第77話 俺の彼女と勉強会②

 愛美を俺の部屋に招き入れると、彼女は部屋を一望し、感嘆の声を漏らした。


「おおー。ここが隼太はやた君の部屋なんだね! くんくん。ふふふ、隼太君の匂い……」

「堂々と匂いを嗅ぐな。なんか恥ずかしいだろうが」


 俺は部屋の中央にあるローテーブルに勉強道具を広げる。


「ほら、愛美あいみも。今日は勉強しにきたんだろ?」


 俺は床をぽんぽんと叩いて、愛美に隣を座るように促す。


「あ、そうだね……。じゃあ、遠慮なく」


 そうは言いつつも、愛美はどこか遠慮がちに俺の隣に座る。それから、テーブルの空いたスペースに勉強道具を広げる。

 俺は、彼女が隣に座ったことを確認し、


「あ、そうだ。なんかお茶でも持ってくるよ。先に勉強してて」


 さすがに客人に何も出さないのは悪いと思い、俺はそう言ってその場を立つ。


「あ、そんな気を遣わなくてもいいのに……」

「まあ、俺もちょっと喉渇いたしな。そのついでだ」

「あ、ありがとう……」


 俺は下の階まで降りて、食器棚からコップを二つ取り出す。

 次に冷蔵庫からお茶を出し、コップに注ぐ。


「ふっふっふ。隼太お兄ちゃん、どうですか調子は? もうキスはした?」


 と、一階でくつろいでいた妹・舞衣まいに声をかけられる。


「キスなんてしねえよ。今日は勉強しにきてるんだから」

「果たして、いつまでそう言っていられるかな?」

「あのな……。何を期待してるのか知らんが、今日は何も起きないぞ?」

「そうですかそうですか。まあ、そういうことにしておきますかね。ぐっへっへ」


 気持ち悪い笑みを浮かべて、舞衣はどこかへ去っていった。


「……ったく」


 俺は嘆息しつつ、二人分のコップを持って自分の部屋に戻る。


「ほら愛美、持ってきたぞ――って、お前何やってんだ!?」


 俺が部屋を開けると、そこには、俺のベッドの下を漁る愛美の姿があった。


「ひゃ!? あ、違うの! これは、違くて! あ、そう! ちょっと、シャーペンがベッドの下に転がっちゃって! 決して隼太君の部屋を漁って、エロ本とかを探したわけではなくて!?」


 必死にわたわたと手を横に振りながら、慌てて言い訳を口にする愛美。


「エロ本、探してたのか?」

「うっ……! さ、探してないです……」


 こいつ、反応がわかりやすいな……。


「はあ……。そんなもん探しても、俺の部屋にエロ本なんてないぞ?」

「だ、だから探してないよ! シャーペンを拾ってただけで!」

「そうかい。それならそれでいいんだが」


 実際、俺の部屋をどれだけ隈なく探そうと、エロ本なんて物は出て来ない。

 今はネット社会。エロ本なんてもう古い。

 そう! 俺がエロいコンテンツを利用するのは、パソコンやスマホだけなのである! つまり、エロ本をどれだけ探そうと、そんなものは出て来ない!

 ははは! 科学の力に感謝だぜ!


「ふっ……。勝ったな……」

「? どうして隼太君は、そんなにも勝ち誇った顔をしてるの……?」

「いや、気にするな。なんでもない」

「…………?」


 愛美は知る由もないだろう。今や、ネットでいくらでもエロいコンテンツを利用できるということを!


「さてと……。気を取り直して、勉強するか……」


 俺は持ってきたコップをローテーブルに置き、改めて勉強する態勢を整える。


「あ、待って。隼太君……。え、と……」

「ん?」


 愛美が何か言いにくそうに、もじもじとしていた。


「どした? なんか気になることでもあったか?」


 エロ本はこの部屋にはないはずだし……。ベッドの下には、その他に見つかってまずい物もなかったはずだが……。


「あの……。こういうの、触れてもいいことなのかわかんないんだけど……」


 と、愛美は、後ろ手に隠し持っていた何かを、俺に差し出す。


「ん? これは……」


 彼女が俺に差し出してきたもの。それは――。


 俺が先ほど兄貴から渡された、新品のコンドームであった。


 俺の背中から冷や汗が流れる。


「げ!? それは!?」


 愛美は顔を真っ赤にしながら、


「あの、ほら、さっき、隼太君のお兄さんが、何か落としていったでしょ? で、それを隼太君が回収したけど、結局私には落とした物が何なのかは教えてくれなかったじゃん!? だから、私、ちょっと気になっちゃって……。その、隼太君とお兄さんに悪いとは思ったんだけど! 今、隼太君が部屋から出て行った隙に、中身見ちゃって……」


 ……迂闊だった。

 俺はついさっき、お茶を入れに行く際、兄貴から貰ったコンドームを部屋に置いたままにしてしまったのだ。

 そしてそれを、俺がいない間に愛美が見てしまった……。


「え……隼太君……。これって……」


 愛美は尚も顔を真っ赤にし、俺のことを窺うように視線を送ってくる。


「違う! 違うぞ、愛美! それは勝手に兄貴が渡してきただけであって、俺にそういうつもりは一切ない! 実際、今日は愛美を家に泊めるつもりはないし、勉強以外のことをするつもりもない! 絶対だ! だから、安心してくれ愛美!」


 彼女の誤解を解くように、俺は必死に訴えかける。


「あ……。そうなんだね……。そうだよね……。あはは……」


 愛美は少しだけがっかりしたように、しょんぼりと肩を落とした。


「わ、わかってたけどさ……。隼太君がそういう人だってことくらい……。うん。わかってたよ? でも、もしかしたら……とか、バカなこと考えちゃって……。ぐす」


 愛美は何やらぶつぶつと呟いて、鼻をすすった。


「え……愛美? 泣いてる?」


 俺は愛美の顔を覗き込むように、彼女に近寄る。

 しかし、愛美は顔を隠すように俺から距離を取った。


「泣いてない! 泣いてるわけないよ! むしろ、嬉しいよ……。ほら、だって、私はそれだけ大事にされてるってことでしょ? あはは、嬉しいよ」

「そうか……。なら、いいんだが……」


 彼女は嬉しいと言ったけど、その声は、全然嬉しそうには聞こえなかった。

 ……俺は、間違っているのか?

 間違ってない、よな?


「勉強、しようぜ?」

「うん……」


 それから俺たちは、しばらくの間会話もせずに勉強し続けた。

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