(4)カトリーレの招待状
開いた手紙からは、ふわりと薔薇の香りが溢れた。きっと香水をつけた手で書かれていたのだろう。赤い薔薇をワンポイントのように上部にあしらった手紙からは、王族にふさわしい気品と洗練された気遣いが感じられる。
「こちらのお嬢様にと使者がわざわざ言付けていったんだ。だから、これはひょっとしてと思って……」
「当たりよ。これは私宛だわ」
封筒の宛名も、便箋に記された最初の名前も、リリー・ウィンスギートになっている。だけど、リリーはシュトラオルスト領の騎士に嫁いだ叔母の子供で、カトリーレとは面識がないはずだ。それならば、これはリーゼに送られてきたことになる。
(どうして、私に……?)
リリーとして出会ったのは、昨日だけ。なのに突然の連絡――。さすがに不気味なものを感じてしまうが、読まないわけにもいかない。だからリーゼは意を決して視線を流麗な文字で綴られた文面へと落とした。
『リリー・ウィンスギート令嬢。
先日は突然のことに驚き、失礼しました。
つきましては、令嬢に働きました無礼をお詫びしたく、三日後の私が主催するお茶会にお招きしたく存じます。
どうか、先日の非礼を水に流し、ご参加いただけますよう』
読んでいく声が震える。
「罠だ!」
けれど、側で一緒に文面を追っていたアンドリックが突然叫んだ。
「こんなのはリーゼを呼び出すための口実に決まっている!」
「どうして、カトリーレ様が姉さんが生き返ったことを知っているの!? それにどうして、リリーの名で!?」
「昨日……イザークのところで出会ったから……」
「なっ!」
震えながら答えた言葉に、エディリスが眼を見開いて固まっている。奥にいた両親もリーゼの様子に駆けつけてきた。
「どうして、そんな大変なことを言わなかったんだよ!?」
「混乱していたのよ……! 昨日はいろんなことがありすぎで……」
突然生き返った自分。自分を嫌っていたというイザーク。墓の中になかった自分の遺体。
そして、告げられた女神の言葉に、全てが混乱して、もう何も整理して考えることができなくなっていた。
「すまん。子爵様には夜に話したんだが……」
困ったように頭をかくアンドリックに、ああだから父が今朝あんなことを言い出したのかと納得ができた。
きっと疲れ果てたリーゼが、寝室に入った後、改めて話し合ってくれていたのだろう。だから、父と母が、今朝になって急に領地に隠れることを進言してきたのだ。
「危険だ! 今すぐに領地に帰ろう! もし姉さんが生き返ったことに気がついたのだったら――」
きっと今度こそカトリーレは容赦をしない。首を落として焼いたのでさえ生ぬるいと言っていたのだ。今度は決して蘇生などできないように、間違いなく全身を砕いて、元の形などなに一つ残さないだろう。
「そうだ、リーゼ! 今すぐに隠れよう!」
「先にお前だけでもどこかに隠れれば、後はなんとでも言い訳ができるから」
慌ててリーゼに駆け寄る父と、すぐに身支度を調えるべく使用人に命じようとしている母。
「いいえ!」
けれど、リーゼは鋭く叫んだ。読んだ次の文面から目を離すことができない。
「いいえ……。だめよ」
そこには、今までと同じ巧みな文字で、まるで笑うように綴られているではないか。
『もちろん、都のお茶会に不慣れでご心配ならば、社交界をよくご存じのシュトラオルスト子爵夫人をご同席いただいてもかまいません。シュトラオルスト子爵夫人は、現在謹慎中の身分ですが、私が陛下にかけあいましょう。まさか、夫人も国王陛下の認可をいただいた私の言には逆らわれませんでしょうし』
(私がこなければ、お母様を反逆罪に問うということ!?)
そして、リーゼがした無礼の全てを母の責任にするつもりなのだろう。
(これは――脅しだわ。いつでも、お母様を処刑台に送れるという……)
手がわなわなと震えてくる。自分だけではない。母まで無実の罪に問おうというのか――。
あまりのことに唇を噛みしめた。ぎゅっと噛んだ唇は痛いが、生きている証拠だ。
だから、心を決めて頭を持ち上げる。
「私――行くわ」
「危険だ、リーゼ!」
「そうだ! カトリーレ様はなにをするかわからないよ!」
口々にアンドリックとエディリスが叫ぶが、きっと前を見据える。
「だからこそよ。カトリーレ様は、次はお母様を処罰するとこの手紙の中で脅しているわ。私が行かなくても、お母様を反逆罪に。一緒に行っても、非礼を働いたと断罪する理由にするつもりならば、私が一人で行った方がましだわ!」
「でも!」
言いかけて、アンドリックは手を握りこんだ。きっと今のカトリーレの立場ならば、罪のない母の投獄も簡単だということに気がついてしまったのだろう。握りしめられた拳がふるえ、やがて絞り出すように声がもらされる。
「わかった……だが、俺も行く……二度とあんなことにはさせやしない。そう俺は誓ったんだ――」
「アンドリック……」
真っ青な顔でリーゼを見つめる従弟の顔は真剣だ。琥珀色の瞳が、まるで射貫くようにリーゼの頭上から注がれてくるのを頼もしく見上げる。
「うん、ありがとう……」
だから、三日後。リーゼはカトリーレに会うために、馬車に揺られていた。向かうのは、都でも王宮のすぐ近くにあるルクスリール地区だ。ゆっくりと近づいてくる大公家の壮麗な建物は、宮殿と見まがうばかりに美しい。陽に照らされた黄色の壁が黄金のようにきらめき、いくつも並んだ柱と窓が近くを通る者を威圧するかのように見下ろしている。陽に輝く赤い屋根が、どこかカトリーレを思わせるのに、リーゼはごくりと息を呑んだ。
(これから行くのは、私の戦場――!)
負けることは許されない。今度こそ生き残るために。
だから、馬車を降りるとこれからお茶会が行われるだろう豪奢な建物をきっと見上げた。
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