命題6.碧岩病 3
降雪が勢いを増し、視界がどんどん白に覆われていく。それに
雪はあっという間に屋根の上にも厚く積もっていき、移動するのは困難な状況となった。
斜めに傾く屋根の上、滑る足に力をこめながら、ブラウシルトは腕の中のアダムスに視線を落とした。
相変らず耳を塞いで身体を震わせている。寒さのせいだけではない、眼下をうろつく死体たちに怯えているのだ。
ブラウシルトは、可能な限り下に降りたくはなかった。アダムスをあの死霊たちに近づけないためもあるが、何よりもブラウシルト自身が彼らと相対したくないのである。
守護を目的とする騎士のブラウシルトにとって、攻撃をするつもりがない、助けを求める者たちは庇護対象になりかねない。戦闘にでもなったら自分まで自壊する可能性があった。
とはいえ、これ以上の屋根伝いの移動は難しい。建物も出口まで続いているわけではない。死霊の数を確認すると、数はまばらで怨嗟の声を発するでもなく動きも鈍い。立ち止まったままのブラウシルトにも雪が積もり始めている、いい加減下に降りなければ――そう考えていると、大通りの向こうから走ってくる黒い人影が見えた。
「おぉーい! 蒼空の
野太く力強い声が、街を包む静寂を打ち破った。
大熊のような巨漢に、漆黒の鎧を着こんだ男が大きく手を振っている。
「
ブロスケルの良くも悪くも緊張感の無いの声を受け、ブラウシルトの心が落ち着きを取り戻す。屋根から飛び降りると、漆黒の兜が腕の中の少年を覗き込んだ。
「自壊しとるんか……。」
「すぐに
「うんにゃ、まぁ仕方ないの。儂が守っちゃるから、さっさと脱出しようかね。」
そう言って、ブロスケルは手足を大きく動かし、ガシャガシャと音を立てて先を急ぐ。途中、真横から寄ってきた死霊の碧岩化した身体を無造作に吹き飛ばした。
背後を見ると、道には先ほどより死霊――死体たちが集まっていた。恐らく、ブロスケルの大声で集まってきたのだろう。
嫌な予感がしつつ、ブラウシルトは戦士の後に続いた。
「あちゃあ…………。」
ブロスケルの嘆息が耳に痛い。
嫌な予感は的中した。ブラウシルト達は、城壁正面入り口に続く大通りに立っていた。
否、立ち止まらざるを得なかった。
視界が白く見えにくい中でも、城壁が見える程の距離まで進むことができた。だが、目の前には数十体の碧岩病で死んだ者たちが、雪に紛れて緩慢な足取りで確実にこちらに向かってきている。
ブラウシルトが打ち上げた光弾、そしてブロスケルの大声で、外から死霊が集まり、入り口に集まっていたのだ。
背後を振り返ると、後を追ってきた死体たちがいる。引き返して別の道を行くのも難しそうだ。
「突破できませんか?」
「できなくはないけど、無傷とはいかんじゃろね。儂ら、あいつらに一撃でも食らうと結構痛い――よ!」
言葉と共に、一番近くの死体に向けて漆黒の大剣を大きく振り抜いた。ブロスケルの豪快な一撃は、岩と化した肉体を
――ダスゲテェェ……
――死ヌノ、嫌ァァ……
「あぁ、こりゃ気分悪いのぅ。さすがの坊主も自壊するはずだわ」
ブラウシルトも腰の剣を抜き、背後から近づく死体に切っ先を向けた。伸ばしてくる手を剣でいなし、力を流して地面に倒していく。
死霊相手でなければ、あっという間に突破できるのに――ブラウシルトは焦燥を隠せなくなっていた。このままでは埒が明かない。何か良い案は無いか思考を巡らせていると、どすんと腰に衝撃が走った。
視線を落とすと、碧岩化して眼球の埋もれた子供の目と、ブラウシルトの碧眼がぶつかった。
――アァーーー
掠れた高い声に、ブラウシルトは眩暈を覚えた。
今まで目を逸らしてきた彼らをとうとう直視してしまった。匂いがひどい。姿がひどい。元は人間だった彼らのなれの果てを前に青年の身体は硬直し、その子供を引きはがす事もできない。
「蒼空の
――アァーー……
ブロスケルの声が聞こえると同時に、ブラウシルトの頭に衝撃が走る。視界がぐらつき屈みそうになるが、子どもの死体に腰を掴まれて動けない。
金髪のすき間から血が垂れる。視線を上に向けると、大人の死体がこちらに覆いかぶさろうとしていた。
まずい。そう思った時、視界の外から飛び出した赤い影が死体に襲い掛かった。
ルヴァノスが、死体の脳天から深々とナイフを突き刺していた。
間髪入れずナイフを抜いて死体を蹴倒し、ボロボロの深紅のマフラーを
一拍置いて、子供の頭がごろりと雪の上に転がった。
* * * * * *
※本編更新は水・日定期+書いた時に追加の最低週2回以上になります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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