうトカゲ型以外の魔物。クマとか鹿とか猪の様な魔物だ。
それはいい。問題は別の食料だ。
彼らが食べているのは人間の大人達だった。男も女も関係なく食べている。
そして――
――その傍らで子ども達が泣きながらその光景を目にしていた――
明らかに子ども達の恐怖心を煽っている。その証拠に、魔物達はその食べている光景を子ども達に見せつけている。
ある子どもは手を伸ばしながら両親らしき人の名前を叫んでいる。恐らく目の前で両親が食べられているのだろう。
子どもの傍には武器を向けたリザードマンがおり、目を背けた子どもを見つけると、無理矢理その光景を見せるように頭を掴み、顔の向きを変えさせた。
僕は今すぐ目の前にいる魔物達を斬り捨てたいと思った。しかし、人質になる子どもが約20人もいる。
彼らを守りながら戦うのは難しい。そう自分の理性が動きたい体を必死で止めている。
しかし、大人たちが全員食べられたためか、魔物達の目が子どもに向けられた。
あの目は明らかに食べ足りないという目だ。しかもご丁寧にまだ少しだけ彼らにとってと食料がある。
それを感じ取ったのか、子ども達が一斉に泣き出した。
僕はその時、何故か急にみなもの姿を思い浮かべた。
幸せそうに微笑むみなも。その胸には小さな命を抱えている。女の子だ。
その子は僕の子どもであり、僕はその子の頬を優しく突いている。
そんな未来の幸せな姿を想像した思ったら、怯えている子ども、特に一番小さい女の子が、みなもが抱いている子どもと重なった。
みなもが抱っこしていた子は赤子だ。怯えている子は4歳ぐらいの子だ。全然大きさが違う。
しかし、何故か重なって見える。そう思うと僕は、いつの間にか隠れていた場所から一歩を踏み出しており、一瞬で子ども達の前に移動した。
そして――
「ごめんね……怖い思いをさせたね……大丈夫、僕が守るから……」
そう言いながら、僕は2本の剣を両手に持ち、傍にいたリザードマンの首を刎ねた。
その僕の姿を見た子ども達は、いきなり現れた僕に対して驚きの表情を浮かべ、泣き止んだがポカーンと僕の姿を見ている。
そして、魔物側もまるで新たなエサが来たという表情を浮かべ、僕をジロリと見出した。
「さて――出来るだけ数を減らして、ここから脱出しないとね……」
こうして、僕の無謀な護衛戦が始まった。相手はトカゲ達およそ3,000体。更に後から増援が来る可能性大。
それでも僕は、一人でも子ども達を救うために、迫りくるトカゲ達を切断し始めた。
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