第76話 俺の彼女と勉強会①

「おっはよーう! 隼太はやた君!」

「ああ、おはよう」


 翌日の土曜日。朝。

 俺は、愛美の家まで赴いていた。

 愛美は俺の家を知らないので、俺が彼女を案内することになったのだ。


「ふっふ~♪ 昨日は今日が楽しみで眠れなかったよ!」


 いつも以上に気合の入った服装の愛美が、俺の胸に飛び込んでくる。

 今日の服装はどことなく、清楚な雰囲気だ。


「俺は……まあ、楽しみ……だったかな?」


 実際は、うちの家族が何かやらかすんじゃないかという不安でいっぱいだった。しかし、その不安を愛美にぶつけても意味はないだろう。


「なーんか、嘘っぽい反応だね」


 愛美がジト目で俺を見る。どうやら、愛美には俺の嘘が見抜かれているらしい。


「まあ、別にいいじゃんか。気にすんなって。それより、早く俺ん行こうぜ」


 とりあえず適当に流してみる。


「えー、でもさー。私だけ楽しみにしてるって、なんかバカみたいじゃない?」

「そもそも勉強会って楽しむものなのか?」


 そう。そもそも、愛美が今日俺の家に来るのは、勉強するためだ。決して、お家デートのためなんかじゃない。


「例え勉強でも、彼氏と一緒なら……ね?」


 頬を赤く染めながら、俺のことを上目遣いで見つめる愛美。


「ね? じゃねえよ! 何が言いたいのかわかんねえよ!!」

「もう、隼太君と一緒なら、何やってても楽しいし嬉しいってことだよ!」


 そう言って、俺の頬にキスをしてくる愛美。

 ……不意打ちのキスは良くないと思います。


「えへへ。それじゃ、隼太君の家行こうか?」


 スキップする愛美の後を追うように、俺は彼女と共に歩き始めた。


 ◇◇◇


 他愛のない話をしながら歩き続け、ついに俺の家の前まで来た。


「ここが俺の家だ」


 俺がそう言うと、愛美は俺の家を見上げつつ、


「そっか……。ここが、隼太君の家……」


 そう呟いた。


「えっ~と。お、親御さんは、今いるのかな!?」


 急に姿勢をピンと正して、慌てるように愛美がそう言った。


「ああ、普通にいるよ」

「うひゃ~。や、やばいね! 私、ちゃんと良い印象持ってもらわなきゃだよね! 隼太君と結婚を前提に付き合ってますってちゃんと言わなきゃ! はぁ~、緊張してきた~!」


 愛美は自分を落ち着かせるように、深呼吸を繰り返す。


「うん、何度も言うけど、俺たちは結婚を前提に付き合ってないからね?」

「今はまだ……ね?」

「これからそうなる時が来るとでも!?」

「大丈夫! 私たちが将来的に結婚するのは確定事項だから!」

「勝手に決めるな! まだわかんねえだろ! これから別れる可能性もゼロではないだろ!」

「え? でも、現状は別れる気ないよね? お互い」


 やや不安そうな表情で愛美が問いかけてくる。


「まあ、現状は別れる気はない。……だから、そんな不安そうな顔はすんな」

「やっぱり! 隼太君、なんだかんだ私のこと大好きじゃん!」

「……そりゃ、好きじゃなかったら付き合ってないだろ」

「……そうとも限らないかもよ?」

「え?」


 愛美の意味深な言葉に、俺は首を傾げる。


「それってどういう――」

「さて! 隼太君のお家、早く入ろっ!」


 と、愛美は俺の腕を強引に引っ張って、玄関前まで向かう。

 愛美が玄関のインターホンを鳴らすと、数秒で玄関の戸が開く。

 俺の隣に立つ愛美は、改めて姿勢を正す。

 中から出てきた人物は――、


「あ」


 と、間抜けな声を上げる我が妹・舞衣まいだった。

 ちなみに、普段ならこの時間帯、舞衣はeスポーツクラブに行っているのだが、「今日は隼太の彼女が見たいから」とかいう理由で休みやがった。


「え……と」


 舞衣は俺と愛美を交互に見る。


「こ、こんにちわっ!」


 愛美は緊張した面持ちで挨拶をする。


「よう、舞衣。こちらが、俺が昨日言ってた彼女」


 愛美のことを紹介するため、俺は舞衣に向かってそう告げる。


「んで、愛美。こっちは俺の妹、舞衣」


 次に、俺は自分の妹を愛美に紹介する。


「「か、可愛い……」」


 二人はお互いの姿を見て、そう声を漏らした。


「あ、家の中、どうぞ……」

「あ、お邪魔します」


 お互いに軽く会釈して、愛美は俺の家に足を踏み入れる。

 俺も愛美の後に続いて家に入ると、舞衣が小声で、


「今日はお楽しみだね、隼太お兄ちゃん♡」


 そう囁く舞衣の声が聞こえてきたが、俺は特に何も反応せず無視をした。

 靴を玄関で脱いでいると、両親が俺と愛美の元にやってくる。


「これが隼太の彼女さんか」

「あら、とっても可愛らしい子じゃない」


 愛美は俺の両親を見ると、またもやピシッと背筋を伸ばす。


太陽たいよう愛美あいみと申します! え、えとえと! は、隼太さんとは真剣にお付き合いをさせていただいてまして! け、結婚も考えております!」

「ちょっ!? 愛美!?」


 愛美の爆弾発言に、俺は驚きを隠せない。


「あら、そうなの? うふふ、可愛い」

「そうか、結婚か……。隼太、お前は良い彼女さんを持ったな」

「待て待て! 二人とも、早まるな! 結婚はまだ考えてない!」

「あら? いいじゃない、結婚しちゃえば」

「母さん!?」


 のほほんとした様子で言う母さんに、俺は思わず声を荒げる。


「うふふ。結婚したら、影谷かげたに愛美あいみさんになるのね」

「え、隼太君と結婚してもいいんですか!? お母さま!」

「いいわよ~。むしろ、大歓迎よ~。私も安心できるわ~」

「はっはっは! そうだな、このまま勢いで結婚してしまうのもいいだろう!」


 母さんと愛美の会話を聞き、豪快に笑う父さん。


「勢いで結婚しないから……。とにかく、この人が俺の彼女だから。もう紹介はしたからな」


 額を押さえつつ俺はそう言って、愛美を見る。


「ほら、愛美。俺の部屋行くぞ」

「え、あ、うん!」


 愛美は俺の両親に一礼した後、俺についてくる。

 二階にある俺の部屋へ行くため、階段を上っている最中、


「や、やったね隼太君! これで結婚できるよ! 結婚しよう!」


 愛美が俺の手を握って、プロポーズとしか思えない発言をしてくる。

 と、そんな時。


「結婚は俺がみとめぇええええええええええええええええええええええええええん!!」


 突如俺たちの前に現れたのは、俺の兄・正徳まさのり

 階段を上った先に、正徳は立っていた。


「え、誰!?」

「アレは俺の兄貴だ。まあ、見た目が派手なのは気にするな」


 例のごとく、うちの兄貴は銀髪で、赤と黄色のカラーコンタクトをしている。


「隼太君のお兄様!? あ、太陽愛美と申します! 隼太さんと結婚を前提にお付き合いを――」

「結婚は認めん! 例え両親が認めても、兄であるこの俺が許さん!」

「はあ……。また面倒臭そうなことに……」


 俺は頭を抱える。


「えっと……。どうして認めて頂けないのでしょうか!? わ、私は、隼太さんとは真剣にお付き合いをさせていただいています!」

「おい、そもそも結婚を前提に付き合ってないって……。このツッコミ何回目だよ!」


 兄貴に食い下がる愛美に対し、俺はツッコミを入れる。


「真剣に付き合っていようが関係ない! 幸せな隼太など俺が見たくないだけだ! だから結婚はダメだ! リア充は死ね!!」

「こっちはこっちで、認めない理由が最低だなおい!」


 俺は兄貴にもツッコむ。


「くぅ~! 隼太の彼女、予想以上に可愛いじゃねえか! ちくしょう! 我が弟ながら超羨ましい! ちくしょう!」

「え、可愛いなんて、そんな……」


 愛美が照れたように笑う。


「幸せになりやがれこんちくしょう~!」


 と、正徳はそう捨て台詞を残し、自分の部屋に戻っていった。


「なんだったんだ……」


 俺はしばらく呆然とする。


「あれ? 隼太君のお兄さん、なんか落としてったよ?」


 先ほどまで正徳が立っていた場所を見つめて、愛美が言う。


「ホントだな。なんだろ?」


 俺は階段を上り、落ちていた物を拾う。


「手紙……?」


 落ちていたのは、中に手紙が入っていそうな封筒だった。

 封は既に切られている。

 俺は少しだけ中身が気になり、封筒の中身を取り出す。

 中から出てきたのは、メッセージの書かれた紙切れだった。


『意気地のないお前のために、俺が代わりに買っておいた。今日は存分に楽しめ By正徳』


 正徳からのメッセージ?

 代わりに買っておいたって、一体何を?

 そのメッセージを読んで、俺は封筒の中にまだ何か入っていることに気づいた。


「……なんだ?」


 俺は封筒の中身を取り出す。

 すると、そこに入っていたのは、新品のコンドームだった。


「隼太君? 何が落ちてたの?」

「わぁああああああああああああああああああああ!? 見るなぁあああああああああああああああああああああああああ!!」


 愛美が俺の持っている物を見ようとしてきたので、俺は慌ててそれを隠した。

 あっぶねえ……。兄貴の野郎! なに余計な事やってんだ‼


「え? 見ちゃダメなの?」


 愛美が困惑した様子で俺を見る。


「あ、ああ! これは、そうだな! 愛美にはちょっと見せられない物だな! 後で兄貴に返してやらないと!」


 そう言って、俺は足早でその場を離れる。


「え~? なんか逆に気になるな~? って、ちょっと隼太君、置いてかないでよ!」


 愛美は急いで俺の後をついてくる。

 とりあえず、タイミングを見てアレは正徳に返しておこう。それまでは……なんとか俺が隠し持っておくしかないか……。

 こんな感じで、俺と愛美の勉強会が始まろうとしていた。

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