命題7.黄金の賢者 ソルフレア 1
爽やかで鮮やかな青が、空一面に広がっていた。
所々に浮く白い雲は分厚く、青とのコントラストが目に鮮烈に焼き付いてくる。
太陽はかんかん照りで、頭に乗せた麦わら帽子を眩しく輝かせる。乱雑に開けられた穴からは茶色いキツネ耳が飛び出し、通り過ぎる風の音に反応してはぴくりと跳ねた。
黄色い花弁を目いっぱい開いた小さな太陽――
少女は、立派に咲き誇るそれをぼーっと眺めていた。
深緑色のマントは、気温の上昇に合わせて薄地の水色のマントに衣替えされた。耳を通す穴の開いた麦わら帽子と一緒に、
とはいえ、やはり暑い。元々人間だった
キツネの頭部に肉球ついた四本指の手、蹄の付いた脚。
何より、首と腹を貫通する鉄の棒は、身体を動かせるようになるほど邪魔で仕方が無く感じるし、手足の枷とそこから伸びる鎖は、鬱陶しくて音もうるさい。
だが、この棒や枷を取り除くことは容易ではない。治癒術師のアダムスが下手に弄ろうとすると激痛が走る。これらは魔法道具として、歪な姿になった少女の身体を繋ぎとめているのだ。
向日葵を見上げていた
それから周囲を見渡し、日陰に生えた少し元気のない向日葵をいくつか手折って腕に抱える。
今日はこの花を花瓶に生けよう。待合室のカウンターと、リビングテーブルに置くのだ。きっと室内が華やかになるだろう。
歌が大好きな彼女は、昔の癖でつい鼻唄を歌おうとする。だが、首を貫通する鉄の棒の影響と、声帯が獣のそれに変化してしまった事で、今回も上手く声が出せなかった。
歌だけではない。少女は人の声を出すことができない。
だから、治療院に来て数カ月は経つのに、いまだに少女の本名を呼んでくれる者はいなかった。伝える術を、少女は持っていなかったのだ。
嫌な事を思い出してしまった、せっかくの楽しい気分が台無しだ。
少女の蹄が、引きずるように土を踏みしめていった。
* * * * * *
巨大樹の立つ広場にもさんさんと陽の光が降り注ぎ、精霊たちが光の玉の姿となってそこかしこに浮いている。その幾つかが少女の側に寄り、治療院に急かすように漂った。
院に近づくと、少女の耳に話し声が届く。正面玄関を入り、左手の扉から廊下を抜けてリビングへ進むと、
「あ、おかえり!」
白銀の髪の美少年、アダムスが少女を出迎えた。聖歌隊として教会で讃歌を捧げていたらとても画になるだろう彼が、屈託のない笑顔を向ける。少女の腕いっぱいの向日葵に気付いて、その白銀の瞳を輝かせる。
「綺麗だね、花瓶に生けるのにつんできたの?」
花を受け取る少年に、少女は「ガウ!」と鳴いて頷いた。
そこに、横から男の声が飛ぶ。
「やぁお嬢さん。今日も暑いですね。」
金髪赤瞳の商人、ルヴァノスが丸椅子に座り、片手を仰ぎながら紅茶を啜っていた。彼は度々この治療院を訪れ、物資を届けてくれている。普段は深紅のインバネスコートと深紅の帽子を被っているが、今日はそれを隣の椅子に置き、黒いシャツのボタンを開け、腕まくりしてゆったりと過ごしている。
そしてその隣に、もう一人の客人がいた。
太陽のような装飾の
ぴくりとも動かない無表情の中、黄金色の瞳だけが少女の方を向いていた。
「紹介します。
その正体に、少女は金色の目を丸くした。
そんな事情があったので、少女は
初対面の相手に、合成獣の少女はぺこりと頭を下げる。だがソルフレアは微動だにせず、ただ一言、
「貴殿の名は?」
端的かつ率直な質問が、男とも女とも付かない中性的な声に乗って飛んでくる。その言葉に、アダムスとルヴァノスが揃って眉根を寄せた。
「残念だけど、名前はわからないんだ。」
「彼女は声が出せないんです。名前を知る
どうしようもないという言葉に、
その様子にソルフレアは大きく舌打ちをすると、紅茶を一気飲みして少女の前に立ちふさがる。
黄金色の瞳が、少女を圧倒した。
「当方の作品名は、黄金の賢者。通名をソルフレアという。どちらでも好きな方で呼ぶと良い。」
「だから、声出せないんだってば。」
アダムスの突っ込みを無視して、ソルフレアは続けた。
「当方はルヴァノス、
差し出された右手に、少女も恐る恐る右手を差し出した。途端、がしりと手のひらを掴まれ、肉球がぷにゅりと潰れる。そのまま手を持ち上げられ、裏返したり上に向けたり、指や爪の様子を見られたり、肉球を触られた。驚き戸惑う少女を見かねてアダムスとルヴァノスが止めに入ったが、それを無視して
「指は四本、獣人でも存在する症例だ。人間と同様に動かすには十分か。」
そう言って、次は少女の麦わら帽子を取り上げる。ピンと尖った耳を触り、毛並みを撫で、マントの襟を捲って首元の鉄棒を指でなぞる。太陽をかたどった片眼鏡の奥で、黄金色の瞳が光った。
「これはよく調査しければならない。腹にもあると聞いている。脱げ。」
「ギャウ!」
「ちょ、ちょっとやめてよ!」
「こらソルフレア! 待ちなさい!」
少女のマントを捲ろうとするソルフレアの前に、男二人が割って入った。驚いた少女は羞恥のあまり、思わずアダムスの背中に隠れる。毛皮があるとはいえ、少女にとってマントの下は裸と同じ感覚なのだ。それを初対面の相手に無遠慮に見られるなんて、年頃の少女には耐えがたいものだ。
* * * * * *
※本編更新は水・日定期+書いた時に追加の最低週2回以上になります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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