第93話 俺の怠惰な夏休み

 学校に着いて、俺は自分の席に腰を下ろす。

 隣の席には、いつもいるはずの愛美あいみがいなかった。


「あ、影谷かげたにくーん」


 俺が席に座ってボッーとしていると、あおが声をかけてきた。


「影谷君、愛美からなんか聞いてる?」

「え、なにが?」


 碧の唐突な質問に、俺は首を傾げる。


「ついさっき、愛美から今日は休むことにしたって連絡があったんだけど、理由訊いても教えてくれなくてさー。影谷君なら何か知ってるかなって」

「いや、知らないな……」

「そっかー。急にごめんね」


 そう言って、碧は去っていた。

 ……休むことにした、だと?

 今朝は普通に制服を着て、家から出てきていたじゃないか。


「……俺のせい、かな」


 恐らく、今朝の言い合いが原因だろうな。

 俺とは顔も合わせたくないってことかよ……。


 この日以来、俺と愛美が顔を合わせることはなくなった。


 ◇◇◇


 時は過ぎ、夏休みも終盤に差し掛かっていた。

 愛美との関係を修復できないまま、俺は夏休みを消費していた。

 怠惰に過ごす夏休みの時間は、恐ろしいほど早く過ぎていく。

 このまま、終わってしまうのだろうか……。

 毎日のようにそんなことを考えていた。

 それでも、俺は結局、何の行動も起こすことができなかった。

 もう、愛美とはしばらく話していない。

 俺たちの関係は終わったのだ。


「この調子じゃ、来年の誕生日は祝えそうもないな……」


 自室に籠り、ふとそんなことを呟いた。

 思い出していたのは、愛美の誕生日の日の事。

 あの日、彼女と交わした言葉を思い出す。


『来年は、プレゼント楽しみにしてるからね?』


 その愛美の言葉に、俺は頷いたのだ。

 でも、俺たちの関係は終わった。

 だから、来年の彼女の誕生日を俺が祝うことはないのだろう、きっと。


隼太はやたお兄ちゃん……」


 唐突に、妹の舞衣まいが俺の部屋に入って来る。


「どうした、舞衣」

「隼太、最近いつも家にいるよね。愛美さんとデートとかしないの?」

「ああ、そのことか」


 そう言えば、家族にはまだ話していなかったな。


「別れたんだ」

「え?」


 目をまん丸にして、虚をつかれたような顔をする舞衣。


「俺と愛美はな、別れたんだよ」

「え……どうして……?」

「さあ……。どうしてだろうな」


 俺が彼女を一番好きだと、最後まで言えなかったから。

 別れることになった原因はわかっているけど、それを舞衣に言おうとは思わなかった。


「そんな……! 隼太が何かしたんでしょ!?」

「してねえよ、何も」


 そう、何もしていない。

 何も。

 だから、ダメだったんだ。


「愛美さんは隼太のこと大好きだって言ってたよ!?」

「そうだな。俺も好きだったよ、あいつのことは」

「じゃあなんで!?」

「俺が訊きたいくらいだよ!!」


 あー。

 妹にまで八つ当たりして、情けねえな俺。


「好きだって言ったのに。それじゃ納得できないって、意味わかんねえだろ」


 愚痴をこぼすように、俺は呟く。


「なんでそんなに一番にこだわるんだよ。俺は好きだって言ってんだぞ? ……なんでだよ」

「………………」


 舞衣は何も答えず、ただただ俺を見つめていた。


「連絡も、取ってないの?」

「取ってるわけないだろ。別れたんだぞ」

「じゃあ、私が連絡する!」

「は? やめとけよ」


 舞衣が突然妙なことを言い出した。


「だって、愛美さんは絶対、隼太お兄ちゃんとやり直したいって思ってるはずだもん! ちゃんと話せばわかってくれ――」

「余計なことするのはやめろ!!」


 普段よりも語気を強めて、俺は舞衣の言葉を遮って叫んだ。


「勝手な憶測で、勝手に俺とあいつの仲を取り持つような真似するな」

「でも……」

「あいつから言ってきたんだ! もう絶交だ、ってな」


 俺のその言葉を聞いて、舞衣は驚いたように目を見開く。

 そんなことはありえない、とでも思っているんだろうか。


「そんなの……勢いで言っちゃっただけかも……」

「勢いで? 絶交って言葉は、そんな軽々しく口にしていい言葉じゃないだろ」

「でも、信じられない」

「事実だよ。あいつは確かに、俺と絶交だって言ったんだ。もう俺と関わる気はないんだろうな、きっと」

「隼太は、それでいいの?」

「良くないって言ったら、どうにかなるのか? どうにもならないだろ。もう終わったんだよ、何もかも」

「そんな……。そんな……!」


 悲痛な表情を浮かべる舞衣。


「そんなの、ヤダよ……」


 最後にそう呟いて、舞衣は俺の部屋から去って行った。


「本当に、嫌になるよな」


 愛美の顔を思い浮かべながら、俺もそう呟いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る