命題2.名もなき旅人 2

「君の服を作ろうと思ったんだけど、ちょっと難しかったかも……でも十分着れると思うんだよね。その身体は着々と変化していくから、対応できるようにマントにしてみたんだ。ゆったりめなのはわざとだよ! 決して布を切る大きさを間違えたとか、そういうわけじゃないんだ! 縫い目がちょーっと独特かもしれないけど、治療で傷口を縫合ほうごうするのと同じ縫い方にしただけだからね! ほらここ、しっぽが出るように深く切れ込みを入れてみたの。腕の当たりにも切れ込みを入れて、適宜ボタンで開け閉めできるようにしたんだ。脚を大きく動かす事があるかもしれないし、そういう時はこのボタンを外せばいい。襟も付けて、首があったかくなるようにして……布は君の好きな色がわからなかったから、深緑色にしてみたんだ。茶色い毛とよく合ってると思って……。」


 白髪に白銀の瞳の美少年、アダムスは、朝っぱらから少女に向かって一気にまくし立てていた。最初は威勢が良かったものの、語るうちに自信がなくなったのか声量が尻すぼみとなり、最後には消え入りそうになっていった。

 血のような赤い瞳の男を見た数日後。

 彼は、エドアルドが提案した“合成獣キメラの少女のための衣服”を作り上げたのだった。


 少女が手渡された深緑色の厚地の布を広げると、それは確かに大きなマントだった。家にいたときには裁縫さいほうもしていた少女なら――というより素人目でも――わかる、布と布を重ねず両端を巻き付けるように糸を通した、力技ちからわざとしか言えない縫い目。白い糸が深緑色のマントの中で悪目立ちして、縫い目に沿って布がよれている。

 布の端は切りっぱなしで処理がされていないので、生地がほつれていた。だが綺麗な切り口ではないとはいえ、大きな体格の少女が着ても十分なたけがある。

 ボタン部分は、取り付けられた胡桃くるみと輪っかにした太い糸で造られている。その取り付け方は頑丈そのもので、絶対に壊れたりしないように、という強い意思を感じた。


 少女がまじまじと観察する様子を、少年は上目遣いで伺う。


「どう、かな……?」


 少女が尖った鼻先を上げ、アダムスの白銀の瞳を見据えた。そういえば、エドアルドが「先生は製作全般が苦手」だと語っていたのを思い出した。苦手なのを自覚しているから、自分ではあまりやらないとも言っていたはずだ。

 きっと自分のために頑張って作ってくれたのだ。正直なところ出来栄え自体は良いとは言えない。だが、とても胸が暖かくなった。


 アダムスを置いて、マントを持って自室に戻る。身にまとっていたシーツを脱いで、早速試着してみた。

 頭からすっぽり被ればよい構造だから、いまだに自分の身体に慣れていない少女にはとても扱いやすい。

 ボタンのくるみも、それをひっかける紐も、大きくてしっかりしている。何度か失敗したが、爪を使って自力で留めることができた。


 部屋を出て、そわそわとしているアダムスの前に踊り出る。


「一人で着られた?」


 少年の言葉に、少女はくるくると回って見せた。

 ボタンはしっかり留められているし、ねずみのような五本のしっぽは、後ろの切れ込みからばっちり出せて、圧迫感がない。大きさも丁度良いし、首を横に貫通する鉄の棒は、襟で隠す事ができる。少女が気にしていた合成獣キメラの身体をすっぽり覆っているから暖かくて、シーツで身体を隠していた時よりも動きやすい。


「良かった! ちゃんとマントになってる……じゃなくて、これで少しは動きやすくなったかな?」

「ガァ! ガァ!」


 声を上げ、少年の手をとってぴょんぴょんと跳ねてみせる。少女の動きに合わせて、手足の鎖がじゃらじゃらと音を鳴らした。

 そんな彼女の様子に、少年は釣られて破顔はがんする。


「喜んでくれて嬉しいよ!」


 少女の鼻先を撫でた後、袖口で揺れる鎖を見て言った。


「こっちも、早く外せるようにしないとね。いつまでもあると邪魔だもんね。」

「キュウ――。」


 痛々しい手錠を見ながら憂いを浮かべる少年の顔も、とても綺麗だった。伏せるまぶたから伸びる白いまつげに、それが白い肌に落とす影。とても繊細で美しく、教会で聖歌を歌っていたらになるような純粋さを持っている。その心も慈愛に満ちており、少女を最初に助けた時はもとより、今もなお彼女を気遣っている。


 意識がはっきりしてからまだ数日しか経っていないが、少女はこの少年の優しさがとても嬉しかった。

 元々、平凡な人間の女の子だった彼女の身体は、元の姿とは似ても似つかないものに作り替えられてしまった。

 肉食獣のそれに変化した頭部と手は、いまだに慣れない代物だ。長く突き出した鼻先と口のせいで、飲食の際は気を付けないと口の端からこぼしてしまう。大きくぎこちない動きの手には四本の指、その先には鋭い爪が生え、手のひらには肉球があった。脚にはひづめがあり、臀部でんぶからは鼠のような細い五本のしっぽが生えている。身体は成人男性よりも大きいから、以前よりずっと視点が高い。つい猫背で少し前かがみの姿勢になってしまう。

 合成獣キメラの身体はいつもどこかしら痛みが走るのだが、何より首と腹を横に貫通した鉄の棒と、手足についたかせと鎖が痛くて邪魔で仕方がない。

 思春期の少女にとって、今の姿は他人に見せたいものではなかった。気にしない事などできないし、痛みに耐え続けるのはとても辛い。

 だがこの少年の笑顔を見ると、もう少し頑張ってみよう、という気分になるのだ。


「この前は調子がよさそうだったけど、今日はそうでもないね。どこか気になるところはない?」

「グルルルル――。」


 この前とは、エドアルドが帰還した日の事だ。あの日はなぜか身体が軽く、精力的に動きやすかった。傷も少し癒え、心なしか毛艶けづやも良かった事を覚えている。原因は不明だが、久々に外に出たからではないか、とアダムスは推測していた。

 その為、ここ数日はシーツにくるまりつつも、外に出てのんびりと日向ぼっこをしていたのだ。

 だが予想に反して、翌日の体調は悪くはないが、良いわけでもなかった。

 そして今日もそうだ。不思議そうに首をかしげる少女に、少年は苦笑する。


「悪いところがないなら大丈夫かな。別に悪化してるわけじゃないからね、ちゃんと回復は進んでるよ。」


 そう言って少女の鼻先を撫でた後、両手をパン、と打って、


「よし、じゃあ朝食にしよう! 今日はそのマントを来て、森の中をお散歩しようか。」

「キュウゥ――!」


 少女は、ここに来てからゆっくりと森の中を散策したことがない。

 精霊の森なんて初めてだ。今日という一日がとても楽しくなりそうな予感に、少女は喜びの鳴き声を上げた。

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