第14話 体験授業を受けました
「そういえば、教官はまだ来られないのですか?」
もう授業開始時間を10分過ぎています。
「何を言ってるの? もう授業は始まってるわよ」
へっ? 始まってる?
私が教壇の方に目をやると、いつの間にか人が立っていて、黒板には何やら複雑な『魔法陣?』が描かれていました。
全然気付かなかったよ。いったい、いつからそこにいらしたんですか?
「ホッホッホッ。キミは体験授業を受けに来たのかね?」
「あっ、済みません。僕はマセルといいます。今日は体験授業を受けに来ました」
「ああ、よろしく。儂は戦闘魔法技能科の教師をしている【ベンプス】じゃ」
ベンプス先生は小柄なお爺さんで、いかにも魔道士という薄緑色のローブ姿でした。
「済まんの。今日はシンディくんだけだと思っておったから、1回生用の教材を用意してこんかった」
「いえ、僕のことはお構い無く。シンディさんの授業を進めてください」
「ベンプス先生。今日は彼のために戦闘魔法の基礎を教えてあげてください。私も復習になるので、お願いします」
「シンディさん、それは悪いです」
私は断ったんだけど
「良いのよ。折角見学に来たんだから! ベンプス先生の授業は、とってもためになるわよ」
シンディさんのお言葉に甘えて、基礎の授業を受けさせてもらうことになりました。
・・・・・・
ベンプス先生の授業は、とても分かりやすく興味を惹かれるものでした。
「呪文って、魔法陣の代わりなんですか?」
「そうじゃよ。魔法陣に描かれている情報を言葉に変えて、誰にでも使えるようにしたものが呪文なんじゃ」
呪文には、魔法陣を描いて魔力を流すのと同じ効果があるのだそうです。
それから、ラノベでよく出てくる『無詠唱魔法』のことも教わりました。
無詠唱魔法というのは、魔法陣を頭の中で描いて使う方法なんだそうだ。
素早く頭の中に魔法陣を描き、それに魔力を流すことで、呪文を唱えるよりも早く魔法が使えるんだって。
「でも、魔法陣ってすごく複雑な形じゃないんですか? そんなに早く描けるものなんですか?」
「ホッホッホッ。魔法陣は必ずしも全部描く必要はないんじゃよ。『魔道書研究科』のおかげで魔法陣の簡略化の研究も進んで、下級魔法なら1秒足らずで描けるものばかりじゃよ」
へえ、そうなんだ!
「そうよ。
「ホッホッホッ。シンディくんの言う通り、
あっ! それ、私が
「下級魔法は簡単に魔法陣を描けるけど、中級魔法になると、簡略化した魔法陣を描くのも結構難しいのよ。だから、今私は魔法陣を紙に書いて、紙に魔力を流す練習をしているの」
魔法陣を描くのが難しいのなら、呪文を覚えればいいんじゃないのかな?
呪文の方がずっと簡単に魔法が使えそうなのに?
「ここでは、呪文も教えているのですよね?」
「勿論、呪文も教えておるよ。じゃが、シンディくんは無詠唱に拘っておるそうなんでな、毎日魔法陣を素早く正確に描く練習をしておるんじゃよ」
「無詠唱なら、自分の描いた魔法陣の大きさで威力を調整できるのよ。勿論大きい程描くのも魔力を流すのも難しいし、消費するMPも多くなるから、大きければ良いわけじゃないけどね」
呪文による魔法は、魔法陣を直接描くほどの威力は出ないし、威力の調整も難しいんだそうです。無詠唱なら魔法陣を小さく描けば、弱い威力の魔法も撃てるし、いろいろと応用が効くんだとか。
ベンプス先生が黒板に描いていたのが、シンディさんが現在練習中の、火系中級魔法『
とてもじゃないけど、簡単に描けるようなものじゃないですよ…… シンディさんは、その魔法陣を2秒以内に描くことを目標としてるそうだけど、私には1分あっても正確に描けるとは思えませんよ。
「戦闘魔法技能科というと、直接攻撃系魔法だけを教えているように思われがちじゃが、実はそれ以外の魔法も教えておるんじゃよ」
「えっ? 他の魔法って何を教えてるんですか?」
「身体強化の魔法じゃよ」
身体強化! 確か、身体強化の魔法は結構需要があるって聞きましたよ。それなのにどうして戦闘魔法技能科は人気がないんだろう? 私が不思議そうな顔をしていると
「ホッホッホッ。身体強化の魔法は『魔法戦闘武術科』でも教えておるのじゃが、ここで教えているのとは、ちょっと違うのじゃよ」
魔法戦闘武術科では、最大5倍までの簡易版の身体強化を教えているそうです。
それに対して戦闘魔法技能科では、極めれば実に100倍以上の身体強化も可能な魔法を教えているのだとか。
一見、戦闘魔法技能科の身体強化の方が優れているように思えるけど、強すぎる強化魔法が逆に仇となっていました。
普通の人には3倍を超える身体強化は、身体を痛めることになるんだそうです。
肉体の限界を超える強化は、その人の身体を簡単に破壊してしまうため、戦闘魔法技能科で身体強化を学ぼうとする生徒は、今はいないのだとか。
私も、身体を破壊する恐れのある魔法は、覚えたくないです。
・・・・・・
基礎的な座学を受けた後で、実技の授業に移りました。
私が無詠唱で
「ホッホッホッ。本格的な指導を受けずに、
「本当に驚いたわ。私でも最初は2つしか出せなかったもの。今は10個は同時に出せるけどね」
10個同時!? シンディさん、すごいです。
「ところでマセルくんは、火系統以外の魔法は使えるのかね?」
「はい! 一応風系統の魔法も使えます!」
「ホッホッホッ。それはええことじゃ! 火と風は相性がええから、同時に使えると強力な威力を生めるんじゃよ」
「そうなんですか!」
「思い出すのお…… 今から20数年前に天才と呼ばれた生徒がおったのじゃ。彼女も火と風の魔法が得意じゃった…… マセルくんも、彼女のような素質があるやもしれんのお」
その人って、もしかして、シンディさんが言ってた人のことじゃあ……
「その生徒は、どんな方だったんですか?」
「彼女は、【紅蓮の魔女】の異名を持った、この学院の歴史上最強の魔道士じゃった。残念ながら、彼女の功績は全て没収されて、記録も何も残っておらんが、このベンプスの記憶の中にいつまでも残っておる……」
そう言ったベンプス先生は、どこか寂しそうに感じられました。
「ところでマセルくん、キミは明日はどこの体験に行くのかね? もし明日もここに来るつもりなら、昇級試験の見学をしたくはないかね?」
「昇級試験の見学ができるんですか!?」
「ホッホッホッ。他の科では無理じゃが、ここには儂以外の教官がおらんから、特別じゃよ。もし昇級試験を見学したいなら、明日は授業開始の20分前に、ここへ来なさい」
私は、明日も戦闘魔法技能科の体験授業に出よう、と心に決めたのでした。
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