第36話 失意の光

「何なんだよあれ!? 何で小音子ちゃんがあんなに強いんだよ!?

 しかも栄治さんはパワーアップしているし、凜々花さんは栄治さんに惚れてるみたいだし、俺今回何にもカッコいいことしていないし――」


 俺はダンジョンから帰ってすぐ、自分の部屋に引き籠った。

 こんな筈じゃなかった。俺は彼女たちにカッコいい姿を見せたかっただけだ。彼女達の為に防具を新調したかっただけだ。

 それなのに、蓋を開ければ栄治さんのパワーアップイベントに巻き込まれただけだし、あと小音子ちゃんが怖いことを知っただけだ。

 特に小音子ちゃんに至ってはあんなに強いとは思わなかった。


「それでも俺の方が強いはずだ……だって俺は闘神だぜ? 誰よりも強いに決まっている筈だ!」


 そう思ってはいるが、どうしても頭から離れない。あの栄治さんが戦っている姿を――小音子ちゃんが魔物を瞬殺しているところを――

 まるで俺よりも強いイメージが何故か頭から離れない……


「ックソ! イライラする! どうして俺の思う通りに事が運ばないんだ!」


 俺が主人公の筈だ――俺が世界を救って皆と幸せに暮らす筈なんだ――栄治さんじゃない! 俺なんだ! 俺が主人公なんだよ!


「……ふぅ……落ち着け……落ち着けよ俺。まだ俺が脇役ポジションだと決まったわけじゃない。きっと栄治さんは堕ちる。だって勇者だ。何度も見ただろ? 勇者が堕落していく漫画を……」


 俺は元居た世界でよく見ていた漫画を思い出してた。それは勇者が悪落ちし、その権力や力を傘に好き勝手やっていたが、主人公に倒されて「ざまぁ」される話だ。

 イケメンが最終的に不幸になる話は最高に面白い。世間は何時でもイケメンの味方だ。なら物語の世界だけでも悪に落ちるのは全然いいだろ?

 それなのに、この世界ではまるで栄治さんが主人公のようなポジションに着実に付こうとしている。


「あーっクソ! どうしたらいいのかわからねー!」


 とりあえず、気分転換に外に出ることにした。なんだか無性に外の空気が吸いたくなった。

 途中で知り合いのメイドや女騎士とすれ違うが、軽く挨拶しただけで通り過ぎた。

 今は特に女の人と話したいとは思わない。こっちの世界に来て初めての感覚だ。何時もはいろいろな女性と毎日話したり楽しんでたのに。

 やはり、それほどショックを受けたんだな、俺……


 気が付くと城門を超え、城下町まで来ていた。今は19時頃だが、酒を提供する店とかはまだ開いており、大変賑わっている。

 しかし、俺はまだ未成年だ。一応品行方正な勇者として通しているわかだから、酒など飲んで醜態をさらすわけにはいかない。

 だから酒場以外に他に空いているところを探した。


 すると、1軒だけ空いている店を発見した。どうやらディナーが食べれるレストラン的な店の様だ。

 城での夕食でもよかったが、今日は気分転換も兼ねているので、この店に入ろうと思った。しかし――


「あれ? 佳織ちゃん?」


 どうやら佳織ちゃんが一人で席に座っていた。コレはちょうどいい。今回佳織ちゃん落ち込んでいるだろうと思うし、一緒に慰め合いとかしてみようか。

 そして、せっかく外で会ったんだ。さらに距離を詰めて佳織ちゃんのフラグを――


「お待たせしました。申し訳ありません」

「いいえ、今来たところです! こちらこと私のわがままに付き合ってくれてごめんなさい」


 何故か佳織ちゃんの席に正さんが座った。しかも佳織ちゃんはすごく嬉しそうな顔をしている。

 その顔は見たことがある。たまたま少女漫画を見たときに書いてあった、好きな人が来た時の表情とそっくりだった……つまり……


「(っえ!? 嘘だろ!? 佳織ちゃんって正さんの事が好きなの!?)」


 あれは完全に恋している人間の顔だ。今日の凜々花さんが栄治さんに向けた顔と同じだ。

 その後も佳織ちゃんは栄治さんに対して嬉しそうに話しかけている。俺と話す時よりも全然楽しそうに……


「(なんだよ……なんであんなに楽しそうに話してんだよ……最初から俺に脈がなかって事? 何で? 何時から? どうして?)」

 そんな不毛な感情がずっと頭の中を駆け巡った。


 俺は佳織ちゃんが好きだ。でも佳織ちゃんは正さんが好き……俺は……俺はどうしたらいいんだ……


 気が付くと、俺は城に戻っていた。腹が減っていない。こんな事は初めてだ。

 俺は失恋したんだ……本当に好きだったのに……告白もできずに失恋……

 勝てる筈がない。俺に勝てる要素なんて何もない。

 だって相手はあの正さんだ。俺と違って身長も高く、大人だ。ガキの俺と違い、いろいろな経験をしている大人の魅力を持っている。


「……ハァー……」

 ため息しか出ない。気分転換に外に行けば、失意のどん底に落ちるような場面に遭遇するし、最悪だ。

 そう思いながら歩いていると、沙良さんの後ろ姿見えた。


 あぁ……沙良さん……後ろ姿からでも美しさが滲み出ている。なんだか少しだけ元気が出た。


 ……そうだ! 俺にはまだ沙良さんがいる! 佳織ちゃんは正さんに取られてしまったし、凜々花さんも栄治さんに惚れている。

 だったら俺が沙良さんにアタックを掛けても問題ない筈だ! 少し歳が離れているけど、俺は問題ない! 許容範囲だ!

 それにあんな美人と付き合えるなら歳の差なんて意味ないぜ!


 俺は沙良さんの後を追った。恐らく部屋に帰るのだろう。だから帰ったことを確認して、後で相談したい事があるという体で接触しよう。

 そう思っていると、沙良さんが右側の方へ曲がっていった。

 おかしい――女子部屋はここから左部屋だ。右部屋は全員の共有スペースと男子部屋しかない。沙良さんは何時も共有スペースに行かず、直接自分の部屋に戻る筈。

 俺は一抹の不安を抱えながら、沙良さんの後を追った。そして俺は見てしまった――沙良さんが栄治さんの部屋に入っていくのを――その際二人とも笑顔であった事を――


「(ふっ――ふざけんな!! 凜々花さんだけじゃなく沙良さんまですでに落としているだと!! なんだそれは!! あいつの力が目覚めたのは今日が初めての筈だ!

 なのにすでに沙良さんを部屋に招き入れるまでの関係にあるってことは、もっと前から親密だったって事じゃん!! 俺達に黙ってたのか!?)」


 俺は抑えきれない怒りの感情に支配されていた。栄治が憎い! 力も! 女も! 全てを奪っていく栄治が憎い! 殺してやりたい! ズタズタにしてやりたい!

 そんな感情が溢れ出てるく。しかし――


「(今このまま突撃しても勝てる確率は高くない――恐らく沙良さんが援護に回るから、2対1じゃ分が悪すぎる……どうしたらいい? どうしたら栄治に勝てる?)」


 俺は自分の部屋に戻り、ベットの上でずっと考えた。どうしたら栄治に勝てるのか。どうすれば栄治を堕とせるか。その事ばかりをずっと考えていた。すると――


「ヒカル様、いらっしゃいますでしょうか?」

 ノックの音が聞こえ、メイドがドアの前に立っているようだ。


「夕食をお持ちいたしましたが、もうすでにお済でしょうか?」

「いや、まだだ。お腹が空いているので貰うよ」

「はい、かしこまりました。失礼いたします」


 入ってきたのは少し気が強めに見える美人なメイドであった。このメイドはよく俺と行動をともにすることが多く、何度もこの部屋に入っては茶会などを同席している。


「こちらに置いておきますね。食べ終わった頃に戻ってきますので、トレーを外に出しておいてください」


 そう言って食事のトレーを備え付けられていたテーブルの上に置いた。

 そして出て行こうとする彼女の腕をつかみ、こちらに抱き寄せた。


「ヒカル様!? いきなりどうなされましたか?」


 何も答えず、メイドの唇を奪った。

 メイドは最初は少しだけ抵抗していたが、徐々に俺を受け入れだし、力を抜けて行った。


 ――俺はある意味今日2回失恋したんだ。だったら慰めてもらってもいいだろ?――


 そんな誰に聞かせるわけもない言い訳を心の中で呟き、その日はこのメイドを抱いた。

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