命題17.夜王 クロノス 4

 若くして在位に着いた賢王の治世により、軍事大国から世界最先端の技術を誇る学術大国になったエクセリシア帝国。

 アダムスの弟子、エドアルド・ダールマンが在住し、治癒術師として国に仕えている国でもあり、今はランプの一つ、黄金の賢者・ソルフレアも王からの支援を受け、研究を進めている国でもある。

 世界的に見ても、彼の国の存在は大きい。識字率も高く、治安も安定している。

 そして、千年の歴史を持つエクセリシア帝国の建国伝説は有名である。


 ――エクセリシア帝国の建国三王だ。


 初代は黄昏王と呼ばれている。

 当時、騎士だった彼が仕えていた国は内部から腐り、混迷を極めていた。

 彼は自らその国の王の首を取り、自身が王となった。それ自体は蛮行だが、善政を敷き民の信頼を勝ち取った。

 次に、周囲の国々を打ち倒し、吸収し、一つの大きな国としてまとめあげた。


 彼には二人の息子がいた。

 兄は病弱で、日の光の下に出ると肌が焼けただれる。一日中部屋に閉じ籠っていた。

 弟は利発で優秀だったが、黄昏王が老いてから儲けた子だったので、とても幼かった。


 黄昏王が死した後、兄が王となった。

 日の光に弱い彼は、夜のみ精力的に活動するようになった。

 聡明で美しく、騎士だった父王以上に迫力のある王だったという。

 年の離れた弟とも仲が良く、よくあれこれと議論を交わしては笑い合っていた。

 夜のみ敏腕を振るう彼は、人々から夜王やおうと呼ばれた。


 それでも夜王は病弱だったため、早くに亡くなった。だが、その頃には弟も成人し、若くして父兄と遜色ないほどの威厳を備えていた。

 兄の夜王が国の地盤を固めていたため、弟はそれを足掛かりに国を成長させていった。

 彼は黎明王と呼ばれ、エクセリシア帝国において、建国最大の功労者と言われている。



 * * * * * * 



「――と、これがエクセリシア帝国の建国三王の話。中央の大陸では子供たちも知ってる、有名な伝説だよ」

「へぇ。エドアルドさん達がいる国って、こんなに歴史も古かったんですね……」


 アダムスの話に感心しながら、ステラは頷いた。

 先日、ロメオやジュリエッタ達と共に昼間のお茶会を開いてから、数日が経った夜。

 ここ最近、アダムス、テオ、ステラは夕食後に薬包みの仕事をするのが常となっている。治癒術師アダムスの弟子になってからは、雑事をしながら知識を教わる事も多い。


「そう。だけどこの夜王やおうには、元々ちょっとした噂もあってね」

「あぁ、吸血鬼だって話だろ?」


 なんてことない様子で、テオが口を挟んだ。薬包みが苦手な彼は、眉間に皺を寄せながら語る。


「日の光に弱いとか、美しい姿をしていたとかから連想されただけだ。ただの噂だよ」


 吸血鬼の口から言われ、ステラは「確かに……」と頷いた。しかし、アダムスが頭を抱えるようにそれを否定する。


「それがさ……実は本当みたいなんだよね」

「まさか、替え玉って噂が?」

「うん、そう。夜王やおうは即位後からガラッと様子も変わって、弟ともよく会話するようになった。夜王やおうが子を残さず姿を消したのは、弟――黎明王が即位するために十分成長しきったから。つまり、時間稼ぎとして彼に協力していたんじゃないかって話」

「まっさかー! たまたま、種なしだっただけなんじゃないのか?」


「たね、なし……?」とステラが首を傾げていると、足元から低く太い、重みのある声が響いてきた。


「本当だ」


 三人が目線をテーブルの下に移すと、寝転がっていた狼王ろうおうが起き上がり、昔を懐かしむように話し始めた。


「遥か昔、我々人外、魔物と呼ばれる存在は今よりもずっと崇拝されていた。だからあり得ないと思うかもしれないが、きっとあの吸血鬼は、人間と仲良くなったのだろう。本人はそれを悪戯に言いふらさない。だが、同じ時代を生きた我らは知っている。自然と耳に届いた。そして我らも、それを悪戯に言いふらさなかっただけの事。今回の事があるから、我はフィルルにだけは話した――……」


 真ん丸の目を細め、ここではない遠くを見つめると同時に、彼の言葉は消え行くように終わる。

 テオが口を開いて、結局口をつぐんだ。百五十年ほどしか生きていない彼では、千年以上を生きた者に否定や反論はできなかったのだろう。

 ステラに至っては、全く別の世界の事すぎてよくわからなかった。魔物の歴史や存在の仕方も、勉強を始めたばかりの少女には知らない事が多すぎる。ただ、無知な自分はありのままの事を「そうなんだ」と理解することしかできない。

 不可解と郷愁が漂う空気の中、アダムスが話を続ける。


「その、夜王やおうがここに来るんだ。吸血鬼たちが過ごせる世界や国を作るため、近いうちに――」


 ドン――!


 と、空気が鳴動した。

 音が広がるように、空気の波が治療院に押し寄せたのだ。

 三人と一匹は思わず立ち上がり、そして動きを止めた。

 ステラは思わず、息苦しさに胸を押さえる。全身の毛が逆立ち、鼓動が早く激しくなっていく。恐怖だ。久々に感じる、生命に関わるほどの威圧感だ。

 自然と外へ――壁の向こうへ視線が動いた。そこに窓はないのに、向こう側に巨大な存在がいる事を確信する。


 いち早くテオが駆け出した。マルテの様子を見に行ったのだろう。バタバタと激しい足音で、ステラもふと我に返る。それでもまだ、巨大な威圧感は消えない。油断すると潰されてしまいそうだ。

 アダムスの傍に行くと、彼は白銀の瞳をこちらに向けて小さく頷いた。少女が小さく伸ばした手を取り、ゆっくりと外へ向かった。


 ドアを潜って一歩外へ出ると、外気が逆立った毛を撫で、ほんの少し気持ちが落ち着く。

 空には雲一つなく、満月の美しい夜だ。月光の下、いつの間にか大剣を構えたブロスケルス、ヴェルデリュート、ツリーハウスの渡り廊下には、顔色の悪いフィルルも顔を覗かせていた。


「嬢ちゃんたちは下がっとれ」


 ブロスケルスの低い声が小さく耳に届く。構えた大剣が微かに震えている気がした。

 彼らは一様に、森の奥深くを睨みつけている。

 ステラも釣られて、視線を森の奥へと投げた。そういえば、精霊たちがいない。夜といえば光の玉の姿をした精霊たちが飛び交っていて綺麗なのだ。

 しかし、目の前の森にはそんな光の姿は一つも見当たらない。

 精霊たちに何かあったのか――一抹の不安を覚えながら、ステラは森を眺め続けた。


 威圧感、何者かによる存在感が、どんどん近づいてくる。いつの間にかすぐ隣に、巨大な狼となった狼王ろうおうも佇んでいた。


 ふと、森の奥に光が見えた。精霊だ。

 ちら、ちら、と見えていた彼らの数が増えていく。まるで多くの人々が森の奥からランタンを掲げてこちらに近づいてくるように、それは人外専門治療院へと近付いてきた。

 光は森を抜け、治療院の広場へとたどり着く。


 まるで光の波、光の水面が宙空にできたかのようだった。精霊たちの動きが波のように揺蕩たゆたい、ステラ達の周囲まで広がっていく。


 その波が、ゆっくりと大きく割れていく。まるで誰かを通すように、治療院の入り口まで誘うかのように道を作る。

 その先で、森の奥から一つの人影が月光の下に姿を現した。

 紫紺の夜色をした、地面に届くほどの長い髪は彼が一歩進むたびに煌めき、美しい容貌が精霊たちの光で照らし出される。

 右腕が無い青年だった。


 あぁ、彼が夜王やおうなのか。そう、本能で理解した。

 合成獣キメラであるステラには、吸血鬼の灰が使用されている。

 その灰が伝えていた。その灰がステラに教えていた。


 彼の右腕が、自身の身体の一部となっているのだと。


 吸血鬼――夜王やおうクロノスは、口の端をゆっくりと上げて微笑んでいた。

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