命題15.黒鉄の戦士 ブロスケルス 4

「――て。起きて、ステラ」


 心地よい微睡みを不躾に揺さぶられ、ステラは眉をひそめつつも言われるがままに目を開けた。

 眠たい目を擦りながら、ゆっくりと上体を起こす。アダムスの疲労の色の濃い顔が、少女を覗き込んでいた。

 窓の外が真っ暗なのに驚いて、ステラはへたり込んでいた耳をピンと立てた。

 ブロスケルスが満足するまで話を聞いた後、ベッドに促された。昨晩からの疲れが溜まっていたのか熟睡してしまったのが、日が傾き始めた頃。随分寝過ごしてしまったようだ。

 慌てて起き上がるステラの鼻先をツンと指で突いて、アダムスはため息を吐いた。


「昨日の夜のこと、僕はまだ怒ってるんだからね」

「ア……」


 気まずさの上に更に気まずさを上書きされ、ステラは背中を丸めて俯いた。

 彼が怒ってるのは、ステラが昨晩とった行動の事だ。マルテを庇おうと身をていして死霊の戦士の前に出て行った。せっかく皆のおかげで助かった命を投げ出すところだった。


「ゴメンナサイ……」

「……まぁ、君のそういう所、僕は好きだよ。正しいか正しくないかって言われると、なんとも言えなくなっちゃうし。でも、あまり心配させないでね」


 少女の反省の色を見て、少年は小さく肩を竦めて微笑んだ。

 許してくれたのだとわかって、ステラも顔を上げて苦笑する。

 しかしその表情はすぐに消した。ベッドの上に座ったまま背筋を正すと、ステラは真剣な眼差しをアダムスに向ける。


「フィルルサン達ハ、ドウナリマシタカ?」


 アダムスは小さく息を吐いて肩の力を抜くと、そっとステラの隣に腰を降ろした。


「無事だよ。暫くは絶対安静だけど、もう心臓も動いてるし、さっき意識を取り戻して、また寝ちゃった。マルテもお腹の子も大丈夫、ヴェルデリュートが側についてるからね。彼、ずーっと歌い続けてるよ。テオの怪我もイヴリルが治療してる。まだ疲れてないからって言って、このまま治癒を続けてくれるみたい。後でイヴリルからの長ーいお説教が待ってるから覚悟しておくんだよ! 僕はそろそろ限界だから、一旦休ませてもらう予定。簡単だけど夕食も作っておいたから、後で食べてね」

「ハイ、アリガトウゴザイマス……」


 大きな欠伸あくびをするアダムスをちらりと見て、ステラの胸がズンと重くなる。


「アノ……ゴメンナサイ。私、全然力ニナレナクテ……」

「え? いいんだよ、気にしないで。ステラは治癒術師じゃないし、色々手伝ってくれるだけでもすごく助かってるし」

「デモ、食事クライハ作レタト思イマス。細カイ作業モデキルヨウニナリマシタシ」

「いいっていいって、そんなに落ち込まないで! ステラ、昨晩みたいな事には慣れてないでしょ? 心が疲れちゃうと、身体も疲れちゃうからね。倒れる前にちゃんと休めて良かったよ。今起こしたのも、ずっと何も食べてなかったから、夕食はきちんと食事をとってほしかったからだし」


 励ましを受けつつも、少女は項垂うなだれたままだ。そんな彼女の頭を撫でながら、気分を切り替えようとアダムスは話題を変えた。


「そういえば、あの死霊の戦士、やっぱりブロスケルスの知り合いだったんだね」

「ハイ、古イ友人ダッタソウデス。マルテサンヲ狙ッタノモ、襲ウンジャナクテ、追イカケテタノダトカ……。奥サンニ似テタラシイデス」


 アダムスは眉尻を下げ、「そっか」と小さく呟いた。遠くを見るような白銀の眼差しは、恐らく部屋の向こう、治療院の外。死霊の戦士が捕らえられている場所を見ているのだろう。


「意識を取り戻したフィルルがね、あの死霊の戦士の鎖を解いたんだ」

「……大丈夫ナンデスカ?」

「うん。死霊って、強い想いを持って現世にとどまり続けて、生命いのちあるものに害をなすようになった幽霊の成れの果てなんだ。逆に言うと、死霊が持っている強い想いをどうにかすることで、無害な幽霊に戻す事もできる。未練を晴らすとも言うね。と言っても、その想いは千差万別、叶えられるかもわからないものだから絶対じゃないし、手間もかかるし危険だから手段としては推奨されるものじゃないんだけど……。ステラが眠った後、ブロスケルスが彼に話しかけ続けたからか、かなり落ち着いてるみたいなんだ。あの鎖が死霊の力を奪うものだってのも理由の一つだけどね。だから今、二人で晩酌してるよ。広場のど真ん中で」


 ほぅ、とステラは目を丸くした。ブロスケルスから悲劇的な話を聞いていた手前、どんな様子なのか気になって腰を浮かせる。

 そんなステラに気を利かせたのか、アダムスは間抜けな欠伸あくびをしつつ、去り際にこう言った。


「二人のためにおつまみも作ってあるんだ。良かったら持って行ってあげてよ、僕はもう寝るから」

「ワカリマシタ。オヤスミナサイ、オ疲レ様デシタ」

「ステラもお疲れ。おやすみ」

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