第11話 先生方は大慌て

 私達が迷宮で苦しんでいた頃、地上では、神官長を含む4人の先生方が、右往左往していたのでした……



   ◆ ◆ ◆



「まだあの4人は、戻ってきていないのですか?」


 神官長グレシアの美しい顔が険しくなる。


「神官長様。これは、誰かが様子を見に行った方がよろしいのではないでしょうか?」


「そうですね…… ゴランド先生、すぐに手分けして探しに行ってください。私も後から参ります」


 4人の受験生達が迷宮に入ってから、既に5時間が経過していた。


 しかし、本来この試練は、それほどの時間を必要とはせず、また、今まで1度も事故の起きたことがない、安全なものである筈であった。


 迷宮の最奥ゴールである礼拝堂までは、途中の分かれ道のどれを通っても、1時間程で着ける。

 それに、安全にも十分な配慮がなされており、別れ道で最も危険な右側の道でさえ、命に係わるような危険はなかった。

 吊橋は何度も強度がチェックされ、もし間違って足を踏み外しても、下に引かれた網で助かるようになっていたし、落石も大きな岩は予め排除されており、火の出る床の罠も、人が3m以上離れていない限り、火が出ないようになっていた。

 また、迷宮に出る魔物―― 毒鼠ポイズンラットは、全て毒袋が取り除かれ、しかも1匹ずつしか出ないように配置されていたのだ。


 つまり、この入学の為の試練は、全てが仕組まれた『お芝居』なのだ。


 試練の内容を決めるクジ引きは、必ず『共同』が出るようになっていた。

 それは、受験生に協力しあうことの大切さを教え、同時に友情を育ませるための仕掛けであった。

 受験生同士が協力して礼拝堂まで行き、祭壇に置かれた宝箱を持ち帰る。

 往復に掛かる時間は2~3時間―― 当然、過去の受験生達が、この試練を失敗したことなど1度もないし、勿論不合格になることもなかった。


 以前は、入学試験の内容は様々で、不合格になる受験生も珍しくなかったが、グレシアが神官長に就任してからは、全員を合格させるように、方針が変わっていたのだった。


 今回も2~3時間で戻ってくるだろう。

 グレシアはそのように考え、戻ってきた受験生達の為に、昼食の準備をさせていたのだった。


 ところが、今日の受験生達は、5時間を過ぎてもまだ戻って来ない。

 もしかして、迷宮内で想定外の事故が起きたのかもしれない!


 3人の先生が、受験生達の捜索に向かったのだった。


   ・・・・・・


「マチルダ先生、どうでした? そちらの道にいませんでしたか!?」


 強面の目付きの鋭い男―― 受験生を校門で迎えた教官が、若い女性に声を掛けた。

 しかし、女性は首を横に振る。


「こっちにもいませんでした、ゴランド先生…… この道には、人が通った形跡がありませんでした」


「そうすると、後は真ん中の道か」


 しかし、すぐに真ん中の道からも男が現れた。


「おーい! この道にはいなかったぞ! 2人はどうだった!?」


 男の言葉に、ゴランドとマチルダの2人は深い溜め息を吐いた。


「ロイル先生もですか…… 3つの道のどこにもいないということは、この礼拝堂内にいるのでしょうか?」


 しかし、この礼拝堂の中にも受験生達の姿はない。

 3人が、もう一度引き返して探しに行こうとしたとき、女性が現れた。


「神官長様!」


 現れたのは、グレシアだった。


「どうやら、まだ見つかっていないようですね…… しかし、受験生達がこの礼拝堂まで辿り着いているのは間違いないようです」


 グレシアは、ゆっくりと祭壇に近付いていく。


「ご覧なさい。ここに置いてあった宝箱がありません」


「本当だわ! では、受験生達はここまで来ていたのですね」


「神官長様。それでは、受験生達はその後どこへ行ってしまったのでしょうか?」


 グレシアは、少し考えた後


「1つだけ心当たりがあります。あなた方は、この迷宮が『大予言者にして大賢者』と謳われた、初代神官長グリーマン様がお造りになられた物であることは、存じていますね?」


 グレシアの質問の意図が分からず、マチルダが逆に質問する。


「あの、神官長様…… その事が受験生達が消えたことと、何か関係があるのでしょうか?」


「実はこの迷宮には、グリーマン様しか知らない『隠し部屋』が存在する、という噂があるのです」


「えっ? この迷宮に隠し部屋ですと!?」


「そうです。当時の文献には、グリーマン様は、死の直前にお姿を隠された。そして、最後に目撃されたのが、この迷宮に入っていく姿だった―― そう記されていました。きっとその隠し部屋で、グリーマン様は最期を迎えられたのでしょう」


「神官長様は、受験生達がその隠し部屋を発見した―― そうお考えなのですか?」


 グレシアは頷いた。


「これだけ探しても見つからないとなると、その可能性は否定できません」


「まさか!? 数百年もの間、誰にも発見されなかった隠し部屋―― 本当にそのような場所があるのでしょうか? しかも、まだ年端もいかない子供達が、それを発見するなど!?」


「確かに、ロイル先生の言う通り、隠し部屋の存在は未だはっきりしておりません。しかし、存在を示唆するヒントは残っているのです」


「ヒント?」


「その祭壇の後ろの壁には神聖文字が記されており、その文字を残されたのがグリーマン様である、ということが、代々の神官長に伝えられているのです」


「その神聖文字は、本当にグリーマン様の残された物なのですか? 神聖文字は、現代においても殆ど解読されていないというのに、グリーマン様は神聖文字の読み書きができたのですか?」


「それこそが、グリーマン様が大賢者と呼ばれた所以なのです。グリーマン様は、現代では失われた【神代魔法】が使えたそうなのです」


 神代魔法―― それは神々がこの世界を統治していた『神話の時代』に使われていた、と伝えられる魔法のことである。


「グリーマン様は、その神代魔法の力で、予言の能力だけでなく、神聖文字の解読もできた、と伝えられているのです」


「では何故、未だに神聖文字の解読は進んでいないのですか? グリーマン様なら、神聖文字の解読を1人でも進められたのではないのですか?」


「ところがグリーマン様は、神聖文字の研究をお止めになるように、と国王様に進言されているのです」


「どうしてそのような事を!?」


「神聖文字は私達が使う文字とは違い、中には『文字を読んだだけで命が奪われてしまう』という、恐ろしい呪いの掛かったものまで存在するそうなのです」


「呪い…… それで神聖文字の研究が、数百年間も途絶えていたのですね。それなのにヒントが神聖文字で書かれているなんて、グリーマン様は随分と意地悪ですね」


「そういえば、今日の受験生の中に『神聖文字の解読』を特技にしている者がいました。もしや、彼が壁の文字を読んで、隠し部屋のヒントを解いたのかもしれないですね」


「隠し部屋に関する文献は全く残っておりませんが、受験生達の消えた理由が他には説明できません。きっとこの礼拝堂のどこかに、隠し部屋に通じる道がある筈です。皆で手分けして探すのです」



   ◇ ◇ ◇



 グレシア達4人は、礼拝堂の中を端から端までくまなく探したが、何の手掛かりも見つからないまま、時間だけが過ぎていった……


 グレシア達が焦燥しきっていたその時だった!


 ボーン!


 時計が指している時間は『17:56』―― 時報が鳴る時間ではないのに、突然柱時計が鳴ったのだ!


 4人の目が柱時計に集まる。


 なんと、柱時計が光を発しているではないか!?

 そして、その眩しい輝きの中から、人の姿が浮かび上がってきたのだった!


 それを見た4人は、一斉に柱時計に向かって走り出した!

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