ユウキの物理バトル その2

 闇の塔が格闘家千人によって包囲されている。


 そのことを知ったユウキは、星歌亭に向かって走りながら石板で関係各者に連絡した。


「もしもしユズティ、あんた市のお偉いさんだろ。平等院に闇の塔が襲われてるんだ。助けてくれ!」


「なんてこと! だけど市の警察力ではとても手に負えません」


「そこをなんとか!」


「闇に親和性のある強力な武力となるとオークたちですね」


 オークと顔を合わせると気まずくなりそうだったが、背に腹は変えられない。


「お、オークに加勢を頼めるか」


「近く開かれる『七英雄の円卓会議』のため、三日後には大オーク帝国の儀仗衛兵隊の精鋭がソーラルに着く予定です。そのときなら加勢を頼めます」


「いや、三日後では間に合わない。他を当たってみる」


 ユウキは市長代理の女、ユズティとの通話を打ち切った。


 自分を蹂躙した相手と会わなくても済んだことに若干の安心を覚えつつ、ユウキは次の手として冒険者ギルドの最高顧問に石板通信を試みた。


 数回のコールでつながった。


(エクシーラはいつも忙しそうにしているが、通話自体は意外につながりやすいよな)


 などと頭の隅で考えつつ、救援要請する。


「おいエクシーラ、平等院が闇の塔を……」


 しかし彼女との通話が建設的なものになることは稀であった。今回もエクシーラとの通信の背後からはザシュッザシュッという剣戟の音が聞こえて来た。


「なんですって? 聞こえないわ!」


「平等院が闇の塔を」


「今よ、コアが露出したわ! 全員突撃!」


「何のコアだよ……」


「今、『蠢く巨肉塊』を討伐してるところだからちょっと待っててくれる?」


「いや……忙しそうだからまた今度連絡するよ」


「待ちなさいユウキ! もう少しで今日の『地獄門の浄化』は終わるから!」


 どうやら地獄の入り口あたりで何か極めて禍々しい邪悪な存在と戦っているところらしい。


 エクシーラの悪滅剣が肉を切り裂く音に加え、配下の冒険者たちの鬨の声や断末魔の悲鳴などが石板を通して聞こえてくる。


 それに混じって聴くだけで耳が腐るような名状し難い邪悪な波動を持つ絶叫……どうやら『蠢く巨肉塊』が発する呪詛らしい……が石板を通じてユウキの脳を侵食してくる。


「なんだこりゃ。こんなものを聴いてたら頭がおかしくなるぜ」


 ユウキは適当に応援の言葉を述べてから高齢のエルフとの通話を打ち切った。


「やっぱり自分達でなんとかするしかないのか……」


 とりあえずミルミルと共に星歌亭に走り、そこからエレベーターとポータルを経由して闇の塔に帰還し、司令室に駆け込む。


「シオン、待たせたな!」


「ユウキ君!」


「ユウキ殿!」


 指令室にはシオンと暗黒戦士たちが揃っていた。ユウキはミルミルが仲間になってくれたことを手早く皆に説明した。


 そこにソーラルから帰ってきたラチネッタとゾンゲイルも合流した。ユウキは和やかな雰囲気を作ろうとした。


「まあみんな顔見知りだろうから、仲良くやってくれ」


「何を言ってるんだい、その女性は平等院ソーラル支部の師範だろう。スパイかもしれない。信用できないよ!」


 シオンがミルミルに疑わしげな視線を向けた。


「あ、あんたたちこそ、穢らわしい魔術の殿堂である闇の塔の手の者のくせに、よくも正体を隠して私の神聖なる道場に通ってくれたわね!」


 闇の塔の戦闘員が集う司令室でミルミルもシオンを威嚇した。そのとき階下からドーン、ドーンという重低音が響いてきた。


「なんだこの音は。叡智のクリスタルよ、音の発生源を投影してくれ」


 ユウキはクリスタルに短く命じた。瞬間、司令室中央のクリスタルから光が放射され、壁面と空中に映像が投影された。


 その映像の中で、十人の格闘家が闇の塔の正門に拳を一斉に叩きつけていた。


 ミルミルが目を丸くし、顔を上気させて叫んだ。


「あっ、あれは各支部の師範たち。さすが凄まじい拳圧ね!」


「おいおい、なんでただの拳がこんなビル破壊に使われる鉄球クレーンみたいな音を出せるんだ。どうなってるんだ」


「あれが『気』の力よ! 鍛えれば人間はあそこまで強くなれるのよ! あっ、グルジェ老師もいるわ! 信じられない、まさか老師ご自身がご出陣なさるなんて!」


 皆に不審の目を向けられながらミルミルがエキサイトして叫びつつ一人の男を指差した。


 見ると十人の師範たちの後ろに、金の刺繍の入った道着をまとったひときわ威厳のある初老の男が立っていた。


 彼が平等院の創始者にして最高権力者のグルジェらしい。


「私、あの人殺してくる」


 ゾンゲイルが背中の鎌に手をやりつつ司令室から駆け出ようとするのをユウキは腰に抱きついて止めた。


「まっ、待て。話せばわかる」


「そう? この世には話してもどうにもならない人もいる。そういうときは殺さないと」


「それは最後の手段だ! 今はまだ様子を見て……」


「もうすぐ正門が破られるよ!」


「魔法の防壁はどうなってるんだ防壁は?」


「千人の波状攻撃によってとっくに突破されてるよ!」


 見ると正門を叩く師範十人とそれを見守るグルジェの後ろに、989人の武術家が控えて腕を組んでいた。そいつらの総攻撃によって、すでに塔の魔術的防壁は突破されていたらしい。


「ユウキ君、攻撃するしかない! 今なら直上からの雷撃によってあいつらの九割を殺害できるよ」


「ユウキ、早く! 門を破られたら負けちゃう!」


 ゾンゲイルがユウキを揺さぶった。ユウキはパニックになりつつ決断を下した。


「シオン! オレをテレポートしろ。ターゲットはあいつ……グルジェの目の前だ」


「そ、そんなことできないよ。何を言ってるんだい!」


「テレポートするなら私が行く! 行って殺す!」


「いいや、オレには勝算がある。安心してオレをテレポートしてくれ。防御魔法もいらない」


「そんな危ないことダメ! 絶対に行かせない!」


 ゾンゲイルと争っているうちにどーんどーんと階下から凄まじい轟音が響き、正門にヒビが入っていくのが映像で確認された。


 そんな中、シオンはユウキにせめてもの守りとして防御魔法をかけようとし、ゾンゲイルは自分が行くと言って聞かず、他の戦闘員も声を上げ始めた。


(やばい、収拾がつかない……)


 焦るユウキだったが、そのとき司令室の『叡智のクリスタル』が『短距離テレポート』というアイコンを祭壇の隅に表示していることに気づいた。


 何気なくユウキがそのアイコンを押すと、座標の入力を求められた。ユウキはグルジェの眼前の座標をセットし、『テレポート実行』のアイコンを押した。


 瞬間、視界が光に覆われ、気づくとユウキは塔の外、正門の前、グルジェの眼前に立っていた。


 *


 冬の冷たく乾燥した風にユウキは思わず首を縮めながら考えた。


(そ、そうか……塔のクリスタルの使用許可をシオンにもらったから、塔の機能をオレも使えるようになったんだ。塔には短距離テレポート機能もあったんだな)


「む。なにやつ?」


 グルジェは目の前に現れたユウキに驚いた様子を見せず、ただ静かに鋭い目を向けた。


 だが正門を叩いていた十人の師範たちは振り向くと、一斉に声を上げてユウキを取り囲んだ。


「老師! 危険です、こいつは魔法の使い手です。我らが撲殺します」


 師範たちは拳を構えるとジリジリとユウキに近づいてきた。凄まじい圧を感じる中、ユウキはグルジェに向かって語りかけた。


「ま、待て! 話があるんだ」


 グルジェと師範たちの注目が集まった瞬間、ユウキは拳を十字に切る平等院式挨拶を勢いよく発した。


「押忍、オレはソーラル支部の門下生、ユウキだ! グルジェ老師と師範の皆さんには前からお会いしたいと思っていた」


「む。我らの門下生だというのか? それがなぜこのような魔術によって汚れた闇の塔から現れたのだ」


「それはオレがこの塔の責任者でもあるからだ。オレが一言命令を発すれば空から雷が降り注ぎお宅の門下生を皆殺しにするだろう」


「笑止。並の魔法など我らの『気』によって弾き飛ばせるわ」


「もちろん闇の塔の魔法は並じゃない。だが威力を試してみるつもりはない。魔法での殺人なんかつまらないからな。それよりも平等院の先生方なら興味を持つだろう提案を持ってきた。オレたちと……組手をしないか?」


「はっはっは。組手だと! 笑止千万、片腹痛いわ! おぬしら魔力に頼るひ弱な者が、日々、体を鍛えている我らに叶うわけがあるまい」


「そうかな。オレたちも平等院ソーラル支部で研鑽を積んできている」


「おぬし、あのミルミルの仲間か。しょせんあの娘は我らの大志に共鳴できなかった負け犬よ。負け犬の技など我ら真の平等院の使い手には通用せぬ」


「試してみたらいい……そうだな、いきなり老師を相手にするわけにはいかないだろうから、あんた……」


 ユウキは師範の中で一番、心が清らかそうな男を指差した。


「オレと組手しろ。オレは魔法は使わない。防御魔法もかかってない」


 グルジェはユウキのオーラを確認すると弟子に向かって頷いた。


「確かに、この者は魔力の気配を発してはいないようだ」


「ああ、オレは純粋に、平等に、組手がしたいだけだ。もしオレが勝ったら、次はあんただ。その次はあんただ。そして最後はグルジェ老子、あんただ。……オレたち闇の塔が千人組手の相手をしてやる!」


「怪我ではすまないぞ、覚悟しろ。いいですね、老師」


 心の清らかそうな師範は拳を構え、ユウキに近づいてきた。


 グルジェはうなずくと、弟子に向かって、胴を拳で貫くべしというジェスチャーを送った。

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