あなたに復讐の花束を ~悪役にされた令嬢は処刑台から甦る~
明夜明琉
第一章 作られた嘘
(1)壊れ始める予兆
(ああ、まただわ)
広間の中央で王と話している二人を見ながら、リーゼは小さな溜息をついた。
今日も自分の婚約者は、別な女性といる。
中央にいる二人の頭上には、豪華なシャンデリアがきらめき広間はまるで昼間のような明るさだ。珍しい黄水晶を贅沢に切り抜いて作られた灯りは、王家ならではの逸品だろう。
けれど、数百の蝋燭が照らす下では、リーゼの婚約者であるはずのイザークは、別の女性に腕を絡めとられているではないか。
紅いドレスを身に纏い、巻いたストローベリーブロンドをシャンデリアの光に自信ありげに輝かせているのは、大公家の息女カトリーレだ。十七になったお祝いを祖父である王から受けながら微笑む姿は、未来の女王と言われるだけあって、臆した様子もない。
「カトリーレもいよいよ十七か。そろそろ婚約者を決めなければな」
「いやですわ、陛下。私は自分で選びますわよ」
「陛下などと仰々しい。いつも通りおじいさまと呼んでおくれ」
そして、隣に立つイザークを見つめた。
「しかしイザークも立派な若者になった。お前は昔からカトリーレのお気に入りだったからな」
会釈をするイザークへと振り返るカトリーレの視線にどくんと胸が脈打つ。なんて、柔らかい視線だろう。イザークの黒髪から覗く藍色の瞳を横から見上げると、祖父から認められた言葉に嬉しそうに微笑んでいるではないか。
その様子に、前で二人の様子を眺めていた候爵令嬢がほうと頬に手を当てた。
「本当に、カトリーレ様とイザーク様はお似合いよねえ」
そして、うっとりと見つめる。
「カトリーレ様は将来は子供のない王太子夫妻の跡をついで女王にもなると言われている方。聡明で堂々とした美女で、まさに絵画でみる歴代の女王陛下そのものですわ」
「それに、隣に立つイザーク様もステキで! 美しくてかっこよくて。同年代の男性の中では並ぶ者がないほど、宮廷の女性達に人気が高い方ですもの。悔しいですけれど、二人ならお似合いだわ」
それに同じように頬を赤らめて返すのは、美しく着飾った伯爵令嬢だ。少しふっくらとした頬をおさえて、夢見るように頷いている。
「わかりますわ。本当にカトリーレ様ならイザーク様にもふさわしくて――」
けれど、突然候爵令嬢の視線が鋭く振り返った。
「ええ、少なくともどこかの貧乏子爵令嬢よりかは!」
「まったく。どこかの田舎令嬢よりかは!」
向けられた二人の侮蔑の視線に、端に立っていたリーゼは持っていた扇を思わずぎゅっと握りしめた。しかし振り返った二人の視線は見下したまま鋭さを増していくではないか。
「どうしてあんな田舎娘がイザーク様の婚約者なのでしょう? 社交界のことにも疎くて、少しは身の程をわきまえられたらよろしいのに」
「仕方がありませんわ。所詮親同士が決めた婚約者。イザーク様だって、内心では別れたいのに切り出せないというのが本当のところなのでしょう」
「なっ……!」
けれど、あまりの侮辱に、横から飛び出そうとした従弟の腕を咄嗟に押さえる。
「やめて、アンドリック!」
「だけど、リーゼ! いくら地方出身だからといって、あそこまで貶められる謂われはないはずだ!」
「いいのよ。私が社交界に疎いのは本当だし、それにここで騒ぎを起こせばお父様の迷惑になるわ」
そうだ。仮にもここは王宮。しかもカトリーレの父は、今の王太子殿下の弟だ。なにかあれば無礼などという言葉ではすまない。
「私はいいのよ。ほら、イザークはカトリーレ様とは親戚筋にあたる公爵家の子息だし。だから、まだ婚約者が決まっていないカトリーレ様のパートナーを頼まれただけだと思うわ」
「頼まれたって! 最近、ずっとじゃないか!」
赤毛を振り乱しながら叫ぶアンドリックに、リーゼはきゅっと唇をかみしめる。
「普段だって、カトリーレ様やほかの令嬢のサロンには頻繁に出入りしているという話だし! それなのに、婚約者であるリーゼの元には挨拶にも来ない!」
確かに――。前はそんなことはなかったのに、最近のイザークの足はリーゼを避けるように子爵邸から遠のいている。ほかの令嬢達のように、都の流行や気の利いた話題を知らないからと言われればそれまでなのだが。
「いいの」
しかし、リーゼは気丈にクリーム色の髪を持ち上げた。後ろに少しだけ編み込んだ柔らかい髪は、リーゼの小さな顔を包み緩やかに波打っている。そして、中央に浮かぶ湖のような二つの空色の瞳で、同じくらいの高さにあるアンドリックの瞳を見つめた。
「私は何も気にしていないわ。イザークだって、大公様から頼まれたら嫌とは言えないでしょうし。貴族社会の理もあると思うの」
「リーゼは人が良すぎる! 婚約者なんだから、もっとイザークにがつんと言ってやったらいいんだ! このままじゃあ、リーゼの立場があまりにも――」
「いいのよ。お付き合いも貴族の大切なお仕事なのでしょうし。代わりにアンドリックが、今度は私を慰めるのに一緒に街に出かけてくれるんでしょう?」
「リーゼ……」
怒る従弟を宥めるために、わざとおどけて手を合わせてみる。
「この間、街で珍しい染め物を見つけたの。これなら、領地の特産品にできるかもしれないから、工房を見に行きたいのだけど、下町だから一人で出かけるのは――とお父様に言われていて。だから、ね? お願い」
そのまま片目を瞑ってねだってみせる。本当は、こういう用事で街に出るときも、少し前まではいつもイザークが付き添ってくれていた。だけど、今は滅多に来てくれないから、事情をよく知る一つ下の従弟に、甘えるようにお願いをしてみる。
上目使いで見つめるリーゼにアンドリックの頬が赤くなって、わずかにたじろいだ。
「俺で……いいのなら」
「もちろんよ! アンドリックは、その年で、領地の騎士に剣を認められるほどの腕前だし! 一緒にいてくれるのならこれ以上心強いことはないわ!」
「リーゼ……」
はしゃぐ従姉の姿に、やっとアンドリックもくすっと笑う。そのときだった。
「リーゼ」
後ろからかけられた冷たい声にびくっと振り返る。思わず肩が揺れてしまうぐらい冷えた声音で近づいてきたのは、つい今しがたまで二人の話題に出ていたイザークだ。
すらりとした長身は、イザークに群がる広間の人混みをかきわけて歩いてくるのでもひどく目を引く。身につけているのは、瞳と同じ藍色に近い上下とシャンデリアに輝く金のモール。
けれど、こちらを見つめる常にない冷たさに、リーゼの体が強ばってしまう。
「なにをしている」
「あ……」
怒っている。何にかははっきりとしないが、リーゼを見る瞳に湛えているのは、明らかな怒りだ。だからうろたえながら、つとめて笑顔で従弟へと手を伸ばした。
「あの、アンドリックに今度街への付き添いをお願いしていて」
「アンドリック?」
けれど、リーゼが腕で示した従弟を不機嫌そうにじろりと見下ろすと、すぐにリーゼの腕を掴んだ。
「来い」
「あっ」
たくさんの人目があるが気にしない。行き交うたくさんの貴族達の間を強引に大股で歩くと、そのままリーゼを広間からつながったバルコニーへと連れ出していく。
冬の夜風が冷たいせいか、バルコニーに出ている人影は誰もいない。ただ、雪をのせた白い手すりが白大理石の床を支えながら、黒い闇の中へと伸びているだけだ。
(どうしよう。さっきのアンドリックの言葉で怒っているのかしら?)
普段から少し冷めた言動の多いイザークだが、こんな風に怒りを露わにするのは珍しい。
だから、連れて行かれたバルコニーの手すりの側で困惑したように胸に左手を当てていると、やっとイザークが掴んでいたリーゼの右手を離した。
「どういうつもりだ」
しかし、振り返るイザークの声は、まだ苛立っている。そして、投げられた眼差しが宿す怒りにリーゼは息を呑んだ。
「俺に恥をかかすのが目的か?」
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