第2話神官初級審査②

 神官初級審査2次試験、2日目の正午過ぎ、マイとクルーガーは1つ目の古代遺跡から最も近い町、レーメンに到着した。町の中央にはマリアンヌ聖教の神オスカーを祀る神殿と教会支部、ギルド会館が立ち並び、様々な商店が連なるメイン通りは多くの人で混み合い活気づいていた。

「まずは、神殿で感謝の祈りを捧げましょう。無事にこの試験を終えることが出来るよう、お祈りもしなくちゃです」

「おう、行ってこい」

 クルーガーがそっけなく答える。

「何言ってるんですか。クルーさんも一緒に行くんですよ。今は一応、私の従者なんですから」

「俺は神様信じてねぇの。俺はこの剣売ってくるからよ、中央広場で落ち合おうぜ。うまいもん食わせてやる。じゃあなぁ」

「もう、クルーさん勝手なんだから」

 すでに歩き出したクルーガーは、2人の冒険者から押収した剣を頭上に掲げて手を振った。その背中をマイはムッとした表情でしばらく見送っていた。


 商店の立ち並ぶメイン通りで、クルーガーは武具店を探しながらのんびりと歩いていく。メイン通りから少し離れた場所で、ドッと歓声が沸いているのに気がつき立ち止まる。

「なあ、兄さん。向こうがずいぶんとにぎやかみたいだが、祭りか何かかい?」

 通りすがりの若者に声をかけた。

「ああ、今ちょうどドッグレースが開催されてるんだよ。直線コースを6頭の犬で競うレースなんだが、大穴当てりゃボロ儲けだぜ。まあ、賭けなくても会場には入れるし、見てるだけでもかなりエキサイティングだから行ってみなよ」

「ど、ドッグレース……だと!」

 クルーガーはゴクリと喉を鳴らした。


 マイは神殿で感謝の祈りを捧げ、試験の無事を祈願し、言われた通りに中央広場でクルーガーを待っていた。


――エリーゼさんちのポワール神殿より小さいけれど、壁の彫刻の模様とか可愛くて良かったなあ。クルーさんも一緒に来ればよかったのに……


「あらあら、一人ぼっちで何しているの? サポートの冒険者はどこにいるのかしら?」

 神殿をうっとり眺めて余韻に浸っていたマイは、聞き覚えのある声で我に返った。

「エリーゼさん」

 いつの間にかすぐ近くで、エリーゼが腕を組んで立っていた。

 驚いたマイが目を丸くする。

「マイー、大丈夫だったかあ? ケガしてないかあ?」

 後方から走ってきたルカが、エリーゼをグッと押しのけてマイに飛びついた。

「ルカちゃん。ハハハ、大丈夫だよー。ほらこの通り元気だよ」

 マイも彼女をギュッと抱きしめる。

「ちょっとルカ、離れなさい。さあ、行くわよ」

「おっ、おい。まだ時間はたっぷりあんだろ?」

「卑しい身分の孤児に触れるなど、わたくしのパーティメンバーとして許されないことよ。わたくしの品位にかかわるわ」

 マイに軽蔑の視線を送りながら、エリーゼはルカの腕を引いて2人を引き離した。

「私は大丈夫だからっ。クルーさんっていう、えっと、よくわからないけどとても強い人と一緒にいるから。ルカちゃんも頑張ってー!」

 離れていくルカに大きな声でエールを送る。

「プフッ。何よそれ。わたくしたちはもう、1つ目の遺跡で洗礼を済ませたわ。これから2つ目の遺跡に向かうのよ。あなた、今のペースで間に合うのかしら? まあ、わたくしには関係ないことね」

 エリーゼは勝ち誇ったかのような笑顔を見せて去っていった。


――そうだ、ルカちゃんとエリーゼさんたちの無事もお祈りしてこなくちゃ!

 マイは再び神殿の中へ、小走りに戻っていった。


 クルーガーが中央広場にやってきたのは、マイがルカ達一行の無事をお祈りして1時間以上経過したあとだった。別れるときに意気揚々としていた様子は一変し、下を向いてトボトボとこちらに向かってくるさまは、元気を失っているのが一目瞭然だ。

「クルーさん、遅いですよぉ。美味しいもの食べに行くんでしょ? もうお腹ペコペコですよぉ」

「ああ、ワリィ、ワリィ。ときにチビ、人はどんなに不利な状況でも、勝ち目のないような勝負でも、逃げちゃならねぇときがある、分かるよな?」


――はっ! これってクルーさんが私を助けてくれたとき、ミノタウロスに立ち向かったときのこと?

 

 マイは「うん、うん」と力強く頷きながら目をキラキラさせて彼を見つめた。

「負けることを恐れちゃいけない。自分が信じた道を突き進むことが大事なんだ!」


――人のために戦う勇気を持てってことだよね!

 

 真剣な顔で話を聞きながら、マイは「ハイッ」と返事をした。

「だが、一発大穴を狙うんじゃなく、手堅く守りながら賭けることも重要だ」

「ハイッ……へ? なんの話? 仲間を守って手ごわい敵と戦う心構えの話じゃ……」

「ドッグレースで有り金みんなすっちゃった。テヘ」

「テヘじゃないですよ! 何やってるんですかっ」

「ギャンブルやってます」

「真面目に答えないでください!」

 ペロリと舌を出すクルーガーを前にして、マイは深いため息をついた。

「マリアンヌ聖教の戒律で、神官とその従者はギャンブルを禁じられているんですよ。お酒やタバコ、あとはそのぉ、みだらな……」

「声小さくて最後なんて言ったかわかんねぇよ。なあなあ、最後のもっかい言ってくれよ」

 クルーガーが悪戯っぽい笑みを浮かべ、突き出した肘でマイの肩をグイグイ押した。

「もうっ、からかわないでください!」

 マイは顔を真っ赤にしてクルーガーの背中をバシバシ叩いた。

「わかった、わかった。ほら、これやるから、機嫌直せって」

 クルーガーは、バッグからパンとチーズを取り出してマイに手渡した。

「……ありがとうございます。いただきます」

「おう、食え食え」

 2人は中央広場に設置されたベンチに並んで腰かけ、遅めの昼食にとりかかった。


 

 マリアンヌ聖教騎士団一個大隊がミノタウロスの死骸を発見したのは、森の調査を開始して30分後のことだった。

「神官からの報告では、結界が破られた形跡を見つけたとのこと。おそらく魔族によるものかと」

「ふむ。ご苦労さま大隊長。迅速に教会本部へ知らせたい。神官長はここまでの調査報告を頼む」

「はい」

 指示に従い、神官長は思念通話で教会本部へ連絡をとった。

 騎士団長が馬から降り、ミノタウロスの亡骸に歩み寄る。高い木々の隙間から差し込む光が、彼女の銀色の髪をキラキラと輝かせる。透き通るような白い肌に整った顔立ち、背の高い美人を目の前に思わず隊員たちは手を止めて見とれてしまう。

「ん? 皆どうした? 調査を進めないと日が暮れてしまうぞ」

「ハイッ!」

 我に返った隊員たちは頬を赤らめながら仕事に戻る。

 騎士団長クロエは、その光景を不思議そうな顔で見つめた。

「クロエちゃん、マジかわゆ過ぎなんですけどぉ。あの、首をかしげた表情はキュンキュンもんだよな!」

「バッカお前、団長に聞こえたらえらいことだぞ! あの人普段は優しいけど、仕事になると鬼と化すからな」

 1人の隊員の無駄口をもう1人が注意する。

「ユーシー王国最強の騎士団のトップで才色兼備、剣術に魔術の腕前も右に出るもの無し。あれでまだ20歳だぜ」

「うむうむ。確かに俺たち、聖教騎士団に入れてホント幸せものだな」

「だなぁ」

 2人の隊員は横目でクロエをチラ見しながら、頬を緩ませた。


 突然、森の奥から地面を揺り動かすようないくつもの足音が聞こえてくる。その振動で木々がゆらゆらと大きく揺れ、枝で羽を休めていた小鳥たちが一斉に羽ばたいていく。


「歩兵隊、密集陣形! 神官は索敵術式開始!」

 クロエが大声で叫んだ。

「方向東、距離100メートル、小隊規模の大型モンスター接近しております!」

 索敵を終えた神官がクロエに報告する。

「私が出る。神官長は後衛を頼む。全部隊、警戒態勢を維持」

 クロエは冷静な声で指示を出し、腰に下げた鞘からサーベルを引き抜いた――。 



 昼食を済ませたマイとクルーガーは、町を出立して1つ目の遺跡へ向かっていた。マイは広げた地図とにらめっこして、上下反転させたり、顔をグッと近づけたりをさっきからずっと繰り返している。見かねたクルーガーが地図を取り上げる。

「ああ、何するんですかぁ。まだ見てるのにぃ」

「この方向で合ってるから安心しな。そんなに見てたら地図に穴が開いちまうぞ」

「んぐぐぐ……」

 嫌味を言われたマイが恥ずかしそうに顔を赤くする。

「この道を進むと、カーリック村ってのがあるはずだ。その村まで行けば、遺跡まであと半分って距離だな。そろそろ見えてきてもいいころなんだが」

「あ! 見えました。クルーさん、カーリック村ですよ」

 マイが指さす方向に、集落が見える。

「あの村で、飲み水を補給させてもらおう」

「はい」

 2人がカーリック村に足を踏み入れると、顔を合わせる村人たち全員が丁寧におじぎをした。

 マリアンヌ聖教が誕生して1200年、およそ1000年前から神官を志す子供たちが洗礼を受けるために遺跡を目指し、この村を通ってきた。神官の卵である子供たちに対して敬意を払うのは、カーリック村の慣習である。

「な、なんだか会う人皆さんにおじぎされると、照れちゃいます。まだ神官でもないのに」

 マイが一人ひとりにおじぎを返しながら、少しとまどった様子を見せる。

「なあ、ちょっとすまないが水をわけてもらいたいんだ。井戸を使わせてもらっても――」

「おじいちゃん、おじいちゃんっ。誰か助けて! おじいちゃんがっ」

 クルーガーが村人に話かけた目の前の家から、必死に助けを求める叫び声が聞こえた。

「どうしたんですか?」

 すぐさまマイが飛び込んでいく。

「お、おじいちゃん病気で、突然苦しがって倒れちゃって。私が呼んでも起きてくれないの」

 マイと同年代の少女が白髪の老人のそばでうずくまり、涙を流している。

「落ち着いてください。おじいさんはどこが悪いのですか?」

「胸、胸の病気なんだけど、薬も買えないし、神官様にも診てもらえなくて……」

「わかりました」

 マイが真剣な顔でうなずき、老人の胸をそっと両手で触れる。

「天に輝く神の光よ、神の子の苦しみを癒したもう、救いたもう。聖なる光で清めたまえ」

 マイが詠唱を繰り返すと、彼女の両手が柔らかな光に包まれ、老人の意識が戻った。

「もう大丈夫ですよ」

「おじいちゃぁん」

 少女が老人にギュッと抱きついた。

「ほい、神の癒し1回で3万ギルになりまーす。尚、分割払いは受け付けておりませんので、現金一括払いでおねがいします」

「何言ってんですかっ!」

「イテッ」

 少女に向かって差し出したクルーガーの手をマイが思い切り叩き落す。

「神官様、本当にありがとうございます。命を助けていただいて大変申し訳ないのですが、ご奉納させていただけるお金がありません。ほかのことでお役に立てることがあれば何でもさせていただきます」

 体を起こした老人がマイに向かってひれ伏す。

 少女も慌てて祖父の真似をする。

「じゃ、なんか金に換えられそうなものを、ウッ……」

 マイの強烈な肘打ちがクルーガーのみぞおちにクリーンヒットした。

「お金なんてとんでもないです。お礼はお気持ちだけで十分です。そもそも私、まだ神官じゃありませんから。では、これで失礼します。ほら、クルーさん、行きますよ」

 マイは頭を下げると、クルーガーの腕をグイグイ引っ張って外に連れ出した。

「あの、私ローラといいます。お水、必要なんですよね? 私、案内します」

 2人のあとから慌てて少女が飛び出してくる。

「では、よろしくお願いします。私はマイ、こちらは……一応、従者のクルーさんです」

「んだよ、その間は? あと一応ってどうゆう意味だよ?」

「フフフ」

 2人のやりとりを見てローラが笑い出した。

 さっきまで悲痛な表情を浮かべていた彼女が、元気になっているのを見て、マイもニッコリと微笑んだ。

 井戸で飲み水を確保した後、村を案内してもらいながら2人の少女はたくさん話をした。

 ローラは祖父と二人暮らしの11歳で、家具職人の祖父を手伝いながら生活していた。学校に通っていないローラは、マイが話す神学校の話に目を輝かせていた。さらにそこから、同年代の男の子の話に発展し、ガールズトークで大いに盛り上がる。一通り村の案内が終わるころには、2人はすっかり打ち解けて仲良くなっていた。

「あの私、マイちゃんのこと、お姉ちゃんて読んでもいい?」

「うん、いいよ。私、孤児院にいたころは、下の子からお姉ちゃんて呼ばれてたし、けっこう面倒見もいいんだよ」

「ありがとう、お姉ちゃん」

 ローラが嬉しそうにマイに抱き着く。

「どっちかって言うと、ローラが姉でマイが妹って感じだけどな。ローラの方が背高いし、髪も長くて大人っぽい」

「わ、私だって髪を伸ばせばもうちょっと……」

 クルーガーに指摘されたマイは、ムッとした表情でショートカットの髪を両手で触る。

「いや、マイの場合は髪型以前にその幼児体型がだな、もうちょっと成長を――」

「クルーさんのエッチ!!」

「フグッ……」

 マイのパンチが鼻に直撃し、クルーガーは両手で顔を覆いその場に倒れた。

「お、お姉ちゃん、クルーさん鼻血出てるよ。神の癒しで治療してあげて」

「クルーさんに必要なのは神の癒しではなく、神の裁きです。改心が見られなけらば、再び制裁がくだるでしょう。ああ、神よ、罪深きクルーガーをどうぞ許したまえ」

 マイが両手を握り合わせて祈りのポーズをとった。

「許してねぇのは神じゃなくてお前だろ!」

「フフフッ」

 クルーガーのツッコミにローラが吹き出す。

 つられてマイも笑い出す。

 クルーガーは鼻をさすりながら、2人の少女の高らかな笑い声をどこか心地よさそうに聞いていた。

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