第2話
あれは一年ほど前の事だった。
高校に入学して、一か月がたったころ。
俺は、クラスで浮いていた。
みんなから距離を置かれている気がする。
みんながあまり話しかけてこない。
高校生活はどんな面白いことになるのか、楽しみにしていただけに、ちょっと残念だった。
友達と呼べるような人は二人しかいない。
一人は、幼なじみの依乃李。
なんと、小学校、中学校に引き続き、高校まで同じクラスになれたのだ。
昔なじみがいる、というのは、とても心強い。
もう一人は、学年一の人気者、桜田理央だ。
理央は、入学してから、初めて依乃李以外と話したやつだ。
最初の席順の時、理央は俺の一つ前の席だったので、自然と話すようになった。
好きな曲や靴などの趣味が合うので、よく話している。
俺がクラスにいるときは、大体この二人のどちらかと過ごしている。
その日の放課後は、たまたま依乃李も理央も部活だったので、帰宅部の俺は、一人で帰ることになった。
帰り道の途中、俺は古本屋を見つけた。
その古本屋は、高校から徒歩十分ほどのところにある商店街の一角で、ひっそりと営業していた。
初めて訪れる店で、ゆっくりと、面白そうな本を探す。
一人で暇だった俺にとって、とても楽しかった。
「すみません、これください」
「お、若いの、いい本選ぶじゃねぇか」
レジに選んだ本を持っていくと、店主のおじさんにそんなことを言われた。
俺が選んだのは、『虚栄の市』だ。
この古本屋に置いてあったのは、全六巻のほうだったので、俺は、その第一巻を購入することにした。
「お前、新井田高校の生徒か?」
「はい、そうです」
「そうか。ちょうど二年前に同じ本を買っていった新井田の一年生がいてな。それを思い出した」
へぇ、新井田の生徒に。
二年前だとしたら、今、ちょうど、高校三年生か。
「名前がな、エミリーって言うんだが。わかるか?」
「エミリー先輩、ですか?」
エミリー先輩。両親の仕事で日本にやってきた、イギリス人で、金髪の先輩だ。
去年のミスコンで優勝した、学校一の美少女だ、と理央が言っていた。
一年生の間でも、話が上がるほど、とても有名な先輩だ。
「これをその、エミリーって生徒に渡してくれないか? 最後にこの店に来た時にこれを忘れていったんだよ」
そう言って店主さんが渡してきたのは、紫のしおりだった。
表には紫のアネモネの押し花が。
裏には丁寧に文字が綴ってあった。
【旧校舎 3F】
そう書いてあった。
「わかりました。届けてみます」
「おう、頼んだわ」
俺は、ビニール袋に入った本を受け取って、店を出た。
次の日。
俺は旧校舎に、しおりを届けに行った。
三階の一番奥の部屋に、エミリー先輩はいた。
エミリー先輩は、長い金髪を下していた。
初めて会ったとき、彼女はうどんを食べていた。
「君も食べる?」
「いやいいです」
それが初めて交わした会話だった。
俺は、うどんを食べ終わったエミリー先輩に聞きたいことがあった。
「エミリー先輩、この教室で何やっているんですか?」
「えー? それ聞いちゃう?」
「聞いちゃいます」
部屋の中央のデスクの上に置かれた、立派なパソコンが目立っている。
そのほかにも、冷蔵庫、テレビ、コンロなどなど。明らかに私物のようなものまであった。
「えっとね、私、実は小説家やってるの」
「え?」
小説家? エミリー先輩が?
どうやら、高校一年生の時に、新人賞で受賞して以来、文章をここで書いて、出版社に送る生活を続けてきたらしい。
しかし、こんな身近に小説家がいるなんて驚いた。
「エミリー先輩、俺そろそろ帰りますね」
しおりを渡した後、好きな本の話をして盛り上がったが、時間は午後七時頃。
そろそろ家に帰って、夕飯を作らねば。
「わかった、じゃあね、幸也。今日はありがと」
「いえ、大したことはしてないんで。それじゃ」
「うん、じゃーねー」
俺は旧校舎を後にした。
それから、俺は、ほぼ毎日旧校舎を訪れるようになった。
放課後に旧校舎を訪れ始めてから、約二か月。
俺はエミリー先輩のことが好きになっていた。
理由はわからない。
純粋に、好きになったのだ。
自分の気持ちを自覚した、次の日。
あの日、俺は、いつものように放課後の旧校舎を、訪れた。
合うのがいつもより楽しみで、ずっとワクワクしていた。
いつもの時間。
いつもの部屋。
そこにエミリー先輩がいるだけで、全部が素晴らしく思える。
だが、その日。
そこに、エミリー先輩だけがいなかった。
エミリー先輩が、高校を辞めた。
そのニュースは、朝の学校を駆け巡っていった。
俺の机の上には、二枚のしおりが置いてあった。
一枚は、俺がエミリー先輩に届けた紫のアネモネのしおり。
そして、もう一枚は赤いバラの絵が描かれたしおりだった。
「そう、か」
赤いバラの花言葉は、『あなたを愛しています』
紫のアネモネの花言葉は、『あなたを信じて待つ』
俺の、やるべきことは、明白だった。
気付けば、俺は、学校を飛び出していた。
俺はエミリー先輩を追いかけなくてはならない。
エミリー先輩は、俺を、信じているのだから。
向かったのは、例の古本屋。
案の定、エミリー先輩はそこにいた。
「ねぇ、幸也。授業を抜け出しちゃダメでしょ?」
優しく諭すような言葉遣いで、エミリー先輩は話しかけてきた。
「俺は、信用に答えただけです」
「そっか」
エミリー先輩は、涙をこらえていた。
「なんかさ、怖くなったんだ」
そう言って、エミリー先輩」は語りだした。
両親がいなくなってしまったこと。
親族が、自分を忌み嫌っていること。
無理矢理、イギリスに連れ戻されてしまうこと。
小説家を、やめさせようとしてくること。
すべてを語ってくれた。
その間、俺は、ずっと、彼女のそばにいた。
「エミリーさん……」
「だからね。信じたのが、幸也でよかった」
俺は、エミリーの両肩を、強くつかんだ。
「エミリーさんっ!」
「……っ!」
こちらを向いたエミリーの顔は涙でぐちゃぐちゃだった
「一人だったら何もできないかもしれない。でも‼ もしかしたら、二人なら‼ だから、俺が、味方に、なります」
俺がそういうと、エミリーさんは、とてもうれしそうに、笑ってくれた。
この笑顔を、俺は。
「俺は、エミリーさんが好きだ」
「うん……!」
「俺と、付き合ってください」
「はい……!」
その日から、俺らは付き合い始めた。
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「幸也―、おそーい」
スーパーからの帰り道。俺らは商店街を歩いていた。
商店街を通ると、いつもあの時の事を思い出す。
古本屋を出た後、二人で手をつないで、俺の家に来たんだっけ。
当時はまだ初々しかったので、お互い、距離を探りあっていた。
「ゆーきーやー、遅いー!」
そう言って、エミリーが俺の腕を、強く引っ張った。
「エミリー」
「なーに?」
ツインテールを揺らしながら、そう聞かれる。
「大好き」
「私も好きー」
そうやって、にへらと笑うエミリーは、最高にかわいかった。
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