第65話 俺の作戦

 愛美あいみ月宮つきみやから離れた位置に移動し、俺は身を隠す。

 俺が現在身を隠しているのは、ギリギリ二人の姿が見えて、会話も聞こえるような場所だ。

 二人が俺に気づく様子はない。


「えっと……話って、何かな……?」


 愛美の困ったような声が聞こえる。

 恐らく愛美自身も、これから起ころうとしていることを理解しているのだろう。


「ああ、その事なんだけど……」


 これは月宮の声。

 俺は、これから二人の間に何が起き、どのような結果で落ち着くのか知っておかなければならない。

 だから、こうやって盗み聞きのような真似をしている。


「愛美は前に俺に言ったよな。六月の大会で俺が優勝したら、好きな人に告れって」


 へえ……。俺の知らない所で、二人はそんな約束をしていたらしい。


「その約束を、今から果たすよ」


 空気が張り詰める。数秒の沈黙の後、月宮が口を開いた。


「俺……ずっと愛美の事が好きだったんだ!」


 拍子抜けするほどあっさりと、簡潔に、月宮はそう告げた。


「あはは……やっぱ……そういう事だよね……」


 俺の場所からは愛美の表情は見えないが、どんな顔をしているのかは、そのセリフで大体想像がついた。


「――私は、隼太はやた君が好き」


 はっきりと彼女は告げる。


「だから、ごめんね」


 愛美が俺のことを好きでいてくれるのは、素直に嬉しい。

 だが、告白した月宮の気持ちを考えると、どうにもいたたまれない気持ちになった。


「――ああ、知ってたよ」


 愛美からの言葉を受けた月宮は、爽やかにそう言った。

 振られたというのに、彼はどこかすっきりとしたような声音だった。


「お前が影谷かげたにを好きだなんてことは、当然知ってる。俺が愛美に告白したのは、自分の中でけじめをつけるためなんだ。……これでもう、きっぱりと諦められそうだよ」

よう……。ごめんね。私、つい最近まで陽の気持ちに気づいてなくて……」

「いいんだ。それよりも、ちゃんと振ってくれてありがとな、愛美」


 ――どこまでもお前はイケメンだな、月宮。

 俺は静かに、その場を去った。


 ◇◇◇


 大会の会場にある女子更衣室。

 そこで、姫川ひめかわさんは着替えをしているはずだ。

 俺は姫川さんと二人きりで会話するため、更衣室前で彼女を待ち伏せしていた。

 更衣室前で待ち伏せって、なんか変態みたいですね……。

 ガチャリと更衣室の扉が開き、中から姫川さんが現れる。

 彼女はチア姿から私服に戻っていた。


「よう」


 俺の存在に気づいていないようだったので、俺は姫川さんに声をかける。


「え……? ……………………。……ひぃっ!? 影谷さん!?」


 時間差で俺の存在に気づいた姫川さんは、体をぴょこんと跳ねさせて驚く。


「け! 警察にっ……!」


 スマホを取り出す姫川さん。


「待て待て待て! なんとなくそういう反応は予想してたが、待て! 通報するな!」

「お、犯される! 影谷さんに犯されてしまいます! 誰か! 助けてっ!!」

「なんもしねえよ! 俺、怪しい人じゃないから! 姫川さんに話があるだけだから!」

「更衣室で待ち伏せする意味がわかりません! ……はっ!? まさか、更衣室に監視カメラが仕掛けてあって、それの回収に!? 盗撮です! ここに盗撮犯がいます!」

「おい! そんな全力で叫ぶな! 本当に誰か来たらどうするんだよ!」


 俺は慌てて姫川さんの口を両手で塞ぐ。


「んんん! んんん‼」


 口を塞がれても尚、姫川さんが何やらもごもご言っている。

 俺が必死に姫川さんの口を押さえていると、彼女が俺の手を思いっ切り噛んできた。


「いってぇええええええええええええええええええ!?」


 絶叫する俺。


「何すんだよ! 手から血が出てきたんですけど!?」

「そっちこそ! 急に女の子の口を押さえるなんて、傍から見たら完全に犯罪者ですよ‼」

「お前が盗撮犯だなんだと叫ぶからだろ!」

「盗撮じゃないならなんですか? 覗きですか!?」

「だから何もしてないしする予定もないって! 俺はただ、姫川さんと二人きりで話がしたかっただけだ!」

「え? なんですかそれ? 告白ですか? 彼女がいるのに? 最低です‼」

「ちっげえよ! いいから話を聞け!」


 俺が息切れしながらそう言うと、姫川さんはやっと俺の話を聞く態勢になってくれた。

 姫川さんと話してると疲れるな……。いやまあ、面白いからいいんだけどさ。


「……それで、話って何ですか?」

「お前も気づいてると思うが、月宮が愛美に告った」

「……やはり、二人きりにしてくれというのはそういう意味だったんですね」

「ああ……」


 俺の推測通り、姫川さんも気づいてはいたようだ。


「それで、月宮は振られた」

「そうですか……。それは、喜んでいいのか悪いのか微妙ですね……」

「いいか、姫川さん。これはチャンスなんだ」

「チャンス……ですか……?」


 姫川さんは困惑している様子だ。


「ああ。月宮が愛美に振られた今、姫川さんと月宮がくっつくには最高のチャンスだ」

「でも……そう簡単にいきますかね……?」

「簡単じゃないな。振られたからと言って、月宮の愛美に対する想いはそう簡単に消えないだろうな」

「ですよね……」

「――だが、そこを逆に利用するんだ」


 俺は姫川さんの目を見据えて、そう告げた。


「逆に利用する……ですか?」

「そうだ。そうすることで、月宮は姫川さんを意識してくれるかもしれない。でも、俺が今から姫川さんに提案するやり方は、決して綺麗なものじゃない。卑怯なやり方だ。それでも姫川さんが月宮を落としたいって言うのなら、俺は協力するが……どうする? 聞くか?」


 きっとそのやり方は、姫川さんのような人には似合わない。

 だけど、俺が思いついた最善の方法は、これしかなかった。


「卑怯……ですか……」


 姫川さんは思い悩んだような顔をする。今、姫川さんの中で様々な葛藤が起きているに違いない。


「そうだ……。卑怯なんだ……」


 それでも彼女は、月宮と両想いになりたいのか。そうまでして、月宮と恋人になりたいのか。


「……その方法は……月宮さんが傷つくようなやり方なんでしょうか……?」

「どうかな……。多分、月宮自身が傷つくことはないと思う。傷つくとしたら、姫川さんの自尊心だと思う」


 そのやり方を、姫川さん自身が肯定できるかどうか。それが全てだ。


「……それを聞いて、安心しました」


 姫川さんは、覚悟を決めた表情になる。


「――やります。例え卑怯であっても、私は月宮さんが好きなんです。だから、月宮さんが私に振り向いてくれるなら、やります!」


 そう言った姫川さんは、あざとい笑みを浮かべて、


「それに、卑怯でしたたかな女の子も、案外可愛くないですか?」


 唇に人差し指を当てて、彼女は言った。


「……そうだな。そういう子が好きな男子もいるだろうな」


 俺は悪い笑みを作って、姫川さんに言う。


「じゃあ、その卑怯なやり方ってのを、姫川さんに伝授する」


 知ってるか、月宮。

 恋する乙女は、どこまでも一途で、無敵なんだぜ?

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