第35話 相馬 夏希

―――― side 相馬 夏希





 翌朝、隣に人の気配を感じて目が覚める……また美央が潜り込んでいたらしい、最近は毎日じゃないか?

 ちらりと隣を見ると……もう起きていたらしい美央と目が合う、これなら起き上がっても大丈夫だな。むくりと上体を起こし……ベッドから出るには美央の向こうに行かなきゃいけないんだが……。

 さてどうしようか、と考えていると袖をつんつんと引っ張る感触がする。


「ん、美央どうかしたの……か」


 振り向いた俺の目には、目を閉じて何かを待っている美央の姿……これってあれか?


「んーっ」


 焦れたのか、美央が露骨に催促してきた……やれやれ、仕方ないやつだな……。


 おはよう、美央。



――――



 満足したのか美央は部屋を出て行った。

 さて、俺も着替えるとするか……もしかしてこれから毎日しないといけないんじゃないだろうか……なんて考えが頭をよぎるが、まぁ何回もしたし今更だろ……妹とするキスなんて挨拶だ、そう言うことにしておこう……。


 今日は特に予定もない……日曜に予定がない俺ってなんかモブらしくないか? なんて考えながらぱぱっと着替える……とりあえず朝ご飯を食べてから考えるか。

 一階に降りると既に美央も降りてきており、御飯の用意を手伝っていた。


「にぃに、おはよう。もう出来るから先に顔洗ってきてね」


「おう、ありがとうな。じゃあ洗ってくるよ」


 洗面所に入り鏡に映った自分の顔を見る……この長い前髪や眼鏡にもだいぶ慣れてきたなぁ……こんな見た目にしているのに、それに触れることなく俺自身を『兄』と慕ってくれる3人には感謝しないとな。


 


 顔を洗って戻るとテーブルには3人分の朝食が用意されていた、待っていてくれたみたいだな。


「おまたせ、今日も美味しそうだな」


「今日の卵焼きも美央ちゃんが作ってくれたのよ? 要領が良いからすぐに覚えてくれて助かるわ」


「もっと練習して、たくさん美味しいもの作れるようになるから期待していてね、にぃに」


「今でも十分美味しいけどな、楽しみにしてるよ」


 さて、先ずは……卵焼きからだっ!



――――



 ふぅ……うまかった……毎日こんな料理が食べられるなんて幸せだよな。

 

「美央は今日、何か予定あるのか?」


「うん、この後明莉ねぇねと一緒に孔美ちゃんのお家に遊びに行ってくるよ」


 明莉や孔美と一緒なら心配もないだろう、それにしても俺抜きで遊ぶようになるなんて、昨日一緒に出掛けたことでかなり仲良くなったみたいだな……3姉妹って言ってたくらいだし。


「そうか……あまり騒ぎすぎるんじゃないぞ?」


「もぅ……にぃに、私がいくつだと思っているの? ちょっとした女子会ってやつだよ」


「明莉と孔美にもよろしくな」


 美央が出かけてしまうなら俺はどうしようかな……そう言えば少し離れた所に大型書店があるらしいし行ってみるか、昨日ショッピングモールでは回れなかったしな。


「にぃには? お家にいるの?」


「いや、本屋にでも行ってみようかな」


「はーい、気を付けて行ってきてね?」


 おう、と返事をして自分の部屋に戻り、スマホで店の位置を確認してみる……電車だと2駅向こうみたいだが、乗らなくても行けそうだな。歩いて行くにはちょっと遠いけれど、自転車ならちょうどいいくらいだ。




――――




 その後家を出て自転車で走る事20分程……この辺りにくると周りの風景は全く見たことが無いな、そう思うとまだまだ行動範囲が狭い事を実感する……まぁ引っ越して来て一月足らずじゃ仕方ないか。


 少しでも地形を覚えようかと周りを気にしながらゆっくり自転車を走らせていると、こちらに向かって歩いてくる人の姿が目に入った……自転車を押しながら歩いているようだ。


(ん? なんだ……登り坂ってわけでもないし……ただ歩いているだけか?)


 なんとなく疑問を持ちつつそのまま近づいていくと、何処か見覚えがある女性だ……。

 

「……あれ? 掛井先輩?」


 相手の姿がしっかりと見える位置まで近づいた時、その女性が先日会った掛井 怜子先輩だと気が付いたので、手前で自転車を止めて声をかける。

 今日の掛井先輩は青い膝丈のワンピースに黒のブルゾンを羽織って、ふわりと後ろで長い髪を結わえている。制服とはまた違ってワンピースが良く似合っていた。


「あら、相馬さんごきげんよう」


「こんにちは、先日はありがとうございました……自転車どうかしたんですか?」


「これは、少しお出かけをしていたのですが帰り道でどうもチェーンが外れてしまったようでして。仕方が無いですから押して帰ろうとしていたところですわ」


 なるほど、チェーンが外れたくらいならすぐ直せそうだな……。


「それなら少し見せてもらっても? 外れただけなら直せますしね」


 そう言って自分の乗っていた自転車を脇に止めて先輩から自転車を受け取る。


「よろしいのでしょうか?」


「んー、これなら戻すだけで良さそうですし、大丈夫ですよ」


 そう言いながらチェーンを戻す作業を続ける……ここに引っ掛けて……ペダルを回して……チェーンは……よし、取りあえずは大丈夫そうだな。


「はい、お待たせしました。取りあえずはこれで帰れるかな?」


「凄い……ありがとうございます」


「いえいえ、それじゃ気を付けて帰ってくださいね」


「はい……あ、相馬さん、ちょっとお待ちください」


 自転車を掛井先輩に渡して、じゃあ行こうかと振り返ったところで俺は呼び止められた……ん? どうしたんだ?


「手が……真っ黒になってしまっていますわ、わたくしが自転車の修理なんてお願いしてしまったから……」


 言われて自分の手を見てみると……確かに指先が真っ黒になっていた。まぁチェーンを素手で触れば仕方ないだろう。


「あぁ……何処かで洗うから大丈夫ですよ」


「いけませんわ! 宜しければわたくしの家までご一緒しませんか? 手も洗えますし、お礼もしたいですから」


「え? いや、それほどの事でもないですし、流石にそこまでしてもらうのは……」


「どうぞお気遣いなさらずに。自転車なら5分もかからないと思いますわ、それでは参りましょう」


 俺の返事も聞かないまま走り始める掛井先輩……このまま立ち去ってしまうか……なんて出来ないよな、まぁ仕方ない。


 自転車に跨り掛井先輩の後を追う……本屋はまた後でいいか、急ぐ用事もないしな。

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