第70話 俺たちのプール掃除③

 ホースとデッキブラシを使い、プールの床を掃除していく。

 掃除中、俺は隣にいる黒崎くろさきに声をかける。


「なあ、黒崎。あっち見てみろよ」


 俺はそう言って、姫川ひめかわさんたちの方を見る。

 姫川さんや愛美あいみは、現在俺と黒崎からは少し離れた位置で掃除している。

 恐らくこの距離ならば、俺と黒崎の会話は姫川さんたちに聞こえないだろう。


「……あっちって、姫川さんたちが掃除してるが……それがどうかしたのか?」


 俺と同じ方向を見ながら、黒崎が問う。


「姫川さんの背中、よ~く見てみろよ」


 姫川さんは現在、俺と黒崎に背を向ける形で掃除に励んでいた。

 黒崎はデッキブラシを動かす手を止め、姫川さんを注視する。


「姫川さんを…………? 特別おかしな所はない気がするんだが……」


 黒崎は俺が何を言いたいのか理解できていない様子だった。


「そうかぁ、黒崎にはわかんねえか~! お前の目は節穴だなぁ!」


 俺が煽ると、黒崎はむっとした顔をする。


「なんだよ? もったいぶってないで教えろよ」

「しょうがない! 教えてやろう! いいか? 姫川さんの背中をよ~く見てろよ?」


 俺に言われた通り、黒崎は姫川さんの背中をじっと見つめる。


「――姫川さんの今日のブラの色は、水色だ」


 俺がそう言うと、黒崎は大きく目を見開いた。


「な……に……? た、確かに……水色だ……!」

「ふっ。ようやく気付いたか、黒崎」


 俺はニヤッと笑う。

 暑さが原因なのか、姫川さんが着ている体操服は、汗のせいで透けてしまっていた。

 彼女の透けた体操服をよく見ると、ブラの形と色がはっきりと確認できた。

 ズバリ、今日の姫川さんのブラは、水色だ。

 俺は黒崎に勝ち誇ったようなドヤ顔を向ける。すると、黒崎はそんな俺をジト目で睨み、


「影谷、お前なぁ……。彼女持ちの男が、他の女のブラに目を奪われてどうすんだよ……」


 黒崎は呆れていた。


「大体、透けブラなんか見て何が嬉しいんだか……」


 黒崎はやれやれと肩をすくめる。

 あくまでも黒崎は、自分は透けブラなんかに興味ありませんよというていで話を進めるつもりらしいが……甘いぞ黒崎! 俺の目はそう簡単に誤魔化せない!


「ふふふ……黒崎! いくら言葉で誤魔化せても、体までは誤魔化せなかったようだなぁ!」


 そう言って、俺は黒崎の股間を指差した。

 彼の股間は、テントのように盛り上がっていた。


「なっ……!? これは……ちがっ!?」


 黒崎は手で股間を押さえ、前屈みになる。


「何が違うんだ? お前、今間違いなく勃起してたよな? 姫川さんの透けブラ見て、本当は興奮してたんだよなぁ!」


 我ながら最低な会話だと思う。だが、俺はこんな所で退くわけにはいかないんだ!


「くっ……! ち、ちがっ!?」


 反論しようとする黒崎だが、前屈みになった状態では全く説得力がない。


「影谷だって!」


 黒崎は俺の股間を見る。しかし、


「――な!? っていない、だと……!?」


 黒崎は驚愕していた。


「残念だったなぁ、黒崎! 俺は、透けブラ程度では勃たないんだよ!」

「く……!」


 黒崎が顔を歪める。

 俺は黒崎の耳元に口を寄せ、


「ほぉら、よく見ろ黒崎。姫川さんのブラは、水色だ」


 俺はそう囁いた。


「――――――!?」


 黒崎は息子が反応してしまったのか、さらに前屈みになり、最終的にしゃがみ込んでしまった。


「ま、まずい……。これは非常にまずい……! 何かに目覚めそうだ……! 透けブラ……エロい……!」


 黒崎がぶつぶつと呟いていた。

 やべえ、黒崎をいじるのめちゃくちゃ面白いな。癖になりそうだ。

 俺がくすくすと笑っていると、


「おい、影谷。てめえ、人の彼女をじろじろ見て何やってんだ?」


 俺の肩に、ぽんと誰かの手が置かれた。

 俺が後ろを見ると、そこには青筋を立てた月宮つきみやがいた。

 やっべぇ……。


「べ、別に、何もやってないけど……」


 俺は苦し紛れにそう告げた。


「透けブラだなんだって聞こえた気がしたんだがなぁ! あぁん?」


 これは、怒ってらっしゃる! 月宮さんが怒ってらっしゃる!


「黒崎君が、姫川さんの透けブラ見て興奮してました!」


 俺は仲間を売った。


「黒崎ぃ! お前かぁ!」


 月宮のターゲットが俺から黒崎へと移る。

 依然として黒崎はしゃがみ込んだままだ。


「黒崎、なんでさっきから座り込んでるんだ?」

「う……それは……」


 月宮の問いに、黒崎は口ごもる。


「体調が悪いってわけでもなさそうだしなぁ?」

「ぼ、僕は体調が悪いんだ!」


 それで誤魔化せると思ってんのかよ、黒崎。


「体調が悪い? なら、俺が保健室に連れて行ってやるから、今すぐ立ってみろよ?」


 月宮は黒崎に手を伸ばすが、黒崎はその手を取らない。


「いや、今は……立てない……」


 黒崎はそう言った。

 そりゃそうだろう。黒崎は今、別の所が勃っているのだから。


「ほお、なんで立てないんだろうなぁ黒崎? 息子が勃ってるから立てないんじゃないか? あぁん?」

「ひぃいいいいいいいい!! ご、ごめんなさい月宮君! これは不可抗力なんだ!」

「まあ、俺の彼女が可愛すぎるのはわかるけどな。真莉愛は俺の彼女なんだわ、黒崎。とりあえず歯食いしばれ?」

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?」


 黒崎に詰め寄る月宮。怖い。マジで怖い。

 お、俺は今のうちに退散しよーっと。

 俺が月宮にバレないようにその場を去ろうとすると……。

 ガシッ!

 誰かに肩を掴まれた。


「は~や~た~くーん? どこ行くのかな~?」


 俺が恐る恐る声がする方に振り向くと、愛美が恐ろしい笑みを浮かべて俺を見ていた。


「あ、愛美さん? い、いつの間にこっちに来たんですか?」


 ついさっきまで姫川さんたちと一緒にプール掃除してた気がするんだけど……おかしいなあ。ははは……(絶望)。


「私という彼女がいながら、真莉愛まりあちゃんの事をいやらしい目で見てたのは、どこの隼太君なのかな~?」


 愛美はずっと笑っている。怖い。怖いよ愛美さん!


「さ、さぁ~? そんなヤツは俺知らないなぁ……」

「誤魔化せると思ってるの? 真莉愛ちゃんは気づかなくても、私は気づいてたよ?」


 トゲのある声で愛美が告げる。


「隼太君と黒崎君、さっきからずっ~と真莉愛ちゃんの事いやらしい目で見てたよね?」

「ん~? 勘違いじゃないかな~?」

「み・て・た・よ・ね?」


 人を殺せそうな目で睨んでくる愛美。


「はい! 見てました! 姫川さんの透けブラ見てましたすいません!」


 俺はその場で勢いよく土下座する。


「うわ……。影谷さんキモ……」


 俺を罵倒する姫川さんの声が遠くから聞こえてきた。


「あのね? 別に、隼太君も男の子だから、そういうのに興味があったり、目が向いちゃったりするのは仕方ないと思うよ? だからね、私はブラジャーを盗み見てたことに怒ってるわけじゃないの」


 土下座している俺の頭を足でぐりぐりと踏んでくる愛美。


「顔上げて、隼太君」

「……はい」


 愛美は最後に俺の頭を数回踏んで、足を離してくれる。

 俺は顔を上げ、愛美の目を見つめる。


「隼太君、私が何に怒ってるか、わかる?」


 座り込んでいる俺と目線を合わせるように、彼女は前屈みになる。


「わ、わかんないです……」


 これは本当にわからない。

 愛美は、俺が姫川さんの透けブラを見ていたことに怒っているのだと思っていた。

 それが違うとなると、俺には、愛美が今怒っている理由がわからない。


「じゃあ教えてあげるよ」


 そこで愛美は大きく息を吸い、叫んだ。


「私の水着姿には興奮しないのに、真莉愛ちゃんのブラには興奮するってどういうことなのかなぁ!? 隼太君!?」


 瞬間、愛美は水着の上に羽織っていた白いシャツを、勢いよく脱ぎ捨てた。


「見てよ! この私の水着! 超エロくない!?」


 愛美は水着を見せつけるように胸を張る。


「自分でエロいとか言っちゃうのはどうなんだろうか……」


 愛美が着ている黒のビキニは、確かにエロい。

 しかし、いかんせん着ている本人の発言が残念なせいで、色気がない。


「ほら見てよ隼太君! おっぱいだよ!?」


 愛美は自分の胸を強調するように腕を組んだ。


「この谷間! エロくない!?」

「そうだな。お前が黙ってればエロいかもな」

「むっ~!」


 俺の反応が気に食わなかったのか、愛美は唇を尖らせ、両手で俺の顔をがしっと掴む。


「ちょっ!? 何する気だ!?」


 愛美は俺の顔を掴んだまま、力ずくで自分の胸に俺の顔を埋めた。


「むぐっ!?」


 愛美の突然の奇行に、俺は何も反応ができない。


「ほらほら~。女の子の胸だよ~? このまま私の胸で窒息死してもいいよ?」


 自分の胸に俺の顔をぐりぐりと押し付ける愛美。

 俺は必死に抵抗しようと――思ったけど、やめた。

 あれ? この状況、俺にとってあまりデメリットないのでは?

 女の子の胸に顔を埋めるという行為は、男にとっての夢なのでは?

 少なくとも、俺は悪い気がしない。

 ……このままもう少し、愛美の胸の感触を楽しむとしますかねっ!

 うん! 俺って変態だねっ! でも、男なんだから仕方ないよねっ!


「どう隼太君? 私のおっぱいと真莉愛ちゃんのブラ、どっちが好き?」


 愛美がそう質問してくるが、彼女の胸に顔を埋めている俺は、上手く言葉を発することができない。


「あ、もしかして喋りづらいかな? じゃあ、私のおっぱいの方が好きなら左手、真莉愛ちゃんのブラジャーの方が好きなら右手を挙げて」


 うーん。これはどうするべきか……。

 正直に答えるのであれば、左手を挙げるべきだが……。

 うん、そうだな。これ以上愛美の機嫌損ねるのも良くないだろうし、ここは素直に左手を挙げるか。

 というわけで、俺は左手を挙げた。


「ふっふ~♪ 正直でよろしい! 今日の所は、ここら辺で許してあげましょう!」


 愛美は明るい声でそう言うと、俺のことを解放してくれた。

 あ……。これ、嘘ついてればもう少し愛美の胸を堪能できたんじゃ……。

 おっと、いかんいかん。理性を保て、俺。


「ふぅ……。それじゃ、プール掃除再会しますかね……」


 俺は立ち上がり、いつの間にか手放してしまっていたデッキブラシを手に取る。


「私も~! 次は隼太君と一緒に掃除しようかな?」


 愛美は伸びをしながらそう言った。

 俺はチラリと、黒崎と月宮に目を向ける。と、


「すみません……。すみません……。生きててすみません……」

「影谷さんが私のブラを見てたのは心底気持ち悪いですが、黒崎さんならそうでもありませんので……。そんなに必死に謝らないでください黒崎さん……」


 黒崎が姫川さんにぺこぺこと謝罪していた。

 俺も後で謝るべきかなぁ……。


「隼太君、あっちの方まだ掃除終わってないから、あっち行こっ!」


 隣にいる愛美がそう提案してきたので、俺は頷いた。

 そして、俺と愛美は歩き出そうとするのだが……、


「うわっ!?」

「え?」


 愛美が床に足を滑らせ、俺の方へと倒れこんでくる。


「っぶねぇ!?」


 俺は愛美を受け止めようとする。しかし、


「きゃ!?」

「うおっ!?」


 愛美が結構勢いよく倒れこんできて、俺は彼女を受け止めることができない。

 俺たちは、二人して倒れこんだ。

 ……そこまでは、良かった。

 そこまでなら、テンプレラブコメでありがちなラッキースケベ展開だ。

 だが……、


「いてて……。おい愛美、大丈夫か? …………ん?」


 俺は自分の体を起こす。そこで、自分の体の異変に気付く。

 なんか、下半身がすーすーする。


「げっ!?」


 俺が自分の下半身に目をやると、俺の下半身は一糸いっしまとわぬ姿になっていた。

 愛美の方を見れば、彼女は俺のズボンとパンツを手に握っていた。

 要するに、今の俺の下半身は、すっぽんぽんだった。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 瞬間、愛美以外の女性陣が悲鳴をあげる。


「か、影谷さん!? 何やってるんですか!? け、汚らわしいモノ見せないでください! 目が腐ります! いや私の目は既に腐ってますが! 腐女子的な意味で!」


 姫川さんが顔を真っ赤にしながら俺にツッコむ。

 そして、今まで倒れこんで下を向いていた愛美が、顔をあげる。

 彼女の視線の先には、俺の下半身がある。


「あ、待て! 愛美! 今は顔をあげるな!」


 俺はそう叫び、自分の下半身を手で隠そうとするが、時既に遅し。


「いてて……。ごめんね隼太君、大丈夫だった? ……………………え?」


 愛美の瞳に、くっきりと俺の一物が映る。


「え……? はや……た……くん……?」


 愛美が俺の一物をまじまじと見つめる。

 俺は即座に両手で一物を隠す。


「待て! 愛美! 変な誤解をする前に俺の話を……!」

「やん♡ もう、隼太君ってば……! そんなに私に見て欲しかったの?」

「ちっげええええええええええよ‼」


 ほらね。やっぱり変な誤解された……。


「とりあえず、さっさとズボンとパンツ返せっ!」

「え~♡ ダメって言ったら?」

「ぶっ殺す! このくそビッチ!」


 俺は怒りに任せて叫んだ。

 ちなみにこの間、愛美は俺の股間から目を離すことなく、目に焼きつけるように見つめ続けていた。

 いや、一応俺は股間を両手で隠してたんだけどね? 愛美にはあまりそういう事は関係ないのかもしれない……。


「はあ……。ある意味お似合いかもしれませんね、あのカップルは……」


 姫川さんが呆れてため息を吐いていた。

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