第17話

 乗り込んだ電車は比較的空いており、座ることは出来なかったがある程度の距離を保っていることが出来た。

 そんな中、皆瀬から降りた後は少し離れて登校しようかと提案されたがそれは丁寧に断っておく、二人の都合が悪くなければこのまま一緒に行かないか……と。

 目立ってしまうかも知れない……いや、間違いなく目立つだろうが皆瀬や渡來と同じ駅なのは隠したところでどうせバレるだろうし、数日ごまかしたところで意味は無いだろう。

 それなら早いうちから「皆同じ電車だから」と思ってもらった方が気を使わなくて済む……美央と皆瀬達が仲良しだとわかれば「妹に便乗して登校してくる役得な兄」という立場にもなれるかもしれない……お、モブらしいんじゃないか? 素晴らしい。

 何より折角美央とも一緒に登校してくれるのだ。美央にとって校舎が違う以上登下校というのは二人と過ごせる少ない時間の一つだし、俺の身勝手な我儘でその時間を奪うなんてことはしたくない。

 目立ちたくないと言った俺を気遣っての提案だったのだろうし、お礼と合わせてそう伝えると3人ともが笑顔を見せてくれたので間違いではなかったようだ。


 改札を抜けると、俺の隣に美央が寄ってくるとそのまま腕を絡めてきたので一緒に歩きだした。


「ねぇにぃに。目立たないようにするのも良いけど、もしもの時を考えて渡來先輩たちと一緒にいることは良いと思うよ」


「そうか? なんでだ?」


「あの時……にぃにの傍には『特別な子』は誰も居なかった、……だから皆がもしかしたらって考えたんだと思う。でももし、『あの子なら仕方ないな』って皆に思わせることが出来る子が既にいたら? きっと、あそこまでにはならないと思うの」


「そんなもんか……?」


「そんなもん、だよ。もちろん全く居ないってわけじゃないけれど、それでもほとんどいないと思う、だって渡來先輩も皆瀬先輩もすっごく可愛いもん」


「美央がそう言うんならそうなんだろうな。ま、俺としても美央の友達と仲良くしておくのは悪い事じゃないか……」


「もちろん、今度こそ私はにぃにの傍に居るよ……だから、ねぇにぃに?覚悟……しておいてねっ」


 にぱっと笑う美央。普段は大人っぽく見られがちだがこうした笑顔の時は歳相応の愛らしさが一層に際立つ、ドキリと心臓が脈打ったのはギャップ萌えってやつか?

 そしてそのまま、俺は美央に腕を引かれて皆瀬達と登校するのだった。



――――



 教室に入り自分の席に着いた俺は、昨日と同じようにスマホを取り出す……イヤホンを付け……そう言えば、今日ってなにするんだ? 始業式だったよな……一年って来る意味あったのか?

 教室内をぼーっと眺めながらそんなことを考えていると、にわかに廊下が騒がしくなってきた……あぁ、芹澤が来たのか。たった二日にしてもうわかるようになるくらいのインパクトを与えてくるとは、流石イケメンだな。

 教室に入った芹澤に、登校しているクラスメートが順々に声をかけていく。それに応えつつ俺の前まで来た芹澤は昨日と同じように、さもそれが当たり前であるかのように俺の方を向いて腰を掛けた。


「夏希おはよう、相変わらず早いね」


「おはよう芹澤。電車の都合でね、これより遅いと大変なんだよ」

 

 聴きかけたプレイヤーを止め、イヤホンをしまいながら応える……と、なにやら芹澤がニヤニヤしてるのがわかった。


「……どうかした?」


「いや、迷惑そうにしながらもちゃんと相手をしてくれるんだなって、ね。そうか……夏希はツンデレなんだ」


 はぁ!? 男のツンデレとかどこに需要があるんだ……ってそうじゃないだろ!俺は目立ちたくないから不愛想を演じているだけだ、決してツンデレではない!


「……はぁ? なに言ってるんだお前。礼には礼をもって、当たり前だろう」


「お、砕けてきたね。そっちの方が断然いいよ? これからはそれでよろしくね」


……やられた。あっさりとこっちの壁を乗り越えてくるなんてこれだからイケメンは……。


「取り繕っても……無駄か、素はこんな感じだ改めて宜しくな


 と、ここで教室が何やらざわついているのが気になった……なんだ? 意識してみるとクラスメートの話し声が耳に入る。


「芹澤君をお前って……」「やけに親しそうだよな……知り合いだったとか?」「あんな芹澤君見たことないかも」


……なるほどね。どうやら春翔も苦労しているようだ、まぁ有名税ってやつだろう。


「……お前も苦労してんだな」


 一瞬、目を見開いた春翔はどこか心苦しく、それでも嬉しそうな笑みを浮かべていた。


「お二人さん、なーに話してるのー?」


 いきなり横から声をかけられたのでそちらを向くと、いつの間に来たのか渡來と皆瀬が立っている。

 何気なく春翔に目をやると同時にこちらを見たのだろう、ばっちりと目が合った。


「ははっ、おはよう孔美、明莉。なぁに、夏希がツンデレだって話していただけだよ」


「おい、違うって言ってるだろ? でたらめを二人に教えるな春翔」


「おや? 夏希はもう面識があるのかな? じゃあ紹介する必要もないか」


「あー、まぁな。使う電車が同じなんだよ」


 春翔と話しながらふと二人に視線を戻すと、またもや二人はぽかーんとした表情で立ち尽くしている……おい、何度目だよ……。


「ん? どうかしたのか……あぁ、どうかしたの?」


 俺の口調のせいかもと言い直してみると、いきなり皆瀬がずいっと身体を乗り出してくる。


「ず、ずるいです! 私にも芹澤君みたいに話してくださいっ!」


「春翔みたいに……って、口調を崩してって事……か?」


「はいっ! その……お、お友達……ですから」


 最後の方は俯きながらだったので声が小さくなってしまっていたが、皆瀬が身を乗り出した分近くなってしまった俺にはしっかりと聞こえた。

 

「……わかったよ、えーっと渡來さんもそれでいい……かな?」


「もちろんだよー! って私だけ丁寧に話されたら怒るかんね! じゃあ友達ってことで、連絡先交換しよーよ? 私まだ相馬君の知らないんだよねー」


「あぁ、いいよ。春翔も交換してくれるか?」


 春翔は「これで交換しないとかありえないよね」と、笑いながらスマホを取り出す。


「やったー! 相馬君にめっちゃメッセージ送っちゃおーかな」


「そしたらブロックするだけだな」


「うぅーっ! 明莉ぃ、相馬君が意地悪だよー」


 隣にいる皆瀬に抱きつきながら文句を言う渡來だが、美少女同士はこれだけでも絵になる、男のツンデレより余程需要があるだろう……。


「大丈夫よ孔美、相馬君はちゃんと返事してくれるから」


「明莉はもう夏希の連絡先知ってるんだ? なるほどね」


 春翔が得心を得たかのように頷く……なんだっていうんだ? まぁこれで友達が二人増えたわけだが美央の言っていた事もあるし、良いタイミングだったのかもしれないな。

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