命題12.白日の治癒術師 アダムス  1

 ステラが目覚めてから数日が経った。


 前回の施術しじゅつ結果を踏まえ、アダムス達が施術しじゅつ時の苦痛を抑えるための薬草の使用方法や、魔術の見直しも終わっている。


 彼らに再三謝罪されたことだが、残念ながら施術しじゅつ中の痛みを失くすことはできないらしい。それでも皆が精一杯の事をしてくれたのは理解している。イヴリルも、ステラが内心怖がっている事を秘密にしつつ、先日以降もこっそり話を聞いてくれた。


 後は、不安定な合成獣キメラの身体を繋ぎとめているいびつな魔法道具――首と腹を貫く鉄棒を抜き、変わりに魔法鉱石で作った身体維持装置を埋め込むだけだ。

 魔法鉱石はロメオが雪山で採掘してきたものを使用し、加工はエドアルドとロメオの実家、有名な職人一族のガリレイ家が担当してくれた。

 既に出来上がっており、後は今日、二人が来るのを待つだけだ。

 そしたら明日、ステラの最後の施術しじゅつが始まる。



 雪を握る手を止め、ほぅ、と白い息を吐く。天気はたまに晴れ間が見える曇天どんてん。昨日や一昨日よりも、ほんの少し気温が高い。

 そんな世界の下、ステラは治療院の玄関前で、ブラウシルトと大きな雪だるまを作っていた。


 なんというか、暇なのだ。

 ステラは要安静と言いつけられており、いつものように掃除や聖水汲みといったお手伝いもダメだと却下されている。明日に備え、体力を温存するためだ。

 どうしても外に出たい場合は、誰かを同伴すること。それが、ステラが自由に出歩くための条件である。

 足枷を外す施術しじゅつの前に、ステラは死霊たちに襲われた。彼らの目的は、ステラを仲間にすること。つまり、ステラを殺すことにある。

 彼らがどこまで本気かはわからない。やろうと思えばいつでも治療院を襲えるだろうが、死霊たちの巣窟そうくつである泉を離れると彼らの力は弱まる。付近に行くと危険だが、治療院にいれば安全だろう。というのが、ソルフレアの見解だ。


 だから、外へはあまり出られない。仕方ないと思いつつ、何かをしていないと落ち着かないステラには少々きつい。

 いつも誰かに助けられている、そんな自覚が強くある。だから自分も、誰かの力になりたいのだ。

 しかし今はその時ではない。わかっている。


 大きく深呼吸すると、鼻先を刺す冷気が痛くて思わず眉間に皺を寄せた。

 両手に持った雪を意味もなく握り続けながら、ぐるりと周囲を見渡す。道以外は腰の高さまで降り積もった一面の銀世界。真っ白な静寂。この森は、本当に静かになってしまった。

 精霊たちの姿は相変わらず見えない。死霊たちの力が強くて、彼らが弱ってきているらしいのだ。

 こちらもステラの施術しじゅつ同様に、大きな問題となっている。


 元々、アダムスが精霊の森で治療院を開けたのも、条件の一つとして「泉の呪い――死霊たちをどうにかすること」を呑んだからだ。反故ほごにするなど、あってはならない事である。

 そうでなくとも、このまま放置すれば精霊の森の存続自体が危うくなる。

 早々に解決すべき問題だが、この点については皆して余裕があるようだ。解決策があるなら、素人のステラが口出しすることではないだろう。


 暫くたたずんで思考をまとめ終えたステラは、目の前の雪の塊に意識を戻した。

 ただでさえ無口なブラウシルトは、口を真一文字に引き結び、黒い手袋を着けた手で雪だるまの形を整えている。

 金髪碧眼の美しい青年が真剣な表情を浮かべる様は、妙齢の女性であれば誰もが見惚れるのだろう。だが、今彼が作っているのは、玄関前の雪を雑にかき集めて作った雪だるまである。やっている事は、女性たちが黄色い悲鳴を上げるそれとは程遠い。

 そしてステラと同じほどの大きさになったそれは、もう雪だるまというよりも雪像に近くなっていた。


 何を作ってるんだろう――。

 ブラウシルトは両腕を上げ、恐らく頭となる上の部分に雪を重ね、形を整えている。何故か横に尖らせているので、どうも人間ではなさそうだ。多分。

 ステラは深く考えることを止め、手に持った雪を雪像の胸の辺りに押し付けた。

 もう、この両手に重い手枷と鎖はない。脚にも、歩く時に邪魔で、少し足取りを遅くしてきた足枷はない。

 合成獣キメラの姿になっていた時、この身体はもちろん、手足の枷が本当に邪魔で仕方がなかった。「お前を逃がさない」と、自分をこんな姿にした男に言われているようで――怖い、辛い、悲しい。そんな気持ちがあったと、解放された今、改めて振り返った。

 首に刺さる鉄棒は、冬の空気ですぐに冷える。ステラはローブの襟を手繰り寄せ、それを隠すように背中を丸めた。


「おーい!」


 突然、背後から聞き慣れた青年の声が響いた。

 嬉しさに目を見開きながら振り返る。真っ白な世界の中に、鮮麗せんれいな深紅の人影がこちらに歩いてきていた。


「ステラさん、お久しぶりです! 紅蓮ぐれんの商人・ルヴァノスですよー」


 ステラは思わず両手で手を振り返った。深紅の厚地のコートに深紅の帽子を被った青年は、深紅のステッキを振って応える。


「ステラさん! 良かった、無事に起きられたのですね」

「おっ。なんだ、元気そうじゃん」


 派手な彼の後ろに隠れて、エドアルドとロメオの二人も顔を出す。

 ステラはエドアルドと軽く抱き合い、挨拶を交わした。人間の彼は、ステラの意識がはっきりとしてきた頃からの付き合いだ。いつもステラを気にかけてくれる。

 反対に、適当な返事をするロメオは、鷲の翼を持つ獣人だ。紅い髪にゴーグルを掛け、魔法道具職人として日々腕を磨いている。治療院前の広場の片隅にある、半分地中に埋まった小屋は、精霊たちが造った彼専用の工房だ。


「ブラウシルト、何してんの?」


 挨拶もそこそこに、ロメオが不愛想な口調でたずねた。


「雪だるまを作っているんです」

「はぁ~、雪だるまって形には見えねぇけど」

「ステラさんを作っているので」


 ブラウシルトの答えに、四人は目を丸くした。

 そんな彼らをよそに、ブラウシルトは横に尖らせた頭を指さして、楽しそうに語る。


「ここが鼻と口です。あと耳を着けて、木の実で目を付けて毛布を被せたら完成です」

「へぇ~…………」

『すごいです。完成楽しみにしてます』


 ステラの賛辞に照れつつも、ブラウシルトは客人を院内に促した。


「えぇっと、他の皆も待っているので、中に入りましょう。明日の打ち合わせも、積もる話もあるでしょうから」

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