碧眼の守護者

kakasu

第1話神官初級審査①

 太陽がジリジリと照りつける真夏の昼下がり。マイは、自宅から神学校までの道のりを猛スピードで駆けていた。額から噴き出る汗を袖で拭って一気に校門を走り抜け、校内情報掲示板の前で急ブレーキをかけて停止する。

 眉間にしわを寄せて掲示板をにらみつけ、自分の名前を探す。

――あったあ!!

 名前を見つけたマイはギュッと両手を握りしめ、小さく控えめなガッツポーズをつくった。

「合格者は速やかに大講堂へ移動するように。こののち、二次試験の説明会を行う」

 教官の呼びかけに応じて、合格者たちがゾロゾロと大講堂へ向かって移動を始めた。幸せそうな笑みを浮かべるマイは、キョロキョロまわりを見渡しながら人の流れについていった。

「マーーーイっ」

 聞きなれた大声にマイが後ろを振り返る。

「ハイハイ、ちょっとすみませーん。ちょっと通してねー」

 人をかきわけ前進してきた少女がマイの肩をグッと抱き寄せる。

「わわわっ。ルカちゃん、危ないよう。それにまわりに迷惑だよう」

「よーしよっし! マイも無事にパスできたな、神官初級審査1次試験」

「う、うん。ルカちゃんもだね。おめでと」

 2人は顔を見合わせニッコリ微笑んだ。

「2次は実地試験だよね? 私、自信ないなあ……」

「心配ないってー。アタシと一緒にパーティ組めば楽勝、楽勝!」

「へへへ。ルカちゃんが一緒なら心強いや」

 ルカの一言で不安を払拭したマイは、再び笑顔を取り戻した。


 神官初級審査は、筆記の1次試験と実地の2次試験で構成されており、合格者は神学校中等科の神官コースに進学が許される。


「明日から1週間の実地試験かあ。クゥ~、わくわくするよな。野営とかすげぇやってみたかったんだよ」

「ルカちゃんは楽しそうでいいね。私、どちらかというとインドア派だから……」

「アタシがキャンプの楽しさを余すことなく教えてやるよ」

「遊びに行くんじゃないんだよ」

 マイの苦言にルカはペロリと舌を出した。

 神官初級審査2次試験の説明会を終えた2人は、校門までの短い距離をはしゃぎながら軽快に歩く。

「ルカさん、ちょっとお待ちなさい」

 2人がちょうど校門を通り抜けようとしたとき、後ろから呼び止められた。

 振り返ると金髪の長い髪を頭上でまとめた少女が、腕組をして仁王立ちで2人をにらんでいた。さらに、その後ろには2人の少女が付き人のようにひかえている。

「エリーゼ、アタシになんか用?」

 ルカが面倒くさそうに、そっけなく尋ねる。

「1次試験、合格おめでとう。2次試験だけれどあなた、わたくしのパーティに入りなさい」

「はあ? いきなり何言ってんだおめぇ。アタシはマイとパーティ組むんだよ。寝言は寝てから言えっ」

 今にも飛び掛かりそうな勢いで、ルカが声を荒げる。

「ちょ、ちょっとルカちゃん。落ち着いて。ケンカはダメだよぉ」

 マイが慌てて興奮状態のルカをいさめる。

「ふ~ん、そのみすぼらしい孤児と一緒にねぇ。わたくしは神殿所属の騎士団から剣士と弓兵を5名ずつ連れていくのだけれど、そちらは?」

「えっと、私たちは神学校が紹介してくれる冒険者の方に護衛をお願いするつもりだけど……」

 マイが視線を下に向けて、小声で答える。

「ぷっ。冒険者? 神学校の公募で集まってくる者なんて下級冒険者しかいないわ。お話にならないわね」

 エリーゼは見下した態度でマイを笑った。

「自慢話はこれで終わりか? 大神官様のお嬢様は、やはり格が違いますねぇ。すごいすごーい。もう満足したろ? 行こうぜ、マイ」

 ルカがマイの手をとって歩き始めた。

「あなたのお父様、うちの神殿の下級神官だったわね。そういう態度は、目上の者に対して失礼だと思わない?」

「偉いのはテメェの親父だろ! テメェはただの同級生だ!」

 ルカが駆け寄り、エリーゼの胸ぐらを乱暴に掴んで拳を振り上げた。

「ルカちゃん、ダメっ。暴力はダメっ」

 マイが腰にしがみつき、必死に引き離そうとする。

「私のお父様は、この町ユーフォルムの神殿で最高位の大神官よ。あなたがそういう態度だと、あなたのお父様に迷惑をかけることになると思うのだけれど。言ってる意味、分かるわよね?」

「クッ……」

 ルカが悔しそうに唇を噛み締める。

 その様子をエリーゼは満足そうに優越感に満たされた表情で見つめる。

「明日、7時に出発するわ。遅れないように来なさい」

「アタシは、マイと一緒に――」

「ルカちゃんは、エリーゼさんのパーティに入って」

 ルカの言葉を遮るように、マイが早口で声を上げた。

「マイ……」

「私は大丈夫だから! 神学校が紹介してくれる冒険者さんとパーティ組んで、頑張るから。だから、ルカちゃんも頑張ってね! じゃ、私先に行くね」

「おっ、おい。マイっ」

 走り出すマイを追いかけようとしたルカの腕が強く握られた。

 自分をにらみつけるルカに、エリーゼは冷ややかな笑みを浮かべた。


――ルカちゃんや、おじさんに迷惑をかけるわけにはいかない。私は自分自身の力で何とかしなくちゃ。まず明日、学校でパーティ組んでくれる人を探す! 頑張れ、私。


 涙が溢れそうになるのを必死でこらえて心の中で自身を鼓舞し、マイは自宅への道を力いっぱい駆けて行った。


 神官初級審査2次試験。1週間のうちに2か所の古代遺跡を探索し、古代神殿にて洗礼を受けることがクリア条件となっている。

 神官を志す者の大半は、親もまた神官であり、神殿あるいはギルドに所属している。親の階級が中流以上の子供の場合、神殿所属の騎士団やギルドの戦闘員などを従者として、試験に臨むのが主流となっている。逆に、下級神官または神官でない親の子供たちは、神学校が公募で集めた冒険者を紹介してもらい、パーティを組むこと余儀なくされていた。

 孤児院出身、養子として義父母に育てられたマイもまた、試験当日、学校から紹介された冒険者2人と即席パーティを組んで試験に挑むこととなった。

「わっ、私、マイと申します。よ、よろしくお願いしますっ」

「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。俺はザック、こっちはリックだ」

「俺たち、試験のサポートに入るのは初めてじゃないんだ。安心して任せてくれよ」

「は、はい。ありがとうございますっ」

 緊張のため、どもりながらも一生懸命にあいさつするマイを見て、2人の冒険者は優しく微笑んだ。


――よかった。親切な冒険者さんにパーティ組んでもらえた。試験のサポートにも慣れてる感じだし、これならきっと大丈夫!


 

 マイが神学校でパーティを結成し自己紹介をしているころ、ルカは馬車に揺られながらジッとエリーゼの顔をにらみつけていた。

「そんな怖い顔で見ないでくれる? 何かご不満かしら?」

 自分には全く見当がつかないといった様子でエリーゼがわざとらしく尋ねる。

「なんで、マイにばかりきつく当たる? 今回だけじゃねえ。学校でもわざとマイに恥かかせるようなことばかりやってんだろ」

「さあ、どうかしらね? ルカ、あなたはなぜ、あの子のことばかり構うのかしら?」

「チッ、質問で返してんじゃねぇよ。マイの親友だからに決まってんだろーがっ」

「……そういうのが大嫌いなのよ」

「は? 今なんつった? 聞こえねぇ」

 エリーゼは小声で返したあと、ルカから視線をそらし、制服胸元に飾られた家紋のペンダントをギュッと握りしめた――


 神学校を出立したマイたち一行は、郊外の林道を進んでいた。まだ昼前にも関わらず、背の高い樹木に囲まれた道は、夕暮れのように薄暗い。時折遠くから聞こえてくる、獣かモンスターか分からない不気味な鳴き声に、マイは体をビクビク震わせながら歩みを進める。ギュッと拳を握りしめ、大きな瞳で周囲を見渡すマイを目の前に、2人の冒険者はクスクスと笑い出した。

「マイちゃん、心配しなくても大丈夫だ。この森に魔物はいないよ」

「マリアンヌ聖教が管理してるからな。魔法結界が張られてるから、魔物のたぐいは入り込めないのさ」

「そ、そーなんですか?」

 2人の顔を交互に見つめ、マイはホッと胸をなでおろした。

「実地試験なんて大げさに言ってるけどさ、道中のほとんどはマリアンヌ聖教が管轄してる地域だし、古代遺跡の中だってせいぜいスライムに遭遇するかしないかって確率なんだ」

「要するに、この試験はちょっとした度胸試しみたいなもんなんだよ。徒歩ならだいたい往復で6日かかる。野営の実習を兼ねた訓練みたいなもんさ」

「なるほど、そういうことなんですね。では、しっかり学ばせていただきます」

 マイが真面目な顔でビシッと敬礼ポーズを決めるのを見て、2人の冒険者は「フハハッ」と吹き出した。


 マイたちの背後から、突然バキバキバキッと木々のへし折れる音が響いた。3人の和やかな雰囲気はかき消され、「グオォォォォォォォォォォォッ」という咆哮が空気を振動させ、マイたちの心臓を叩くかのようにこだました。

「お、おお、おい。なんだよあれ?」

「う、うっそだろ。ミノタウロスがなんでいんだよっ」

 ザックとリックはミノタウロスの迫力に圧倒され、その場にペタンと尻もちをついた。

「フゴォォォォォォォォォォッ」

 鼻息を荒くしたミノタウロスが頭部の鋭い角を向け猛スピードで突進してくる。

「天に輝く神の光よ、我ら神の子を守りたもう! 悪しき力を祓いたまえ!」

 マイが素早く詠唱すると光のシールドが出現し、ミノタウロスの体当たりを受け止めた。


――うっ、これじゃすぐに破られちゃう。

 

 ミノタウロスは、ひるむことなく力任せに体当たりを繰り返す。

 みしみしとシールドにヒビが入っていく。

「ザックさんっ、リックさんっ、私が押さえている間にアタックお願いします!」

 渾身の力を込めてシールドを支えるマイが、精いっぱい叫んだ。

「お、おい、今のうちだ!」

「お、おう!」

 2人の冒険者が立ち上がった。


――良かった。これでなんとか……えっ?


「走れぇぇぇぇぇ!」

「うおぉぉぉぉぉ!」

 マイの背中から聞こえる声は、どんどん遠ざかっていった。


――も、もうダメ。まだ試験の途中なのに……私まだ神官になってない。中等科にさえ進学してない。なのに私、こんなところで……


 ミノタウロスの巨体がマイの眼前に迫る。

 シールドが粉々に砕け散ったその刹那、マイの体がグッと持ち上げられ宙に浮く。


――えっ? 何が起こって……

 

 閉じた目を恐る恐る開くと、男性の顔が飛び込んできた。

「あらよっと」

「ふぁわわわっ」

 男が着地すると同時に、抱きかかえていたマイから手を離した。

 ミノタウロスはそのまま突進のスピードを緩めずに、逃げたザックとリックを追いかけていく。

 その後を男が追いかける。

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 わけのわからぬまま、立ち上がったマイも男のあとを追う。

「ウワッ、オワアアアアアア!」

「助けてぇぇぇぇ!」

 2人の冒険者にミノタウロスの手が届こうとした瞬間、追いついた男が背中に飛びかかった。

 両手に構えたダガーナイフでミノタウロスの後頭部を切りつける。

 大量の血しぶきが吹き上がり、ミノタウロスの頭部が鈍い音を立てて地面に転げ落ちた。

「ヒ、ヒイィィィィィ」

 噴水のように吹き上がる血液をべっとりと浴びた2人の冒険者は、悲鳴を上げてブルブルと体を震わせた。

「はあ、はあ、はあ……ザックさん、リックさん、大丈夫ですか?」

 息を切らしてマイが2人に駆け寄る。

「ほら」

 ダガーナイフをホルダーにおさめた男が、2人にそっと両手を差し伸べる。

「あ、ああ。すまない」

「アンタのおかげで助かったよ」

 2人が男の手をギュッ握る。

「バッカ! 血まみれの手で触んなっ」

「へっ?」

 意味が分からずザックとリックは振りほどかれた手で頭をかいた。

「助けてもらったら、することあんだろお? ほら、さっさと所持金出せよ」

「あ、いや、そりゃまあ……」

「これで、いいかい?」

「ハア? お前の命の価値はたった1万ギルってかあ?」

 お金を手渡したリックにグイグイ顔を近づけて威圧する。

「今、俺たち、神官試験のサポートやっててさ。今出せるのはこれが限界なんだよ。礼はまた改めてするから」

「ガキ1人残して逃げるのが、お前らの言うサポートかよ? たいしたもんだなあ」

 男の指摘に、ザックとリックは気まずそうに視線をそらした。

「あ、あの。さっきは突然のことで、しかも強いモンスターだったから、仕方なかったと思います。私はただ、びっくりして動けなかっただけで……」

 かばうマイの言葉を男は無視して、2人をギロリとにらみつける。

「礼は今受け取る。お前らの所持金と装備品、この場に置いてさっさとうせろ」

 2人の冒険者はうなだれたまま、お金と剣を置いてトボトボ歩き出した。

「ザックさん、リックさんっ」

 マイの呼びかけに、2人は振り向きもせずその場をあとにした。

「カーッ、しけてんなあ。だいの大人がこれっぽっちとはなあ。おっと、忘れてた。ほい」

 男が笑顔でマイに向かって手を出した。

「え、えっと……」

「お前も助けてやっただろ? ほら、礼金」

「私、これしか無くって……」

「うあぁ、小銭かよぉ。これっぽっちじゃ酒も買えねぇよぉ」

 男は大げさに泣きまねをしながら、その場にがくりと膝をついた。

「す、すみません」

「なあ、チビ。お前、神官の杖持ってねぇの?」

「私、まだ初等科なので。杖は中等科から装備が許されて配布されるんです。あの、さっきは本当にありがとうございました」

「言葉はいらん。金か換金できそうな装備を出せ」


――こ、この人って、いい人なんだよね? 体を張って助けてくれたし。きっと、すごくお金に困ってるんだよね?


 マイは明るく笑顔で礼を述べながら、何度も自問自答を繰り返した。

「おっ、そいや神官の従者って、教会から活動費出るよな?」

「はい、1日2万ギルが給付されます」

「悪くねぇな。よっし、今から俺、チビの従者やるわ」

「ええっ、いや、あのぉ……」

 突然の申し出にマイは困惑した。

「神官試験の途中なんだろ? あいつら、お前おいて逃げちまうし。ひでぇ奴らだよ、まったく」

「……分かりました。では、よろしくお願いします。私は神学校初等科6年、マイです」

 マイが丁寧に自己紹介し、頭を下げる。

「俺はクルーガー。仕事は金になることなら何でもやる。クルーって呼んでくれ。よろしくな」

 クルーガーはニッと白い歯を見せて、右手を差し出した。

「……あのぉ、お金ですか?」

「握手だよっ!」

 マイはクスクス笑いながら、クルーガーの大きな手を握った。

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