第66話 俺の兄妹のようすがちょっとおかしいんだが。

 六月十七日。土曜日。

 俺は昼飯を食べた後、自室で一人考え事をしていた。


「……そういえば、明日は父の日か」


 明日は、六月の第三週の日曜日。つまり、父の日だ。

 俺は父の日へのプレゼントを何にしようか考えていた。


「母の日もプレゼントしたし、父の日にも何かプレゼントするべきだよな……」


 俺が自らの意思で父の日に何かプレゼントしようと考えたのは、今年が初めてだった。

 普段は、父の日や母の日なんてまるで意識していない。


「ただいまー、隼太はやた


 俺が考え事をしていると、妹の舞衣まいが帰ってきた。

 うちの妹は、毎週土曜日にeスポーツクラブに通っているのだ。


「おう、おかえり」


 俺がそう言うと、舞衣はそそくさと自分の部屋へと向かった。


「……舞衣に相談してみるか」


 そもそも、母の日に何かプレゼントしようと言い出したのは舞衣だった。ならば、父の日のプレゼントについても、舞衣に相談してみるのがいいかもしれない。

 俺は舞衣の部屋の前へ行き、扉の前でノックする。


「なにー?」


 部屋の中から舞衣の声が聞こえてくる。


「舞衣、帰ってきて早々に悪いが、ちょっと相談いいか?」


 俺がそう呼びかけると、部屋の扉がガチャリと開く。


「なに? 相談って」


 上目遣いで俺の事を見つめる舞衣。ヤダうちの妹可愛い。シスコンになっちゃいそう……。……あ、もうシスコンだったわ(洗脳済み)。


「いやさ、父の日ってなんかプレゼントする?」


 そう問いかけると、舞衣は一度大きく目を見開いて、それから「あはは……」と苦笑いした。

 いつもとは違う反応に、俺は少し違和感を覚える。


「う、うーん。やっぱ、父の日もプレゼントした方がいいかな?」


 何かを探るような、舞衣の問いかけ。


「え……? そりゃあ、母の日もプレゼントしたし、父の日だけプレゼントしないってのは、なんかおかしい気がするし……」

「……ははは。……だよね」


 困ったように舞衣が笑う。

 ……なんだ? 舞衣はあまり乗り気じゃないのか?


「なんていうか、今、私的には父の日どころじゃないっていうか……」

「え? なんかあるのか?」

「いや……予定とかはなんにもないんだけどね……」


 舞衣は頬をぽりぽりと掻く。


「じゃあ、そうだなぁ……。私と隼太だけで、プレゼント選びに行く?」

「え? 正徳まさのりは誘わなくていいのか?」

「うーん。誘った方がいいかな?」

「誘った方がいい、と俺は思うけど」

「じゃあ、誘う……?」

「え……。ん……?」


 なんだか、今日の舞衣はおかしい。

 いつもなら、舞衣が俺に選択権を委ねるなんてことはないはずなんだけど……。

 俺の話を聞かず、自分がやりたいことは何がなんでも実行する。

 それが、いつもの舞衣だ。

 だけど今日の舞衣には、そういう積極性が見られない。

 何かあったのだろうか?


「正徳誘うの、嫌なのか?」

「別に……嫌じゃないけど……」

「じゃあ、誘っていいのか?」

「う、うん……」


 弱々しく舞衣が頷く。


「よし、じゃあ正徳の部屋行くぞ」


 そう言って、俺は舞衣の腕を引っ張る。


「ま、待って!」


 すると、舞衣がそれに抵抗してきた。


「わ、私は部屋で待ってるから、隼太が一人で誘ってきてよ」

「……なんだよ。お前ら、喧嘩でもしてんの?」

「し、してない!」

「じゃあなんで?」

「別になんでもない! 正徳の部屋に行くのが面倒臭いだけ! ってか、出かけるなら私着替えたいし! そういうわけで、後はよろしく!」


 舞衣はバタンと勢いよく部屋の扉を閉め、部屋の中に閉じこもってしまった。


「……しょうがない」


 俺は一人で正徳の部屋へと向かう。

 部屋の扉が開いていたので、俺はそのまま正徳の部屋に入る。

 正徳は一人で格闘ゲームに興じていた。


「正徳、ちょっといいか?」

「無理! 今ネット対戦中!」

「じゃあそれが終わったら時間くれ」


 そして数分後、正徳はネット対戦を終え、俺の方へ振り向く。


「くっ~、負けた! 隼太! お前のせいだぞ!」

「なんで俺のせいなんだよ……」

「お前が途中で話しかけてくるからだ! くそ! なんかムカつくから俺と勝負しろ! 隼太!」

「待て待て。その前に俺の話をだな……」

「その前に勝負だ!」

「ええ……」


 何故か俺と正徳で格ゲーをすることになってしまった。


 正徳との格ゲー勝負に俺は全戦全敗し、正徳が満足した頃。


「……そろそろ俺の話聞いてもらえるか、正徳?」

「がっはっは! しょうがねえなぁ! 可愛い弟の頼みだ! 聞いてやらんこともない!」


 こいつ……。俺に勝った途端機嫌良くなりやがって……。


「今から兄妹三人で、父の日のプレゼント買いに行かない?」


 俺がそう言うと、正徳の動きがピタリと止まった。


「……それ、舞衣はなんて言ってるんだ?」


 どうしてそこで舞衣の名前が出る?


「あのさ、舞衣と正徳、なんかあったのか?」


 正徳の反応を見て、俺はついそんなことを訊いてしまう。


「……別に、なんもねえけど。舞衣が乗り気なのか気になってな」

「舞衣は……なんというか。嫌とは言ってなかったけど、あんまり乗り気ではなかった」

「だろうな」


 俺の答えを予想していたのか、正徳はそう返した。


「舞衣が乗り気じゃないなら、俺はパスだ」


 正徳はそう言って、伸びをする。


「正直、今日は格ゲーしてたい気分だし」


 彼のその言葉に、俺は困惑せざるを得ない。


「いいのかよ? 父の日、なんもしなくて」

「別に問題ないだろ。毎年なんかしてるわけじゃないし。いつも通りじゃん」

「でも、今年は母の日はプレゼントを……」

「それは舞衣がプレゼントしたいって言ったからだろ。母の日にプレゼントしたからって、父の日もそうしなきゃいけないって決まりはない」

「そう……だけど……」

「どうしても親父に感謝の気持ち伝えたいなら、隼太一人で伝えても問題ないだろ」

「いや、俺は……兄妹三人で……」

「とにかく、今年はパスだ。また来年な」

「……わかった」


 結局、今年の父の日は、特に何もせずに、いつも通りに終わった。

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