幕間 ロメオ・ガリレイとムカつく再従兄

 一話読み切りの番外編です。次回からはまた本編に戻ります。

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 天才。


 自身の技術をそう評されて、とても嬉しかった。

 なんて言ったって、世界でも片手の指に入るほど有名な魔法道具職人の一族・ガリレイ家に生まれた俺が、そのガリレイ家の現役職人たちに言われたからだ。

 それってつまり、世界的な基準で見ても天才ってことだろ?


 しかも俺は獣人として生まれた。

 毛だの翼だの獣の手だのが邪魔で、獣人が職人系の仕事に就くのは難しい。実際に、ガリレイ家の血を引く俺の両親は、一族の仕事の中でも事務や売買の仕事をしている。

 そんな中、職人として評価されるってのはまぁ、両親も喜んでくれるってもんだ。

 土地によってはかなり冷遇されたりもするらしいしな。

 ま、仕方ねぇよなぁ。いかにも獣人ですって外見してる奴らを見たら、獣人っていう存在をよく知らない連中は、出された料理が美味いかよりも、毛が入る可能性を考えちまうんだろ。

 その点、俺は背中に鷲の翼が生えてる事と、鳥目だから夜が苦手だって事以外は、人間と大差ない。いわゆる二割獣人ってやつだ。


 それでも獣人は獣人。

 だから、誇らしいもんは誇らしい。

 火を使うのは苦手だけどな。前に一度、翼に火の粉が飛んでちょっと焦げた事があるし。


 そんなこんなで、当然は鼻高々だよ。大人や兄弟子たち顔負けのモノを作りまくって唸らせて、ガリレイ家の次期当主の座も当然俺のモノ――――になる、はずだった。


 ジジイ連中が選んだのは、凡才の再従兄はとこ、マキュシオ・ガリレイ。

 俺より五つも年上の癖に、不器用でよく失敗作を量産していた男だ。


 黒髪の頭はいつもぼっさぼさで、でっかい眼鏡かけて鈍臭い。ダサい。地味。そしていつも周りにぺこぺこしてる、冴えない男だ。

 でも気が弱いかと言ったら、客にも兄弟子たちにも、ジジイ連中にまではっきりと意見を言う。その辺りの緩急が不思議な奴だ。

 マキュシオの周りにはいつも人が集まってた。


 そして、大した事ができるわけでもないくせに「ロメオくんロメオくん」って四六時中くっついてくるのも心底ウザかった。鬱陶しくてたまらなかった。


 そんな奴に負けたなんて認めたくなくて、十九の時に家を飛び出した。

 ガリレイ家ともよく商品のやり取りをしてて、俺に目をかけてくれてたルヴァノスさんの館に転がりこんで、パトロンになってもらいつつ腕を磨いた。

 その間、ガリレイ家には一度も帰っていない。

 マキュシオが何度も手紙を寄越してきたけど、返事を書いたことは一度もない。

 ひたすらに皆を見返してやりたいと思って、年中研鑽けんさんに励んだ。

 誰にも認められてない気がしたんだ。俺の周りには、マキュシオみたいに人は集まってこなかったし。


 それからルヴァノスさんの紹介で、精霊の森にあるっていう治療院の手伝いに行った。

 そこで、有名な治癒術師エドアルド・ダールマンと共同で魔法道具を作成する機会を得た。貴重な経験だ。なんて言ったって、このおっさんは魔術義肢っていう医療用の魔法道具の開発者だ。ガリレイ家のジジイたちも協力してたから、よく知ってる。

 本当はもっと自分の力を見せ付けたかったけど、エドアルドのおっさんに真正面から褒められて、なんかこう、皆を見返してやろうって気持ちがどこかに行っちまった。

 自分でもびっくりだ。

 なんつーか不思議なんだけど、あの治療院は楽しかった。誰かとあんなに話したのも久しぶりだし、自分の技術を褒められるのはともかく、感謝されたのは――新鮮だったしな。

 毒気を抜かれたって言うのかね。


 多分、家を飛び出した頃の俺だったら、素材を取りに行くか、道具を作るかどちらか選べと言われたら、確実に道具を作る役割を選んだだろうな。

 俺は、素材を取りに初冬の雪山に登っていった。


 一ヶ月かけて素材の魔法鉱石を採ってきて、一旦治療院に戻って半日休んだ。

 雪山半端ねぇ。鷲の翼で自分を包めなかったら凍死してたかもしれない。

 治療院では素材――というかこれを使用して製作する魔法道具、を必要としてる張本人がぐーすか眠り続けてやがった。呑気なもんだ。

 あいつも色々大変みたいだけど、俺は誰かの事情に首突っ込んで親身になってお節介焼く、なーんてご親切な性格してねぇから、まぁ頑張れって感じ。


 休んだら、エドアルドのおっさんと一緒にガリレイ家に帰還した。

 現当主のジジイに一発、親父に一発ぶん殴られ、お袋には泣きながら五発ビンタされた。お袋のが一番痛ぇ。

 久々に会った兄弟子たちは、腫れ上がった俺の顔を笑ってたが、工房に戻る事を受け入れてくれた。

 素材を受け渡して、皆と少し話をするつもりが盛り上がって夜を明かしちまって、今はもう明け方。


 雪山での疲労が残ってるから、ベッドにうつぶせに倒れたらもう、指一本動かせねぇ。

 木でできた部屋――ってのは治療院での滞在中に借りてたツリーハウスと同じに思えるけど、やっぱり家の中の一室だと雰囲気が違うな。部屋の周囲までがっつり囲まれてる程よい閉塞感がある。

 窓のカーテンから朝日が入ってくる光景も、味があるもんだなぁ。二年ぶりの自室だからかな。二年で随分年寄りみたいな事を考えるようになったな。

 外では兄弟子たちが作業を始めてるから、金属を叩く音や掛け声、たまに怒声でうるっせぇ――んだが、この騒音も懐かしくて心地いい……。


 もう無理。上まぶたと下まぶたが目の前でいちゃいちゃしてやがる。


 湿布ごしの頬に何か当たった。

 どうにか下まぶたから上まぶたを引き剥がすと、小さな金色の塊がガン見してきてる。

 そういえば、いたな、こいつ。すっかり忘れてた。


「お前、ジュリエッタ……マジでこんな人間社会のど真ん中に付いてきて良かったのか?」


 雪山での道案内にと同行してた吸血鬼。こいつにとって人間は脅威のはずなのに、何故かここまで一緒に来ちまった。ま、こうしてコウモリの姿のままでいれば問題ないだろうけど。


「もう動けないし、お前の飯の分の聖水、出しておけそうにないわ。俺は寝るけど、いつもみたいに勝手に血吸っていいからな……」


 大人しいから納得してるみたいだ。

 この女、なんだかんだで気が合うんだよなぁ。雪山での辛い道中も結構楽しかったし。

 顔半分にひどい火傷の跡があるから、コウモリの姿でも顔半分が可哀想な事になってるんだよなぁ。初めて見た時はびっくりしたっけ。

 そう言えば、こいつと何か約束してた気がする……いや、約束だったか? 何かやる事があった覚えが…………。


 無理だ。身体がどんどんベッドに沈んでいく。もう、意識が飛びそう――――


 バァン!


 全身がビクッとした。なんだよ、ノックも無しに部屋に誰か入って――


「ロメオくーーん!」


 今一番聞きたくなかった声だ。マキュシオ――これだからこの再従兄はとこは。

 腰の横辺りのマットレスが大きく沈んで、あいつの気配がぐっと近くなる。

 もうこれだけでうるせぇ。


「ロメオくん、おかえり! ずっと待ってたんだよ、なんで手紙の返事くれなかったんだい? ずっと会いたかったのに!」

「……帰れ……」

「帰れも何も、僕は出てったわけじゃないからなぁ。そんな事よりさ、君が採掘してきたっていう魔法鉱石を見たよ! 超純度の水晶鉱石、使用者やその環境に寄って色を変化させる魅惑の素材! あぁ、いいなぁ……浪漫だよねぇ使用者によって色を変えるなんてさ。あんな珍しくて魅力的な素材、僕も触ってみたい。気に入った人に渡してどんな色になるのか見てみたい、職人の夢だよねぇ。あれでダールマン氏とじいさま達が何か造るんでしょ? 僕も見学していいかな?」

「話を聞け……マジで帰って……」

「ダメって言っても勉強させてもらうからね! それと、君がいない間も、ルヴァノスさんから話を聞いてたよ」

「お願いします……寝かせて」

「ロメオくん、やっぱりすごいよ。ずっと技術を磨いてたんだってね。僕も頑張らなくちゃ。ねぇ、どんな新しい物を作ったのか今度聞かせて……あれ、そのコウモリ、珍しい毛色だね? 怪我してるのかな」


 ジュリエッタ、なんで隠れなかった……いや、突然現れたマキュシオが悪い。仕方ない。毛布をかけてやろう。俺の目の前で丸くなって目を閉じやがった。お前も寝るのかよ。いや間違ってねぇよ、吸血鬼だもんな。間違ってねぇわ。

 あ、そうだ。思い出した。


「こいつの、仮面を作ってやろうと思ったんだ」

「仮面?」

「かめん……いや、女の子だから帽子を着けて、花を着けて、可愛くして、あと……」

「その子、雌なんだね。細かい作業になるだろうけど、おもしろそう! ねぇ、僕にも手伝わせてよ。実は一度でいいから、君と一緒に何かを造ってみたいと思ってたんだ」

「あぁ……あぁ?」


 さっきから何度も意識がふわっふわっと飛びそうになってる。目もちかちかする。もう限界だ。眠い。疲れた。マキュシオが何か癪に障る事を言ってる気がするけど、頭に入ってこない。


「実は、話があってここに来たんだ。これは手紙にも書けなかったんだけどね。僕は君を尊敬しているんだ」

「えぁぁ……?」

「本当に、心から尊敬してる。じいさまが僕を次期当主にって言ったのは、僕自身も納得がいってない。だってロメオくんの方がずっとずっとすごいもん。あれはまだ正式なものじゃないよ、酒の席でじいさまがポロッと言った事だし、君が次期当主になる可能性も十分ある」

「…………」

「でも、負けたくない。僕もこの二年、すっごく頑張ったんだ。それでもまだロメオくんには負けるかもしれない。ロメオくん、いつもいつも夜遅くまでずっと勉強して、道具作りをしてたもんね。僕、ずっと見てたからさ。天才って言われてるのに、そうやって努力してる姿が、すごくかっこいいって思ってたんだ。年下に対して変かもしれないけど、本当に、そう思ってる」

「…………」

「そんな君と並び立ちたい。それに、ちゃんと友達になりたいって思ってるんだ。突然出て行く前に、僕に相談してくれるようなさ。一緒に切磋琢磨しよう、きっと楽しいと思う」

「…………」

「そしていつか絶対に、尊敬する君を追い抜いてみせる! 誰もが――君と僕が心の底から納得できる形で、次期当主の座を勝ち取ってみせるよ」


 そうだ。思い出した。

 ウザい。ダサい。鈍臭い。うるさい。鬱陶しい。

 マキュシオの気に入らない点はたくさんあるが、その中でも一番気に入らなかったことがある。


 俺と同じくらい、毎日毎日工房で、夜遅くまで努力していたこと。

 ずっと俺の隣で、鈍臭い手つきで道具を弄ってたこと。


 その点においてこいつは、天才と言われるこの俺様と、常に隣に並び立っていた。


 あぁ、だからマキュシオにムカついてたんだ。

 すごい奴だから。

 何度失敗しても、諦めずに挑戦してた。たまに泣きながら、でも手を止めなかった。

 正直、二人っきりの工房でそんな事されて居たたまれなかった事は、星の数ほどある。

 それだけ思うように結果が出なかったら、才能がないと痛感したのなら、俺だったらとっくに工房を出て行ってただろう。職人になることを諦めていたと思う。

 だから、ガリレイ家の工房で、俺が一番尊敬していた奴だったんだ。


 は、とつい笑ってしまった。

 それってつまり、あれだろ? 好敵手ライバルって奴だったんだ。しかも、お互いがそう思ってた。俺の方は、今の今まで無自覚だったけど。

 そんな間柄が協力したら、何ができるんだろう―――


 そこまで考えて、俺の意識は途切れた。

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