第25話 クルルとデート/買い物編

 喫茶店を出た僕たちは、そのまま当てもなくブラブラすることにした。

 今日は明日に備えて訓練はお休みなので、丸1日時間がある。時間を潰す方法を探そうとした矢先、クルルからお誘いがあったので、正直助かった。

 この世界には娯楽が少ない。僕の世界のようにスマホやテレビ、インターネットができる環境とか一切ないので、体を動かすか読書ぐらいしか時間を潰すことができないので困っていた。

 しかも読書にしても、文字は何とか読めるが、本自体が高くかさばる為、大量に購入することも難しいという問題を抱えてる。

 だから僕はクルルに質問してみた。


「ねえクルル? 一人の時ってどんな暇つぶしをするの?」

「ん? 暇つぶしの方法? う~ん――私って基本クランメンバーとかと一緒に行動するから、一人の時間って作ったことないなぁ~。どうしたの?」

「いやね、僕ヤンホーさんの護衛として国境まで行くことになってるけど、今後は帝国に行く予定なんだ。だから一人の時間って増えると思うから、暇つぶし方法を今のうち探しとこうと思ってね」

「えっ? 帝国に行くの?」


 そう言えばヤンホーさん以外に僕の目的地を話していなかったことを思い出した。

 1日程度で分かれる人たちと思っていたので、あまり深く話さなくてもいいかと思ったら、まさかこんなに長く一緒にいることになるとは――

 でも大概こういうのって最初に言っておかないと、次に機会が無くなるので、ちょうどよかったかもしれない。


「うん。帝国に行くよ。僕って記憶喪失だけど、なんとなく世界樹のある場所に行かなきゃいけないって思ってるんだ。だから帝国に行く。必要な情報を得るためにね」


 こう説明しておけば、きっと記憶を取り戻すために帝国に行くと勘違いしてくれるかな?


「そうなんだ――うちらも国境までは行くけど、次の目的地は決めてないから、私達とお別れになる可能性があるね……」


 そう言うと、クルルさんは下を向いた。少し声色が落ち込んでいる時の声に近い音がしたが、僕だって寂しいんです。

 せっかく仲良しになった人たちとお別れするなんて――しかももしかしたら一生会わない可能性の方が高い。

 彼らは冒険者だ。前回の盗賊団事件や魔物の討伐事件のように、何時命を失ってもおかしくない。

 または僕が還る方法が見つかって、元の世界に還ったら、恐らくもう2度と会えないだろう。

 そう考えると、僕まで悲しくなった。


「だったらクルルさん。今日は沢山思い出を作りましょう! せっかくこうして死線をくぐり抜けた同士ですし、楽しい思い出もあれば忘れることもありませんよね!」


 そう提案すると、クルルさんは一瞬キョトンとしたが、徐々に満面の笑みへと変わった。


「いいわね! そうと決まったら早速楽しもう! あっちに気になってる雑貨屋があるの。一緒に見て回って良い?」

「ええ、いいですよ。じゃあ他の人達も呼びます?」

「今日は皆忙しいはずだから二人っきりでいいの! じゃあ早速行こう!」


 そう言ってクルルさんは僕の手を握って小走りしだした。

 急に手を握られ走られたせいか、バランスを崩しそうになったが、何とか踏ん張り前を走るクルルさんを見た。

 その表所はとても嬉しそうであり、何故だかはわからないが、一瞬みなもの表情と被って見えた。


「(いやいや、髪の色から体型まで全然違うのに、どうしてみなもを思い浮かべたんだろう?もしかして『みなも分』が足りないのかな?もう1週間以上触れてないし――)」

 ちなみに『みなも分』はみなもから出てくる安らぎ成分だと思っている。女性の体って抱きしめたり匂いを嗅いだりすると妙に落ち着くよね?嗅ぎ過ぎは逆に興奮してしまうけど――

 みなも本人に力説したら「ちょっと意味が分からないけど大丈夫? 疲れてる?」と言われ抱きしめられた。落ち着いた。やはり僕の仮説は間違ってないと確信した。


 およそ10分程度かけて僕らは雑貨屋にやってきた。といってもこの雑貨屋は女性ものの商品が多く、アクセサリーから服、果ては下着から化粧品らしきものまでなんでも揃っているお店だ。

 そしてほとんどのお客が女性。男性もいるが明らかにカップルだったり夫婦だったり。かなり場違いである。

 そんな場違いな場所に連れてこられ、クルルさんは嬉しそうにこう言った。


「新しいアクセが欲しくって迷ってたんだ! 男の子受けも狙いたいから、選ぶの手伝って?」

 可愛い女性にお願いされて断る男なんているのかな?僕は迷うことなく頷いた。


「あ、この赤いのどう? 似合ってるかな?」

「う~ん――その赤の場合さっきの形の方が良くないかな?」

「そう? あ、じゃあこれは?」

「いや奇抜過ぎない?」


 先ほどからクルルさんはネックレスを何個も手に持ち、どれがいいかを聞いてくる。

 正直に話すと、可愛い女性が可愛い小物を身に着けた場合、どれでも可愛いと思っている。しかし、何でもいいなんて言った日には、それはもう悍ましい結末しか想像できない。

 現に僕たちの近くにいたカップルの男性がその言葉を口にし、彼女さんは不機嫌になりながら店を出て行ってるしね。異世界でも男女の買い物事情は変わらないらしい。

 それに僕はみなもで慣れている。みなもは何でも似合うけど、適当な返事をするとその日1日喋ってくれなくなるので、おのずと回答方法を身に着けていた。


「う~ん――じゃあナガヨシが最初に言ったコレにするね!」

「うん。やっぱりその色と形が今のクルルさんに一番似合ってると思うよ」

「ありがとう!じゃあ次だね」


 結局選ぶのは最初に選んだ方の商品というのも僕の経験則だと決まっている。最初に目にして気に入ったモノが一番インスピレーションが合うからだと思う。

 ちなみにクルルが選んだネックレスは、真ん中に小さな赤い宝石のような石が付いた猫みたいな形をしたネックレス。

 なんだか今日は甘えてくる猫っぽい印象だったので選んだ訳だが、正解のようだった。


 その後は服を見て回った。ネックレスと同じように散々複数の服を用意していたが、結局最初に選んだ服が気に入ったみたいで購入するらしい。

 次は下着コーナーに連れていかれそうになったが、丁重に断った。そういうのは彼氏ができて一緒に行くべきと説得すると、ワザとらしく舌打ちをして別のコーナーに向かった。

 別に僕は恥ずかしくありません。みなもで慣れてるからね、下着を一緒に買うのも。最初は恥ずかしかったけど、2回目からは不思議と慣れました。

 ちなみにこの世界の下着は元の世界の下着と同じくブラもあるし、ショーツの形も一緒だ。恐らく一緒に召喚された女性陣はホッとしているとだろうと思った。


「よし、とりあえずこんだけ買うかな? お会計するね」

 そう言ってクルルさんはカウンターまで商品を持っていく。合計で銀貨40枚。クルルさんはポーチから財布を出そうとしていたが、その前に僕が金貨1枚をカウンターに置いた。


「あら、彼氏さんが払ってくれるの? じゃあおつりの銀貨60枚ね」

「――はい、60枚確かに。ありがとうございます」


 商品を袋に詰めてもらっている間に、クルルさんから詰め寄られた。


「ちょっと、私が払うよ!?」

「いえいえ、僕はたまたま金貨を両替したかっただけです。ついでだから商品を購入しただけですよ?」

「いやいやいや、無理があるからね? その言い訳」


 別に僕は買い物の際、男性がお金を払わないといけないなんて考えていない。実際に結婚する前も今もみなもとは割り勘で支払いとか、今日は僕で今度はみなもっていう風に支払いを分けてたりしている。

 じゃあなんで今日は払ったのかと言うと――


「クルルさんがあまりにも楽しそうに買い物をしていたので、思わず払ってしまいました。代金は受け取りませんので悪しからず」

「意味分からないって! なかなかの大金だよ? ちゃんと返すから」

「お客様。彼氏さんがいいカッコを付けたいと言ってるんです。素直に受け取るのもいい女の条件ですよ?」


 店員さんからフォローが入った。そう言われクルルさんは顔を真っ赤にしたまま俯き、荷物を受け取ると小さな声で「ありがとう――」と言った。可愛い。


「あ、店員さん。僕彼氏じゃないんで。じゃあありがとうございました」

 そう言って店を出た。後ろから「え? 今それ言う?」って言葉と、隣から「……バカ」の言葉が聞こえたが、とりあえず無視させていただきます。

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