第70話 守る事の難しさ

 僕は槍を持っているリザードマンの槍ごと切断し、返す刃で傍まで迫ってきたアーマートカゲを頭から切断した。

 その僕の戦い方を見ていた子ども達から怯える感情が伝わってくる。

 身体強化の恩恵で、今僕は肌の感触や聴覚、嗅覚も向上させている。

 そのため、子どものちょっとした悲鳴や、身震いした際の服の音も聞こえてくる。


「大丈夫! 僕が守るから、皆は少しずつ後ろにある岩の方まで下がってくれるかな?」


 僕は背中越しに子ども達にお願いする。

 少しでも気を抜けば、トカゲやリザードマン達が僕の側面の方に向かい、子どもを襲おうとしているのが分かる。

 だから僕は反復横跳びの感覚で、子ども達の周りを行ったり来たりしながら敵を切断していった。


「それに――しても――ハァハァ――数が――減らないね――」


 まだ戦闘が始まってから10分も経っていないが、一人で20人の子どもを守りながら戦っているのだ。

 もう僕の中では体感で30分ぐらい戦っている気分である。それほど敵が迫ってくる感覚が濃ゆく、少しの隙も見せれない。

 幸いな事に、子ども達は僕の言いつけを守り、少しづつ後ろへ後退してくれている。


 更に向こうには黒竜と灰竜もいたが、何故か黒竜は飛んで山の更に奥に移動し、灰竜はこちらを少し離れてたところでじっと見ているだけだった。

 もしも黒竜と灰竜が一緒に僕に迫っていた場合、恐らく僕はともかく後ろの子ども達は一瞬で殺されていただろう。

 流石に人よりも遥かに巨大な竜が2体同時に襲ってきたら、1体を倒してる隙にもう1体が子どもを殺す。そんな光景が簡単に想像できる。



 未だに灰竜はこちらへは動かず、じっと見ているだけである。

 その間に僕は多くのリザードマンやトカゲの魔物を斬り続け、とうとう子ども達は後ろの岩まで辿り着いた。

 これで後ろから新たに襲われる心配はなくなる。そう思い、僕はまだまだ剣を振るう。


 ***


 あれからどれくらいの時間が経っただろうか……

 後ろの子ども達は未だに全員健在。周りはトカゲ達の切断遺体だらけ。しかし、まだまだ敵は沢山前にいる。

 今はちょうどその敵の波が途切れたところだ。僕は少しだけ呼吸を整える為に深呼吸をし、剣に付着した血を払うために、軽く剣を振った。


 そして剣をよく見ると、右手に持つ最初の祠で拝借した剣は刃毀れも何もない状態だが、左手に持つ初陣をしたコッドの町で頑丈に造られた剣が刃毀れしていた。しかも少し曲がってる気がする。

 流石に今まで何分間もノンストップで剣を振り続けたのだ。いくら何でも切れるとはいえ、剣にダメージを負わないとは、そんな虫の良すぎる話はないみたいだ。


 そんな風に思っていると、再び攻撃が再開された。

 しかし、相変わらずトカゲ達の攻撃方法は変わらず、リザードマンやトカゲ達が不規則に僕の方へ突っ込んでくるだけだった。


 僕はまるでインベーダーゲームのように左右に動きながら近づいてきた敵を斬り捨てる。

 殆どワンパターン化していたために僕は何も考えずに斬り続けてた。

 すると突然――


 ――ガァァァァァ!!――


 灰竜が大きな咆哮を上げた。すると、今まで突っ込むだけだった魔物の動きに変化が見えた。

 何故か右側ではなく、左側に多くのトカゲ達が移動し、そちらから攻めてくる。

 しかも右側からも少しタイミング的に遅れているが、リザードマン達が攻めてくる。


 僕は左側に比重を置きながらトカゲ達を斬る。しかし、恐れていた事が起きてしまった。


 ――ピキ!――


 左手に持っている剣が欠けた。そこから罅も生えてきた。


「まずい! このままじゃ手数が減る!」


 現在1秒間に約4体のトカゲ達を斬っている。それはひとえに僕が2本の剣を振るっているからだ。

 しかし、これが剣1本になると、斬れるトカゲ達の数が減る。

 まさか灰竜はその事を見越して左に比重を置かせたのか? そんな疑問が生まれる。


 僕は仕方なく、欠けた剣を鞘に戻し、背中の棒を1本左手に装備した。

 確かに斬れなくなってしまったが、何も武器を持っていない状況よりマシだ。

 それにこの棒もなかなか固いから、相手を怯ませる事ぐらいは出来るしね。


「ごめん皆! ちょっと敵の動きが変わったから、もう少し集まって固まって!」


 僕は後ろの子たちにそう伝える。

 彼らはずっと怯えてはいるが、僕のいう事を素直に聞いてくれている。

 これがもしパニック状態だったら、何人かが飛び出して危ない状況になってしまうのだけど……


 そんな事を思ったのがまずかったのか、再び灰竜に動きがあった。

 灰竜はゆったりと飛行したかと思うと、僕の30メートル先にその巨体を着地させた。

 その際に大きな音がなり、その音で後ろの子ども達が更に怯えてしまった。


 ――ガァァァァァ!!――


 灰竜は更に大きな咆哮を上げる。それにつられてリザードマン達やトカゲ達も一緒に咆哮を上げる。

 余りの煩さに僕は両手で耳を塞ぎたかったが、何時敵がこっちに来るか分からなかったので、聴力を通常状態に戻し、何とか我慢した。

 しかし、後ろの子ども達は全員両手を耳に当て、目を思いっきり閉じ、その咆哮に耐えている。


 20秒ぐらいだろうか、灰竜の方向は止み、周りのトカゲ達も方向を辞めた。

 僕は少し頭がふらついているが、気付け薬を腰から取り出し一口飲む。

 少しだけまともになったが、まだ頭が痛く、まともな思考が難しい状態だ。


 トカゲ達はそんな僕の状態などお構いなしに、一斉に襲ってきた。

 灰竜はその場でじっと僕を見ている。というより後ろの子ども達を見ている。

 子ども達も耳から両手を外し、目を開いて行くが、目の前には先ほどの方向の原因である灰竜がじっと見ている。


 僕は相変わらず迫りくるトカゲを相手しているが、僕の後ろの子ども達に変化が起きた。

 それはパニックだ。あれだけ恐れていたパニックが少数の子ども達に起きてしまった。

 恐らくこの迫りくるトカゲの数に、目の前の灰竜、そして先程の咆哮。どれをとってもパニックになるには十分なインパクトだ。

 もしかしたら灰竜はそれを狙っていたのかもしれない。なんて竜だ。


「落ち着いて! 大丈夫! 僕の後ろのいれば大丈夫だから!」


 そう言うが、なかなかパニックは治らない。此処は灰竜を倒せたら安心感を与える事が出来ると思うが、今は無理だ。

 だから僕はせめて声だけでも子ども達を慰める。正直どれだこの子どもがパニック中であり、そのパニックが伝染しない様に必死で声を掛けている状態だ。


「大丈夫! まだ君たちに傷なんてついてないでしょ? しかも僕も無傷だ。だから大丈夫! 安心して!」


 確かに僕は無傷であるが、今剣は1本であり、トカゲを倒せているスピードも落ちている。

 しかし、泣き言は言ってられない。後ろには子どもが沢山いるんだ。絶対に守り通す。その思いだけで武器を振るい続けた。


 ***


 再びトカゲ達の波が途絶えた。僕の体力的にもかなりスタミナが消費された。

 持っている棒も歪んでおり、もう1本の棒に切り替える。

 子ども達は未だに怯えていたり、泣いていたり、じっと我慢してくれていたりと千差万別だが、困ったことに終わりが見えない。


 此処にいるトカゲの数は確かに減ってはいるが、まだ多く、更に灰竜も未だに目の前に堂々と居座っている。

 あの灰竜を倒さないと、後ろの子ども達は安心できない。そう判断したが、やはりまだ灰竜には向かえない。


 ――その時、1人の少年がこの膠着状態の重い空気に耐え切れなくなったのか奇声を上げだした。

 僕はその子を見たかったが、目の前の敵から目を離す事は出来ず、その子を見なかった。


「――ワァァァアァァァァァアアアアァァァ!」

「止めて! 落ち着いて!」

「大丈夫! お兄さんが助けてくれるから!」

「――ワァァアァ! ダメダ! もう食べられるんだー!」


 そう言って奇声を上げていた子は、急に走り出し、下山の方向へと走って行った。


「――ダメだ! 行くな!」


 そう僕が叫んだが、彼は止まらずに走って行く。それを暢気に見逃してくれるはずもなく、数匹のリザードマンとトカゲ達が僕の横を抜き去り、少年を追いかけて行く。


「止めろ! 止まれトカゲ!」


 僕は数匹だけ斬り捨てたが、3匹のトカゲが少年の方へ向かってしまった。

 追いかけようにも残りの子ども達に向かって別のトカゲ達が滲み寄ってくる。

 僕は仕方がなく子ども達の傍に急いで戻り、トカゲ達に牽制をした。


「――! ――ワッ――ヤァ! ――!」


 少し遠くから逃げた少年の声が微かにする。聴力を向上させているから、今どんな様子かある程度わかってしまう……


「――! ガッ! ――アッ……」


 今少年の四肢の一部が引きちぎられた。向こうのトカゲは遊んでいる。逃げる少年を楽しみながら食べようとしている。

 僕は力強く歯を食いしばった。そのせいで口から血が出て来るが気にしない。

 彼を助けたい。しかし、今僕が彼を助けに行ったら残りの子ども達が食べられてしまう。


 僕はこの世界で最初に気にかけてくれたヤンホーさんの言葉を思い出した。沢山の決断をしなくてはならない時がある。後悔はするだろうけど、最終目標を忘れるな。

 僕はこの世界から向こうの世界に還る際、胸を張ってみなもの傍に立ちたい。だから僕は決断した。残念ながら彼は諦める。残った子たちを救う。それが今僕に出来る最善の解決だと思った。

 どんなに強い能力を持っていても、状況次第では子ども1人守る事も助ける事も出来ない。

 僕はそんな無力感に包まれたまま、目の前にいる灰竜を睨みつけた。


 そんな僕の視線に気が付いた灰竜は、しっかりとニヤリと笑った。まるで僕の苦悩の姿を見て嬉しそうに笑った。

 それが許せなかった。再び感情が爆発しそうになり、灰竜を斬り裂きたい衝動に駆られたが、子ども達の泣き声や励まし声でなんとか理性を保つ。

 そうだ、今僕が飛び出したら敵の思う壺だ。そう思い直し、深く深呼吸をする。

 すると、妙な事に気が付いた。


 逃げた少年の方へ集中すると、トカゲの足音と少年の足音の他に、数人の別の足音が聞こえる。

 最初はリザードマンに待ち伏せされたのかと思ったが、どうやらトカゲと戦っている様だ。

 その時僕は思った。もしかして援軍? でもそんなご都合主義みたいなこと、あり得るのか?

 そんな風に少しだけ混乱していたら、トカゲと戦っている音が止み、事らに近づいて来ている事がわかる。


 そして――


「援軍に来た! 大丈夫か坊主!」


 それはこの山に入る前に出会った冒険者達であった。数は減っていたが、10人ぐらいの集団が僕の横から現れた。

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