第11話少女の夢と漆黒の野望③
ユーシー王国魔導士連盟本部の来賓室。
黒色のマントを身に着けた背の高い男の足元に、一人の男がひざまずく。
「リューゲル、顔を上げよ」
「ハッ」
「ダーク・リングの仕上がりはどうだ?」
「完璧にございます、ミラージュ様」
リューゲルの返答に、ミラージュが満足そうにうなずく。
「量産の方は?」
「ルディの報告では、目標生産量の40%を達成しており、順調であると」
「それは素晴らしい。やはり人間の加工技術は我々魔族が真似できるものではないな。騎士団の動向は?」
「動きを見せたのは聖教騎士団のみ、しかし今だ暗黒石にすらたどり着いておりません」
「決して油断はするな。相手はあの前団長の娘、クロエ・モンフォールだ。副団長のフェンリルも相当な切れ者と聞く。前線からは退いたが、教会本部には前団長クレアもいる」
ミラージュが険しい表情で視線を向ける。
「ハッ、了解いたしました。1つ、悪い知らせがございます」
「なんだ?」
「レイマーを倒した男の身元が判明いたしまして……」
「誰だ?」
ミラージュが興味津々に尋ねた。
「先の大戦で魔王様を退けた、レオン・モンフォールでございます」
「レオン? あの、リミット・ブレイカーか!?」
ミラージュは驚きの声を上げた。
「さようでございます」
「なんと、やっかいな……いやしかし、リングさえ準備が整えば勝てぬ相手ではない。リューゲルよ、決して生産が遅れなきよう、ルディによくよく申し伝えよ」
「ハッ。かしこまりました!」
リューゲルが彼の足元に額づいた。
別荘に備え付けられたプールで、少女たちは大はしゃぎで水遊びを満喫していた。あまり泳ぎの得意でないマイは、浮き輪を用いて泳ぎを練習している。一方ルカは、パトラとブーケと一緒に鬼ごっこをしてプールの中を走り回っていた。
「これからどうするか、考えるのではなかったの?」
プールサイドのパラソルの下で、エリーゼが飲み物を飲みながら呆れた顔で言う。
「気晴らしも大切だろ。パトラもブーケも喜んでるしな」
「まあ、それはいいことだけど……」
ルカの楽天的な考えに賛同しつつ、エリーゼは心配そうな顔でため息をついた。
「私、買い出しついでに、ちょっと外の様子を見てくるよ」
マイがプールから上がった。
「アタシも行こうか?」
「ルカちゃんとエリーちゃんは、2人のそばにいてあげて」
「わかったわ。気を付けて」
「うん。行ってきます」
マイは着替えを済ませて町に出た。
食材を取り扱う商店が並ぶ通りへ向かう。
少し歩いただけで汗が噴き出てくる。
マイはその日の買い物を済ませ、少し遠回りして町の様子をうかがった。昨夜の2人組の男の姿は見かけない。観光客でにぎわう通りは、いつもと変わらぬ様子でマイの目に映った。
――こんなときにクルーさんがいてくれたらな。心強いのに……
神官初級審査の二次試験を終えた翌日、マイはクルーガーと共にユーフォルム教会支部を訪れ、正式に彼との従者契約を交わした。教会支部で、クルーガーは従者の仮登録が認められたため、毎月1万ギルの給付金が与えれることになった。すでに試験不合格がわかりきっているのにも関わらず、専属従者として契約を交わすなど、給付金目当てであることは明白である。マイは強く反対したが「1万あれば、俺は1か月生きていける! お前は目の前で消えかかっている命の灯を吹き消すつもりか?」というクルーガーの意味不明な主張に押し切られる形で、彼は専属従者の契約にこぎつけたわけである。
初等科の生徒で、専属従者がいる者は皆エリート中のエリートである。中等科、高等科の神官コースがすでに約束されている優秀なサラブレットたちのみに許された、一種のステータスみたいなものであった。マイが嫌がったのは、こういった理由も兼ねている。
――専属従者が大事な時にいないんじゃ、契約の意味ないじゃないですか!
マイはすねた様子で、海の方を見つめた。
ビーチから、こちらに向かって1人の男がすごい勢いで駆けてくる。
目のあまり良くないマイは、警戒して身構えた。まだ、今の距離からは顔の見分けがつかない。マイの脳裏に、パトラたちを追いかけていた昨夜の男の顔が浮かんだ。
「おーい、チビーっ」
聞きなれた声が聞こえてくる。
見覚えのある男がクルーガーだと気がついたマイは、喜んで彼に駆け寄った。
「クルーさんじゃないですかー! こんなところでどうしたんですか?」
「チビ、落ち着いてよく聞くんだ」
クルーガーが低い声で語る。
「なんですか?」
いつになく真面目な顔のクルーガーを見て、マイに緊張が走った。
「俺はフェンリルから依頼を受けてこの島の調査に来たんだが、かなりやばい状況になってる」
――やっぱりこの島には、なにか秘密があるんだ。パトラとブーケに関わる秘密が……
「実は、調べていて一軒の怪しい店を見つけた。俺が潜入するか迷っている時、見えない力でその店に引き込まれちまったんだ」
――もしかして、そのお店にパトラの家族が監禁されてたんじゃ……
「店内は大音響の音楽が鳴り響き、女たちがなまめかしいダンスを踊ってた。だんだん俺の意識はもうろうとしていった」
――聴覚と視覚に影響を与えるまじないの一種かな? それでクルーさんの意識を操ったのかも……
「突然、1人の女が俺にのしかかってきた。抱きつかれた俺はまったく身動きがとれなくなった」
「直接動きを封じられて、よく抜け出せましたね。ケガはありませんか?」
マイが心配そうにクルーガーの体を見る。
「宿の部屋番号を教えて、必ず支払いをすると約束したら帰してもらえた」
「なるほど、必ず支払いを……はあ?」
「その支払期限が今日なんだよ!」
「は? クルーさん、なんの話してます? その店って……」
マイは自分の耳を疑い、クルーガーに聞き返す。
「その店の名は、おさわりパブ『ハーレム・クイーン』」
「なにやってるんですかっ!」
「パブで調査費用、全部すっちゃった。テヘ」
「テヘじゃないですよっ!」
怒ったマイがそっぽを向いて歩きだす。その背中をクルーガーは慌てて追いかけた。
一番最初に異変に気がついたのはエリーゼだった。
メイドの名前を呼んでも返事がない。おかしく思ったエリーゼが、もう一人のメイドの名を呼ぶ。やはりこちらも反応がない。2人とも、2階やプールから離れた場所で仕事をしているということは考えられない。用事を言いつけられた時にすぐ対応できるよう、どちらか1人は必ずエリーゼの近くに控えているのが通常である。
エリーゼは、ルカたちにプールから上がるように伝え、嫌な予感を抱えたまま、更衣室の様子を見に行く。
誰もいない。
急いでプールに戻り、ルカに異変を伝える。
そのとき、覆面姿の賊が屋根の上からプールサイドに飛び降りた。
4人が走って屋内へ逃げ込む。
ダイニングには、メイドの1人が首から大量に血を流して倒れていた。
4人が玄関へ走る。
2階から素早く降りてきた覆面2人組が、エリーゼたちの前に立ちふさがった。後ろから追ってきた覆面2人が追いつき、エリーゼたちは挟まれる形となり逃げ場を失った。
目の前の覆面2人が構える剣には血がこびりつき、剣先からポタポタと滴り落ちていた。
パトラとブーケが互いの身を寄せ合い、ブルブルと体を震わせる。
エリーゼは、この窮地をどうすれば突破できるのか、必死に考えていた。守りに入ればじり貧になる。神の加護第一か条のシールドでは、一方向からの攻撃しか対応できない。4人の剣士相手には分が悪すぎる。そもそも、相手との間合いが近すぎて、詠唱時間の余裕はない。
「ルカ、私たちで足止めするしかないわ!」
「わかってるよっ」
エリーゼとルカが、剣士たちに向かって突進する。
相手の腕を掴んで、必死に動きを止める。
「パトラ、ブーケ、逃げろ!」
「さあ、早く逃げなさい」
ブーケが大きな声で泣き出す。
兄のパトラもその場を動くことはできなかった。
「うわっ」
ルカが殴られ、パトラの前に倒れた。
エリーゼもまた、1人の覆面に抑えられ、身動きを封じられる。
覆面が1人、泣きながら抱き合う兄妹の元に近づき、剣を振り上げた。
剣が振り下ろされようとしたその刹那、突然ドアが破壊され、現れた男がダガーナイフが投げた。剣を振り上げた覆面の胸にナイフが突き刺さり、その場に倒れる。
玄関前でエリーゼを抑えていた覆面が剣を構える。それよりも速く、ナイフは2人の喉元を切り裂いた。傷口から滝のように血を流しながら、2人が崩れる。
「くそっ、くそっ……」
1人残った覆面がルカの首を絞めながら強引に立ち上がらせた。
ルカが苦しそうに顔を歪める。
「クルーさんっ」
「心配すんなチビ」
クルーガーがゆっくり一歩踏み出した。
「く、来るな! 来たらこいつを殺す」
覆面がルカの顔に剣を近づけて脅す。
「お前らの雇い主を答えな」
クルーガーがナイフを構えたまま冷静な声で尋ねる。
「うるせぇ! そこをどけぇ! こいつの命が――」
言い終える前に、クルーガーの放ったナイフが回転しながら覆面の眉間に突き刺さっていた。
「ルカちゃん!」
駆け寄ったマイがルカを抱きしめる。
「アタシは平気だよ。エリー、大丈夫?」
「ええ、もちろんよ」
立ち上がったエリーゼが兄妹を抱き寄せる。
「遅くなってごめんね」
マイが涙をいっぱい溜めながら、ルカとエリーゼの手を握った。
別荘が襲撃されてから、あまり時間を置かずに聖海騎士団がやってきた。近所の住人から警ら中の隊員に連絡が入り、駆け付けてきたのである。マイたちは正直に状況を説明せざるを得なかった。覆面の死体が回収され、マイたちは聖海騎士団の詰め所に連れていかれて取り調べを受けた。マイたちの供述がすべて一致していたため、解放されるまでにそれほど時間はかからなかった。
パトラとブーケは騎士団に保護されることとなった。兄妹は泣いて嫌がったが、マイたちは身振り手振りで一生懸命に理由を伝えた。最後まで抵抗する兄妹を、騎士団の隊員が少し強引に奥へ連れて行ってしまった。
パトラとブーケの姿が見えなくなると、エリーゼはすごく寂しそうにため息をついた。
「さて、ガキは無事に預けたことだし、エリーゼ、金貸してくれ」
「なぜわたくしが、貸さなければならないの? お断りよ!」
クルーガーの差し出した手をバシッと叩き、エリーゼがにらみつける。
「チビが貸してくれねぇんだよ。お前、ユーフォルムの神殿のお嬢様だろ。困ってる市民を助けるのが神殿の役目ってもんだろぉ?」
「あなたはユーフォルムの市民ではないでしょう?」
「ぐぐっ……」
エリーゼから適格な指摘を受け、クルーガーが黙り込む。
「これでよかったんだよね?」
「アタシたちといるより、ここのが安全だもんな」
「……」
エリーゼだけ納得いかない様子で黙り込む。
「お嬢様は、意外と察しがいいなあ」
「あなた、何を言って……」
エリーゼをはじめ、全員がクルーガーに注目する。
「クルーさん、適当なこと言っちゃダメですよ」
「チビは魔族には鼻が利くが、人間相手はダメだな」
「何が言いてぇんだよ、おっさん。早く教えろよ!」
「おっさん言うなっ。俺はまだ29だ!」
ルカが大きな声を出してせかす。クルーガーが咳ばらいをして語りだす。
「いいか、お前らよく思い出せ。覆面が腰に下げてた剣は、どんなのだった? 長さは? 幅は? 鞘の色や模様は? 4人とも同じ剣じゃなかったか?」
「……そんな! そんなはずないわっ」
エリーゼが驚愕して叫ぶ。クルーガーに食って掛かって否定する。
しかし、彼女は気がついた事実を受け入れざるを得なかった。
「……あ、あの覆面が持ってた剣と、聖海騎士団が持ってる剣、同じじゃね?」
「そうだっ。そうだよルカちゃん。同じだったよ!」
「やっと思い出したか、おバカどもめ」
クルーガーが、マイとルカを小ばかにした目でからかう。
「クルーさん、どういうことですか?」
「覆面が持ってたのはショートソード。歩兵用の短めの剣だ。騎兵の場合は馬上から相手に届くロングソードが標準装備だ。装備は各騎士団ごとに揃えてるから、ここの騎士団の剣は、他では使用されてねぇ。剣の柄、長さや幅、鞘の形や模様が同じだったってことは。覆面は騎士団の隊員だったってことさ」
「なにのんきに構えてんだよぉ! パトラとブーケが連れてかれちゃっただろっ」
ルカが声を荒げる
「まあ、慌てるなよ」
「あえて分かっていて、パトラたちを敵の手に渡したということかしら?」
「それで相手の出方を見るんですね!」
「そういうこった。暗黒石っていう禁止された魔石を採掘してる連中だ。関わったヤツを生かしておくわけがねぇ」
そう言いながら、突然クルーガーが低く身構えた。
「どうかされました?」
不思議そうにエリーゼが尋ねる。
マイが周囲を見回して警戒する。
「チビ、分かるか?」
「かなりはっきり分かります。騎士団詰め所の外にいますが、こちらへ近づいて来ています!」
それは、マイとクルーガーだけが、かぎ分けることのできる臭いだった。魔族独特の濁った汚れた気配。マイにとって嫌な感じが、どんどん詰め所へ近づいてくる。
「今、入って来たな。チビ、どいつか分かるか?」
詰め所に6人の男が入ってくる。
「真ん中です! 1人だけ服装の違う人です!」
クルーガーがダガーナイフの柄を握りしめる。
少女たちが、クルーガーの後ろに下がった。
「やあ皆さん、今回は災難でしたね」
5人の兵士を引き連れてやってきた男、真ん中に立つ者が笑顔で挨拶をする。
「……あなたは?」
マイが恐る恐る尋ねる。
「私は、城の城主にしてこのダミール島の領主を務めております。ブルースと申します。どうぞよろしく」
ブルースが不敵な笑みを浮かべながら、クルーガーに握手を求めた。
クルーガーは目をそらさず、ジッとにらんだまま、ブルースの握手にこたえた――。
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