第4話 俺は絶対負けていない
終礼が終わり、放課後。
俺は引き出しに入れてある教科書を鞄に移し、帰宅の準備を始める。
黙々とその作業をしていると、またあの茶髪セミロング女が俺に近づいてきた。
「
「………………」
俺は窓の外に目を向ける。
昼までの雨が嘘のように、今は雲一つない快晴だ。
「雨、降ってないけど?」
それでも一緒に帰るの? という意味を込めて俺は彼女を見る。
「一緒に帰るのに天候が関係ある?」
関係あるかないかで言えば、ない。しかし、俺は依然として誰かと一緒に帰る気はない。
彼女の誘いを断るための口実を俺は思案する。
「ほら、友達はいいのかよ?」
俺はそう言って、俺たちのことをニヤニヤとした顔で見守っている四人の女子に視線を向ける。
彼女らは、普段茶髪セミロング女と一緒に行動している、この女の友達だ。
「だ、大丈夫! いつも帰りは別々だから!」
茶髪セミロング女は顔を赤くしながら、焦った様子でそう言った。
すると、その会話を聞いていた四人の女子の一人が、
「そうそう! うちらのことは気にしないでいいよ影谷君! 二人で帰りなよ!」
この状況を楽しんでいるかのように、彼女は言った。
「ほら、ね?
まずいな。このままだと一緒に帰る流れに押し切られる。
ダメだ。俺はもう、絶対に、誰かと慣れ合ったりはしない。
何かないのか。この状況を打開する妙案は。
俺が必死に策を考えていると、クラスの片隅にいる男子の
「チッ。このラノベ主人公め。死んじまえ」
明らかに俺に向けられたその呟きが、俺の耳には鮮明に届いた。
『うわ、影谷って最低じゃん』
過去の嫌な記憶が、蘇る。もう聞きたくない、誰かの陰口。
「ちょっ!? ちがっ‼」
俺は席から立ち上がり、その男子に向けて弁明の言葉を言いかける。
しかし、俺が立ち上がった時には、その男子はもう教室から出て行ってしまっていた。
俺はその男子を追いかけようとする。だがそこで、踏みとどまって冷静になる。
追いかけて、どうやって弁明するんだ? そもそも、俺自身が今の状況をあまり理解できていないのに、弁明なんてできるのか?
「急に立ち上がって、どしたの?」
首を傾げて茶髪セミロング女が
「な、なんでもねえよ」
俺はそう言って、また自分の席に座り直した。
頬杖をついて、俺は彼女に言う。
「俺はお前と一緒に帰らねえ。嫌いなんだよ、お前のことが。頼むから俺に構わないでくれ」
普通なら、ここまで相手に露骨な嫌悪感を出されて、それでも近づこうとする人間は多くないだろう。それなのに、この女は構わず俺に近寄って来る。
「へえ、その割には、今日の昼休みは一緒に過ごしてくれたよね?」
俺をからかうような笑みを見せながら、彼女は言った。
「それは、お前がしつこいからだ。俺ははっきり言ったよな? ついてくるな。さっさと消えろって」
「ははは。確かにアレは、少し傷ついた」
今度は取り繕うような笑顔を浮かべて、彼女は言った。
傷ついたなら、もう近寄って来るなよ。傷つけられるとわかっていて、俺と関わるなよ。
「でも、最終的には私が隣にいることを良しとしたんだから、私の勝ち」
勝ち誇ったように彼女はピースサインをする。
「別に勝負してねえし。どれだけ突き放しても、お前が諦めないのが悪い」
「それって、私のしつこさに根負けしたってことだよね? やっぱり私の勝ちじゃん」
「は? 意味わからん。俺は負けてねえ」
……いいや、俺は負けたんだ。だから今、独りぼっちなんだ。
『ごめんね、
わかってるんだ。本当は全部俺が悪いって。だけど、認めたくなくてさ。だから……、
『うわ、影谷って最低じゃん』
だから、誰とも関わらないことで、逃げてるんだよ、ずっと。過去と向き合う勇気すら持てずに。ずっと。
「もう、勝ち負けの話はいいから、早く帰ろ!」
思い出したくない過去を、思い出すんだ。
「帰らねえよ! 俺は、一人で帰る!」
そう言って、その場から逃げるように、俺は駆け出した。
荷物も持たずに、廊下を駆け抜けた。
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