第67話 俺たちのプール掃除①

 月曜日。

 朝礼の時間になり、先生が教室へやってきた。

 俺はいつものように、先生の言葉を適当に聞き流す。

 先生は一通り連絡事項について話した後、


「えー、来週から期末テストだから、各自勉強しておくように」


 と、軽い口調でそう言った。

 やっべぇ、忘れてた……。そういや、来週から期末テストじゃねえか。

 全く勉強してねえ……。


「それと――」


 テストの事を思い出し、俺が頭を抱えている間にも、先生の話は続く。


「これが最後の連絡事項だが、えー、明日から体育の授業は水泳になるらしいので、水着を買う必要のある者は今日中に買っておくように」


 あー、確かにもう六月も終盤だしな。

 うちの高校は毎年この時期になると、体育で水泳の授業が行われることになっている。

 そろそろ水泳の授業が始まるとは思っていたが……。明日からっていうのはかなり急だな。


「それでだな……。皆には非常に申し訳ないんだが、実は、今年のプール掃除はうちのクラスが担当することになった」


 先生がそう告げた瞬間、クラスメイトからブーイングの嵐が巻き起こる。

 急な話で困惑している生徒もいるようだ。


「申し訳ないとは思ってる。だが、もうこれは決まったことなんだ。ってことで至急、今日の放課後プール掃除をしてくれる者を募集する。数は多ければ多いほど良いんだが、まあ、部活とかの予定がある者もいると思うので、強制はしない。放課後は暇だからプール掃除してもいいよっていう心優しい生徒は挙手を」


 しーん……。

 挙手をする生徒は誰一人としていなかった。

 まあ、プール掃除って面倒臭そうだもんな。進んでやりたいという人は少ないのかもしれない。


「はい! 誰もいないなら、私がやりますよ先生!」


 と、クラスがしーんと静まり返る中、その空気を変えるべく挙手をする生徒が一人。

 太陽たいよう愛美あいみだ。


「おー、太陽か。すまんな。本当に助かる。でも太陽一人じゃ大変だよな……。どうだー? 他にいないかー?」


 先生がそう呼びかけると、


「あ、じゃあ先生、うちらもやりますよー」


 そう言って手を挙げたのは、普段から愛美と一緒に行動している彼女の友達・あおだった。

 碧に続くように、愛美の友達である他三人も手を挙げる。


「……これで五人だな。他にはいないかー?」


 しかし、そこで流れは止まり、挙手をする者はいなくなってしまう。


「うーん。できれば男子も何人かいて欲しいんだが……。どうだ、男子でやりたいヤツいないか?」


 再び教室がしーんと静まり返る。男子は誰一人として挙手をしない。

 早く誰か挙手してくれー、なんて思いながら俺が傍観していると、隣の席に座る愛美が、俺の肩をぽんぽんと叩いてきた。


「はーやーたーくーん?」


 愛美の方を見ると、彼女はニコニコと微笑みながら俺の名を呼んだ。


「な、なんでしょうか……?」


 俺は恐る恐るそう訊いた。


隼太はやた君って、今日の放課後暇だよね? っていうか、いつも暇だよね? ……どうすればいいか、わかるよね?」


 俺の背中に冷や汗が流れる。

 愛美のこの笑顔は、俺に有無を言わせない時に使う表情だ。


「はーやーたーくーん?」

「は、はい……! わ、わかります! どうすればいいかわかります!」


 そう言って、俺は慌てて手を挙げた。


「お、影谷かげたに。プール掃除、やってくれるか?」

「はい! やります! いえ、やらせてください‼」

「おー、やる気満々じゃないか。感心感心」


 く……。太陽愛美、恐ろしい女だぜ。さすがは俺の彼女……。…………はあ。


「他にいないかー?」

「あの……先生……」


 か細い声で先生を呼んだのは、姫川ひめかわ真莉愛まりあさんだ。

 自信なさげに、控えめな様子で、彼女は挙手をしていた。


「私も、やります……」

「お、姫川もかー。助かる」


 姫川さんもプール掃除メンバーに加わり、これで人数の合計は七人となった。

 しかも、俺以外全員女子だ。

 あれ……? これってもしかしなくても、ハーレムというやつなのでは?

 もしかして俺、モテ期到来!?

 プール掃除で女の子とあんなことやこんなことを……、


「先生、じゃあ、俺もやります」


 と、俺がハーレムでキャッキャウフフな妄想をしていると、男の声が聞こえてきた。

 ちっ。おい誰だよ! 俺のハーレムを邪魔するヤツは!


「月宮か。ありがたいが、お前部活はいいのか?」

「大丈夫です。今結構余裕あるんで」


 ニカッと爽やかな笑みを浮かべるその男は、月宮つきみやよう

 い、イケメンだ……。ダメだ、俺よりもアイツの方がハーレムを築きそうだ。

 ちくしょう! なんであんなイケメンがプール掃除を! 大人しく部活してろ‼


「……これで男子は二人か。どうだ、男子で他にやりたいヤツとかいないか?」


 うーん。そうだなぁ……。男子が俺と月宮だけってのはなんか癪なので、あいつも巻き込んでやろうそうしよう。

 というわけで、俺は挙手をして発言する。


「先生! 黒崎くろさきがプール掃除をやりたそうにこっちを見てます!」


 はっはっはっ! これでお前も巻き添えだ黒崎くろさき洋介ようすけ


「なんだ? 黒崎、お前もプール掃除やりたいのか?」


 先生が黒崎を見てそう問いかける。


「ふぇ?」


 黒崎は変な声を漏らしていた。


「よし、じゃあ黒崎も参加だな」


 と、先生は勝手に黒崎の参加を確定させてしまう。


「え? え? え? ……………………え?」


 黒崎の困惑の声が聞こえる。

 俺はその声に吹き出しそうになりながらも、必死に笑いを堪える。

 やったぜ。黒崎を巻き込むことに成功した。

 どうせあいつも放課後は暇だろうし、問題ないだろ。


「これで九人か……。まあ、こんなもんでいいだろ。じゃあ、今挙手した九人は、放課後プール掃除よろしくなー。はい、朝礼終わり。解散っ!」


 先生がさささっと朝礼を締めくくる。

 こんな感じで、俺たちは放課後プール掃除をすることになってしまった。

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